第13話 …知らなかったのか…? 彼女からは逃げられない…!!! ①









 僕の場合、話が違うなんて事は意外と良くあるもので、ついでに、こんなはずではって事もまぁまぁある。


 最近だと、諦めていたアイス代が返ってきたのが良い例だ。

 この場合、もともとが自分の金だからね。返ってきたからラッキーかというとそのあたりは疑問ではあるが、予測できない事柄により、予定が狂ったり計画が頓挫したり。不測の事態というものは、皆それぞれが、大なり小なり心当たりのあるところだろう。

 仰々しくも中身の無い前振りに、なんだコイツ、いったい何が言いたいのかという意見はごもっともだが、まぁ、まずは僕の話を聞いてもらいたい。

 突然だが、皆さん。週末というのはいつ辺りを指すものだとお考えだろうか。

 いろいろと博識な方が居れば、それこそ己の無知を披露することになるだろうが、それでも私見を述べさせて貰えるならば、土曜から日曜。まぁ祝日がくっついていれば金曜もギリギリセーフだと僕自身は考えている。

 と、なればだ。

 仮に、仮にだぞ。

 仮に、とある同級生と約束事をしたとする。その際、次の週末に会おうとなったとする。

 で、だ。その予定を取り付けた日が、木曜だったと仮定すると、週末っていったら日曜だと考えないか? いや、否定的な意見も多数寄せられることだと思うけど、だって、土曜なら二日後なわけだし、それなら明後日って言わないか? わざわざ週末なんて回りくどく言うか?

 おっと待ってくれ。その時に、なぜしっかりと確認しなかったんだといった、その手のお小言は辞退させて貰おう。

 その時の場の流れと、僕という生き物の生態を知らないヒトが、それこそ明後日な茶々を入れるのならこの話はここでお終いにするほかない。

 だから。まぁ、黙って聞きなって。

 そもそもがだ、いざ行くよってなったら前の日に連絡とか入れない? 明日の予定だけど、どう? とか、そういう心配りというか段取りというか。あるだろ? あるよな? 僕なら間違いなくそうするぞ。

 そしてさ、また仮の話なんだけど、他所様の家にお邪魔するってなったら、ほら、時間とか早くても10時くらいが相場じゃない?

 それがどうよ。今何時? 9時前? 呆れるわ。あり得ないね。そう思うだろ? 

 実際、まだ僕なんて寝てたわけだし。顔も洗ってなければ歯も磨いてないぞ? 迷惑とかさ、そういうの考えれば、どっちが常識のない行動を取ってるかなんて一目瞭然だよね?


「要するに、何が言いたいんだ?」


「……帰ってもらう方向で、どうかお願いします」







 無慈悲に開け放たれたカーテンが僕の部屋を煌々と照らす中。せっかく気持ちよく寝ていたというのに、ドスンという衝撃を腹に喰らい、ぐぇえと情けない声を上げながら起きた。そんな土曜日の朝。

 うっすらと開いた視界には、長い髪をいつものように簡素なお団子状に束ねた女ゴリラの立ち姿が映っていて、――理解した。その伸びた足の先にはちょうど僕の腹があり、掛け布団越しとはいえ、このヤロウ。僕を踏みつけやがったな。


「まーた、部屋にモノが増えていないか? まったく、お小遣いは考えて使えといつも言っているのに」


 なんのつもりだろうか。嫌がらせだとは思うが、朝も早よからホント迷惑な生き物だ。

 ちなみに、この女ゴリラと僕の仲はそこまで良くはない。僕よりほんのちょっとばっかし早く生まれたくらいで偉そうにしているのだから当然だ。

 あと、外では猫かぶっているのも合わせてイヤだ。

 他所様が評するには、どうやらこのゴリラ、クールで知的で美人で堂々としている様がカッコよくて憧れるとのことだが、お前ら全員何を見ているんだと鼻で笑っちゃうね。

 いいか。もっと見る目を養え。そしてモノの本質を見ろ。

 あれは傍若無人というんだぞ。どこそこで脳改造でも受けたのか、ヤツの周りは洗脳されているとしか思えない。

 ああクソと、たっぷりしっかり悪態をついて、うるせぇな。


「もっと優しく起こしてくれても良いだろ」


 たしか、第一声はこれだったと思う。そして、返ってきた言葉が、「下に友達が来ているぞ」だもんな。

 はじめはさ、言ってる意味がわからなくて、『は? 友達? 今日は誰とも約束していないんだが』と、結構強気でいたんだけど、


「いいから。長く女の子を待たせるんじゃない」


 だからお前はそんななんだよと、もう一度腹を足蹴にされ、僕は一気に青ざめたわけだ。


“女の子” 


 この言葉に、ひとつの大きな心当たりがあったからだ。

 でもまさか。そんな。

 あの約束は週末の日曜日のはずで、だからこそ、今日という土曜日に一日かけてこの隠さねばならない、(特に女性陣には見せれない)それこそ名状しがたいものが大量にある業の深い部屋の掃除をと考えていたわけであって、それなのに、え、ウソ。マジで来ちゃったの? なんで?

 しかも話の流れ的に、どうやらすでに一階のリビングに招き入れてるみたいだが、……おいおいおい。まさか丸々一日眠っていたのか? 朝起きたら日曜だったってオチか? んなわけあるかボケ。


「あぁもう。いいから早く起きろ」


 そして、冒頭の長々としたやりとりになるわけだ。

 そりゃぁ、必死に抵抗したさ。

 なんせ、とんでもない部屋なんだ。見る人が見れば素晴らしいと手を叩いて喜んでくれるだろうが、いかんせん今日来るのはクラスの陽キャ。しかも女子ときている。

 そんな子が、こんな劇薬に塗れた魔都に一歩でも足を踏み入れてみろ。翌日から僕の学校生活は間違いなく辛いばっかりのドブ色に変わることになるはずだ。


「おい、僕の人生を終わらせるつもりか」


「ほほう。すでに終わってるものをさらに終わらせるとは、なかなかに哲学だね」


 でも、相手はあの女ゴリラだ、やっぱり無理なものはムリ。僕の心からの足掻きも空しく散るばかり。

 細腕に秘められた、ゴリラ的な強靱な腕力によりムリヤリ掛け布団を剥がされ、ベッドから引き釣り落とされる。その際、僕の言い放った『横暴だ。この家には暴君がいるぞ』に対し、


「古来より下々は上座に尽くすものだ。だから私は暴君ではないよ」


 どこのご家庭にでも居る、ただのお姉様さ。


 なんて不適に笑い、きっちりと床へ転がるこちらの尻に蹴りを入れて来やがった。

 一方的な戦力差に抗いながらも、僕はどうしてこうなったのか、そしてどうすべきかとか考えた。

 だって、こういう目に遭わないように段取りを組んだはずだったのに、そう、あの日の晩、色々と画策して上手くいくために頑張ったはずだったのに。

 こんなはずじゃなかったんだ。こんなはずじゃと、襟首をつかまれ自室から放り出される僕の脳内を、ただその言葉だけが、延々とリピートしていた。







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