第9話 へー、オタクの趣味って金のなる木じゃん ②









 そこから先は、もう、スマホとにらめっこよ。


 朝の通学中も、学校に着いてからも、友達の前以外では、それこそずっと。

 何で言っちゃったかなぁ。バカだねアタシは、我ながら情けなくなってくる。

 あの子が絡むといっつもそう。後先考えずに安請け合いしてさ。何度後悔したかわからないくせにね。

 結局今回も頭を抱えるハメになってのてんてこ舞い。

 どうせ、 “約束してしまったんだから仕方ない。過ぎた過去より、今よ。ウダウダ言っても時間は戻らないんだし、吐いた唾は飲めっこない” とかなんとかムリヤリ自分の中で折り合い付けてさ、 “これから先どうするか。それに時間と頭を使った方がマシなわけ” だのなんだの、一種の洗脳よね。自分自身に言って聞かせるタイプの、セルフ精神操作。

 もちろんこんなもの、どこまでいっても強がりでしかない。

 もし、奇跡が起きて時間が戻るんなら今すぐにでも戻して欲しい。次こそは、キッチリと妹にムリだと言って聞かせる自信もある。

 あぁ、ストレスかな。なんだか頭だけじゃなく、そのうちお腹も痛くなってきてさ。

 だけど、そうは言っても、叶えてあげたいじゃん。

 あの子のおねだりなんて、そうあることじゃないしさ。いや、頻度は別としても、全部叶えてあげたいわけよ、お姉ちゃんとしては。

 そうなると、もう思考のループ。

 出来ないモノは出来ないし、でも、全部完璧にこなして妹を心底喜ばせたい。

 二限目くらいには、グルグルと動かし続けた脳ミソはいよいよ限界で、たぶん使いすぎてオーバーヒートしちゃったんだと思う。

 我ながら、出した答えがこの程度かとホトホト呆れてしまうけど、もう頭の中はいっぱいいっぱいで、これ以上の案は出せそうにない。

 そう。どう考えても、あんなブランド価格、二枚は買えないもん。

 ママに泣きついてもあの金額じゃお小遣いの前借りくらいにしかならないし、パパにおねだり……は、つい先日、ママにお小遣いの前借りをお願いしているのを目撃しちゃったのよね。言えっこない。

 そうなれば、やっぱり自力でどうにかするしかないわけで。

 最悪、一枚だけなら二ヶ月分のお小遣いで多少のおつりが来るとしても、残りの一枚は――勝つしかない。

 となると、そうなのよね、……目指すは大会優勝なわけよ。

 いやー、とかなんとか言っちゃっても? アタシみたいなチョー優秀な子がさ、メッチャ本気出せばちょちょいのチョイ。カード? ルール? まとめてかかってきなさいよ。

 良い感じにフィーリングとノリでヨユーでラクショー的な? なんならもらったカードを元手に御屋敷建てちゃうかもね。

 地下二階、地上四階の鉄筋コンクリート。プールやなんかも作っちゃおうかしら。毎晩、お寿司やステーキ食べて、広い庭でBBQとか良いじゃん。

 近所からカード御殿とか言われて、観光地になっちゃうかも。

 そして、見に来たヒト達に言うの。お金持ちの乗る長~い車から、ブランド品で完全武装したアタシが颯爽と、 “カードなんてウェーイってなノリで、アジェンダとコンセンサスがアライアンスでエビデンスで――”


 ――蛇口から出る水の音。


 トイレの個室で、ひとり。自分を呼ぶ友人の声で、


『……アタシ、めっちゃバカじゃん』


 現実逃避もここに極まれり。この言葉も、いったい何度口から零れたでしょうかね。

 ふと、我に返って笑いが出た。小さな呆れにも似た乾いた笑い。

 そりゃ、わかってるわよ。自分がどんだけ素っ頓狂なことを言ってるのかなんて、アタシ自身、とっくの昔に理解しているわ。

 でもさ、方法なんて他にも山ほどあるだろうけど、アタシのおバカな頭では、その解答しかはじき出せなかったんだもん、仕方ないじゃない。

 だからさ、――あの子が目を輝かせて待ってんだもん。やらないでダメでしたじゃ、顔向けできない。

 そうと決まれば行動あるのみ。もはや、コレしかないの。

 今のアタシは右も左もわからない赤ん坊。ウダウダ考えたって何もはじまりはしない。

 まずこのゲームのルールから知らないし、そもそもカードを持っていない。

 っていうか、はじめるって何をどうしたらこのゲームってはじめたことになんの? そもそもカードってどこで手にはいんの? 

 自分でも、手探りってレベルじゃないじゃん。

 マジで大丈夫? ホント、何やってんだろって話だけど、やるって決めたんだからやるしかない。

 ヤケクソかと聞かれたら、はい、ヤケクソですけどそれが何か?

 だからさ、こんなレベルのアタシだからね、――探すべきは先生ってなわけ。

 だって目指してるのは優勝よ。まともな賞状の一枚も貰ったことないのに、そんな偉業の達成、到底ひとりじゃ無理よりのムリ。

 最後は自分自信の力でなんとかすべきだろうけど、なんだってそうじゃん。はじめは誰かしらに教えてもらってさ、そのうち良い感じになっていくわけじゃん。

 そりゃもう、朝から必死になって探したわよ。誰かいないかなってさ。

 でもさ、そりゃそうかはそりゃそうだなんだけど、周りの友達にカードで遊んでそうなヤツなんていないのよね。

 クラスのみんな、頼めば協力してくれるとは思うわよ。でも、妹曰く、今回の大会は、商品が良いぶん全員が本気だからいつもより優勝は厳しいらしいの。

 せっかく大会出てるのに、本気じゃないヤツなんているのって感じだけどさ、……そんな勝ち目の薄いことに、みんなを巻き込むなんて申し訳ないじゃない。

 もとはといえばアタシのワガママだし、ホントに無駄な時間になっちゃいかねないし、それにさ、


 ――アタシ、正直なとこ、カードをやってるってのをみんなにバレたくはない。


 妹のためにって理由はあるけれど、そうなるとあの子がカード好きってバレるわけじゃん。それってさ、アタシ的には最強にNGなわけ。

 これはダメな考え方だってのはわかってる。わかってるけど、いまいちあーいうオタク趣味は理解できないというか仲良くできないというか。

 ううん、違うか。

 それもあるけれど、同じくらいにアタシはさ、妹をカードに盗られたと思っているのよね。

 何度も言うけれど、このカードとの出会いがなかったら妹は今みたいに元気になっていないかもしれない。その点では感謝感激している。でも、お姉ちゃんとしては、あんな可愛い妹が、自分と同じ趣味を持っていてくれたらなっていうワガママもあるわけよね。

 妹といっしょに服見に行ってさ、流行のカフェで可愛いスイーツ食べたりしてさ、あれこれ言いながら街を歩くの。サイコーにハッピーじゃん。今だって、二人で買い物とか行ってさ、楽しくやってはいるけれど、でもね、カードに使うエネルギーって、間違いなく妹の中でMAXなわけよ。

 それがなんか悔しくてさ。

 アタシ、あんな紙切れに負けたみたいじゃんって。……だから、アタシもどう説明していいかわからない意味不明な感情だから、バカみたいだけどね。かっこ悪いし、ダサいけど。子供みたいに拗ねてるのかもしれないわね、……こんな自分を誰にもバレたくない。

 でも、そんな偏屈に肩ひじ張ってるもんだから、そうなってくると、誰もいないのよ。

 アタシのワガママにイヤな顔ひとつせず付き合ってくれそうな、そんな都合の良いヤツなんて全然いないの。

 アタシはバカだからさ、あんな小難しそうなゲーム、すぐさま練習しないと間に合わない。そう思えば思うほど、焦っちゃって焦っちゃって、皆の前では普段どおりを装ってはいるけれど内心冷や汗で水たまりが出来そうなほどだった。

 ならば先生の一人や二人、ネットの世界で見つけてやるわとスマホで検索してみたけれど、教えて下さいって頼んだ先が、なんか胡散臭い出会い系もどきみたいな輩だったら最悪だし、やっぱり出来るだけ身近な人が良いし、でも、都合の良い条件を並べれば並べるほど、選択肢が狭まって候補が居なくなるのも事実で。

 ぐぬぬ。どうすりゃいいのよ。手詰まりじゃない。

 すでに三限目も終わってしまった。ハリボテの笑顔を貼り付けて、テキトーに周りと話を合わせつつもいよいよ焦りだけが募っていく。

 誰でも良いからお願いします。神様仏様。なんなら宇宙人にだって願うから、どうかこのアタシを助けて下さい。

 もう自分でも神頼みしかないほどに追い詰められた先に、


『――ごめんなさい。数学のプリントをもらえるかしら』


『プ! プリント!?』


 ふと、名前を呼ばれたもんだから、はずかしい。驚きで身体が跳ねた。見ると、友達の中を割って入るように、イ-ンチョがいた。

 ついでのように、みんなにもプリントの提出を促していて、


『そう、昨日の課題。授業前までに集めておいてくれって先生から言われているの』


 肩に届くくらいの黒髪ストレート。それにメガネもプラスだから、かなりの真面目ちゃんな優等生コーデ。

 アタシなんかが真似すれば一発で芋っぽくなりそうなもんだけど、……いやー、今日も美人だわ。

 目の形から顎の形まで、うらやましいくらいルックスが抜群だから、逆に “ばえる” のよね。その優等生な出で立ちが彼女の雰囲気にそれはそれは合っていて、もうばえばえ。


『今日のイーンチョもチョーかわいいね』


 この台詞は、もう毎日のお決まり。


『ありがとう。でも、委員長ね、もしくはクラス委員』


 イーンチョってアナタが言うと、どこか響きが可愛すぎてむず痒いわ。なんて、彼女は照れくさそうに笑うんだけど、またソレがギャップ萌えってヤツよね。いっつも可愛いんだコレが。

 はじめはさ、美人だけど絡みづらそうだなってどこか身構えていたんだけど、お堅いのは雰囲気だけで、話してみればチョー良い子。

 気遣いは出来るし、周りをすっごいよく見てるの。他のクラスメイト達もすぐに彼女のスゴさに気がついて、あれよあれよと学級委員長。


『そうそう、俺も委員長メッチャ可愛いって思ってるぜ』


『だよな。委員長、スゲー美人』


『はいはい、ありがとうございます』


 この対応も同性として痺れるわね。

 これまたいつものことなんだけど、周りの男子連中としては、こんなカワイコちゃん。どうにかお近づきになろうと機会があるごとに必死で声かけるわけよ。

 でも、女子としてはこの手のヨイショは面倒でしかない。

 ラブな相手からならそりゃ嬉しいだろうけど、そうでもないヤツからのこんな軽薄そうな声かけは逆効果。むしろあんまりしつこいとイラッとしてしまいかねない。

 それをこの子は、言い方や声質だろうけど、軽くあしらっても角が立たないのよね。

 サバサバしてるわけじゃないし、誰にでも良い顔するわけでもない。なんというか、平等なのよ。

 しかも、


“……お、幼馴染みってのはッ、絶対に幸せにしてやんなきゃダメなんだよッ”


 聞こえてきたのは、男子の声。言うほど大声じゃないし、かろうじて聞こえるくらいの声量だったけど、


『っ!』


 一瞬、イーンチョがビックリしたように、声がした方向を振り向いて、……たまーにあるんだけど、メッチャ可愛い仕草を見せるときがあるのよね。

 その時も、なんでかね。手に持ったプリントでいきなり自分の顔を隠したの。

 え、なに? どうしたの? ぷるぷると震え、目の錯覚かしらチラチラと見え隠れする耳が真っ赤っか。


『まーた、オタクがなんか騒いでんよ』


『俺、手伝うよ。あの辺のオタク達からも集めんだろ』


『だな。アイツらいっつもコソコソやってからさ、キモいし危ねーよ』


 男子達は、その行動がオタク達に対する不快感の現れだとでも踏んだのか、たぶん今がチャンスだとでも思ったんだろーね。

 アタシなんか、こういう事言うヤツにマジで良いイメージは持たないわけだけど。ホント、その手の人種ってよくわかんないわ。

 やっぱりそれは、イーンチョも同じみたいで、――とたんに声色がガラリと変わったのよ。

 ゆっくりだけど、はっきりと、


『あら、オタク趣味の何がダメなのかしら。確かに、教室で過剰に騒ぐのは良くないことだけれど、キモい? 危ない? そう断言できるのは、どうしてかしら? 根拠のない決めつけはその人の個性を潰すことになるのではないかと、私は思うのだけど』


 なぜ、耳の先まで真っ赤なのかは置いといて、見るからに嫌悪感をあらわにしてんだもん。イーンチョ見たいな美人系は凄むとチョー怖いんだから。もちろん、男達もタジタジ。


『そーね。アタシもイーンチョと、どーいけんでーす』


 当然、アタシもそんな馬鹿なレッテルばりには賛同できないので、手を上げて意見表明。

 周りの女子達も、


『まぁ、今の発言はダサイよね』『だねー、かっこわりー』


 圧倒的イーンチョ側だと意思表示。

 とまぁそんなときだったわ。――やっぱり、神も仏もいるのよね。


 ……それが聞こえてきたのは、偶然だったとしか思えない。


 凄むイーンチョと、男連中との会話の間で、ポツリと、ほんとにポツリと、その隙間を縫うように例の一文が聞こえてきたのだ。


“週末の大会は、お前も全力だろ”


 ――はっとした。


 え? 今なんつった? 今のアタシは大会って言葉に敏感で。

 続けて聞こえたのが例のカードゲームの名前。……その時のアタシは全身に雷で打たれたかのような衝撃を感じたわね。

 声の先には、さっきまで話題の中心だったオタクの群れが。

 あらためて耳を澄ませて盗み聞くと、やっぱり、あのカードの話をしていたんだからもう間違いない。

 キター! バンザーイ!! 頭の中ではもうひとりのアタシが踊り狂って大騒ぎよ。

 男子が数人楽しそうにたむろしていて、あまり絡んだことのないオタクグループだったけど、ここまでワードがそろえば、もはや確定でしょ。間違いなくあの男子たちは例のカードゲームの話をしている。

 教室じゃなかったら、きっと全力でッシャー! ってガッツポーズ決めてたと思う。それくらい、アタシは喜びに震えたわ。

 そうよ。いるじゃない。このクラスには正体不明のオタク達がいる。

 自分だけの繋がりの中で探そうとしていたのだから、そりゃ毛色の違うコンテンツには苦労するってモンよね。

 そうよ。そうじゃない。妹も、すごい人数があのゲームをやっていると言っていたし、それならあのオタク達の中に、例のカードゲームをやってる奴のひとりくらいいるはずよ。


『まぁ、盛り上がりすぎれば私がちゃんと注意します。特に、さっき大声出した彼にはしっかりと。同じ中学出身で、知らない仲じゃありませんから』


 イーンチョは、どこか上機嫌でひとりの男子の名前を口にして、いよいよそこでアタシなんかはハッとその存在に気づいたわけよね。


 ――見れば、オタクの輪の中に昨日のキモオタがいるじゃない。


 そういえば例のアイス代を返す予定だったなって、その時ようやく思い出したのはナイショだけど、彼がいるなら余計に話が早い。

 昨日はアイスありがとね、助かったわ。くらいなノリでいってさ、いつもの感じで雑談から本題に入ればなんとかいける? いや、ちょっと強引かな。

 なんせ一度も絡んだことのないグループだし、どうにも向こうはアタシ達みたいな騒がしい生き物を、なんでかな、嫌っている節がある。

 キモオタには昨日の感じ的に、いうほど嫌われてるとは思えないけど、――みんなからキモオタって呼ばれてるからアタシもキモオタって言っちゃったけど、まさか気を悪くしてはいないわよね。

 まぁ、イヤかどうかもついでに尋ねてみよう。

 もしイヤだと言われた場合を想像しちゃうとひどく不安になるけれど、その時は誠心誠意謝るよりほかはないんだから、とにもかくにも話してみるしかない。

 あとは、どのタイミングで切り出すかよね。

 すぐさまあの会話に飛び込んで、根掘り葉掘り聞きたいことは山ほどあったけど、強引に突っ込んで、変に距離を取られるとせっかくの機会を逃してしまいかねない。

 さすがのアタシも知ってるわ。急がば回れが重要ってことをね。

 そうと決まれば、賢いアタシはしばらくの間、いつもどおりを装いながら聞き耳を立て情報収集に勤しんだわけよ。

 さらには、こっそりと後からイーンチョにも聞いたりしてね、


 ――彼? 彼とは家が近所だから長い付き合いね。……お、幼馴染みといえばいいのかしら。別に他意はないけど。


 ――カード? そうね、私の知る限りでは、こんな小さな頃から彼はやってるわ。今現在も地元では常に上位よ。……いや、近所では有名な話だから、私も小耳に挟んだだけ。ホントよ?


 ――でもなんで? 彼のことを知りたがるのは何か理由があるのかしら。……えぇ、怒ってなんかないわよ。ただ、アナタみたいな美人が、彼の何を知りたいのか。ふふ。とっても興味が刺激されてるだけだから。そうだ、少し向こうでお話ししませんか。いえいえそんな、……私が苛立つ理由なんて、どこにもないんですから。


 アタシはただ、さっきの会話の流れ的に彼と知り合いっぽかったからさ、何か知ってればイイナーってくらいの軽いノリだったんだけど、――途中から、目に見えない力とでもいうのかな。

 もしかして、じつはキモオタと仲悪かったとかある? 因縁なのか、相性が悪いのか、彼女が放つ圧が強すぎてそれ以上の追求は断念。

 まるでウワサ好きのおばさんみたいで、この手の噂話って苦手な人は言うのも聞くのもトコトン嫌うからね。

 イヤなこと聞いちゃったかな。でも、今回だけよ。勘弁してね。

 そんなこんなで、恥ずかしさ半分、情けなさ半分。我ながらどうしようもなかったけれど、やるだけの価値はあったと思う。

 それに、聞こえてきた端々の情報を総合すると、このキモオタ、カードゲームがなかなかに上手らしいのよね。

 カードの上手い下手って、アタシにはそのスゴさがちっともわかんないけれど、これまで何度も上の順位で目立ってきてるみたいなのよね。

 周りのオタクたちも、彼をメタル? いつかの妹も言っていたけど、金属がどうのこうのと盛り上がっていたし、どうやら今回も優勝候補の一角みたい。

 オタク達の会話ってホント意味不明なんだけど、いっつもカードが強いって事は、今度の大会でもきっと強いって事よね?

 やったやった。これはとんでもない金の卵を探し当てたかもしれない。

 もしかすると、アタシってば今日の星座占い一位だったまであるわね。見てないけど、きっとそうよ。ラッキーが半端ない。

 むふふと上機嫌に、そっからは鼻歌交じりよ。――昼休みになる頃には一通りの作戦を練り上げていたわ。


 まず、彼がひとりになったところを追いかけるでしょ。(周りが居ると、キモオタ嫌がるかもしれないからね)


 次に、できるだけ目立たない場所で昨日のお金を返してお礼を言うでしょ。(堂々とお金のやりとりなんて、変な噂が立ちそうだからね。これまたキモオタが嫌がるかもだし)


 最後に、お願いしてカードを教えてもらうの。(これは是非とも誰も居ないところでお願いしたい。だって恥ずかしいじゃない。アタシがカードをするなんて誰にも知られたくないもの)


 完璧。一分の隙も無いパーフェクトな作戦に、アタシ的にはご満悦。

 いよいよ天才かもしれないわね。イヤーまいったわ。能ある鷹がほんの少し爪を見せちゃったってとこかしら。

 それにしても、トントン拍子に進みすぎて、ちょっと怖いくらい。ついさっきまであれほど頭を悩ませていたのにね。

 まぁ、アタシが本気で取り組んだんだもんね。結果良ければ全て良し? なんか違う意味な気もするけれど、とにもかくにも、後は作戦どおりにすればラクショーよ。

 ほら、アタシ天才ですし。あの子の、お姉ちゃんですし。


 そして、――なんだかんだとタイミングをうかがいつつも、気がつけばあっという間に放課後なわけよ。いやはや、ウケる。

 あぁもう。と、ほんと久しぶりに唸ったわよ。なんで、あのキモオタはひとりにならないのよ。

 計画通り行動に移そうにも、朝から晩までベタベタと、いつも誰かしらが近くに居るのはどういう了見なわけ?

 どうにもマンガの話で盛り上がってたみたいだけど、そんなに面白かったのなら気にはなるわね。

 でもさぁ、鬱陶しいのよ、離れてよ。

 誰々タソが可愛いのはわかったから、マンガの話ならいつでも出来るでしょ? そもそもタソって何? くんとかちゃんならわかるけどタソ? あと、キモオタが明らかに不機嫌顔でダンマリ決めこんでんだから、何があったか知らないけれど、友達ならベラベラと早口で語る前に、そこも気づいてあげなと言いたい。

 いざアタシが彼の取り巻きを睨みつけようとするたびに、キモオタ自身も何を感じ取ったのか抜群のタイミングでこっち見てくるし、不自然に目を逸らしたりで大忙しよ。やりづらいったらありゃしない。

 何度かこっちから行ってやろうかとも考えたけど、でも、練りに練ったあの作戦どおりにやるならば、彼をひとり、人気の無いところに呼び出すわけじゃない。

 でもさ、そんなの周りから見れば、アタシが告白するみたいに受取られてもおかしくないわけよ。

 いやいや。じょ~だんじゃない!

 別に、あのオタクグループがイヤだとか、あのキモオタの事がキライってわけじゃないわよ。

 でも、どんなに否定したとしても、それこそ噂が噂を呼んで、最終的にはアタシがカードをやるって事が皆にバレかねないじゃん。

 アタシはね、今、この一瞬だけカードをしなければならない、ただそれだけなのよ。

 これから先、そのことで周りからチクチクいじられ続けるのはゴメンなわけ。


 ――だからよね。それから先の事は、アタシも反省してる。


 きっと、焦ってたんでしょうね。いや、間違いなく焦り散らかしてたわ。

 だって、さぁ帰ろーって放課後の誘いを適当な嘘で断ってさ、見たら、どんな速さよ。教室にキモオタの姿はもう無いし、うそでしょ、さっきまでいたじゃん。

 ヤッバ。見失った? ……ここでまず、ひと焦り。

 だからって諦めるわけには行かないからね。こなくそ逃がすもんかって昨日のコンビニまで猛ダッシュ。でも、……大慌てで先回りしたらしたで、このクソ寒い中。待てど暮らせど彼は来ないし。

 何でよ。どこをどう遠回りして帰ってんのよ。……ここで、もうひと焦り。

 だからオタクって苦手なのよ。あんなにさっさと姿を消すんだもん、こっちとしてはさ、てっきり用事かなんかあってさ、チョッ速で家に帰らなきゃなのかなって思うじゃん。

 なんで来ないのよ。意味もなくあんなに急いで教室を出たの? なんで? アンタは別の惑星に住むエイリアンかっての。マジで行動が読めない。

 あぁもうと、今日何度目かわからない唸り声。

 だってさ、やることなすこと全部空回りでさ、やきもきしながら待ってる間に、なんだかどんどん気恥ずかしくなってくるし。

 いや、だってさ。放課後に男子の帰りを待ちわびる女子とか、……そんなん恋愛マンガじゃん! やってることが恋する乙女じゃん! はずっ! アタシはずっ!


“○○君、遅いな。きっと、また誰かに告白されてるのかな? ハートマーク”


 いつかどこかで読んだようなよくあるマンガのシーンだけど、それをふいに自分へと置き換えて想像してしまい、――ギャーッ! “かな? ハートマーク” じゃないわ! 秒で鳥肌立ったわ気持ち悪い!


 そんな浮ついたさ、意味不明な頭お花畑状態なんだもん。――いざ彼が来たとなったらもうメチャクチャよ。

 はじめは何事もないフリしてたんだけど、実際のところ、心臓バックバクで吐きそうになってるし。

 自分でも意味わかんないのよね。別に告白するわけでもないくせにさ、変に恥ずかしがってさ、無駄に緊張してさ、あげくには彼を振り回しちゃってさ。


 ――ホントはね、お礼の内容だとか、話しかけるシチュエーションとかさ、もっといろいろと考えていたのよ。ウソじゃないからね。


 何度も言うけど、言い訳ばっかで、どうしようもないんだけど、でも、アタシ頑張ったのよ。

 ちゃんと昨日のお礼をして、お金を返して、それから真面目にお願いするつもりだったんだから、それだけは信じてほしいわ。


 焦りに焦った放課後。

 騒ぐ心音と、震える指先。

 握りつぶしてしまいそうな、お正月のポチ袋。


 目の前と頭の中が、もうずっとぐるぐるぐるぐるぐる……。

 結果はあんなだったけど、それでも、アタシ頑張ったんだから。ねぇ、だからよろしくね。


 ……何度も歩いた家までの道。通い慣れたコンビニ。全く知らないカードゲーム。そして、昨日はじめて話したクラスの男子。


 熱くなった頭ががそろそろ気恥ずかしさで茹で上がりそうな中、もう辺りは良い感じに夜を迎えそうな空で、


「アタシに、カード教えてくんない?」


 いい? アタシはホントに頑張ったんだからね。すっごい恥ずかしかったのに、精一杯、言葉を絞り出したんだからね。

 こんなシチュ初めてなんだから。いい? そこんところ、ちゃんと汲み取ってよ。マジで。


 その時の目をまん丸にした彼の顔と、ポチ袋を微かに揺らすアタシの震えた指先に、さっきから続くとんでもない緊張は、しばらくの間、止まってはくれなかった。


「……誰にも内緒でさ、その、出来るだけふたりっきりで」








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