第6話 美人って線香花火に似てるよな。本当はすっごく危ないとこばっかりのに、みんなうわべのキレイさにだまされて気づいてないんだ。 ②









 間違いなく今日は厄日だと、クラスの扉をくぐったときには、そう結論づけていた。


 なんせ、――まだ継続中なのかよあのイベントは。

 教室のやや後ろ。ワイワイと喧噪に包まれた室内で、一足先に到着していたであろう昔なじみが怒っていますよのアピールか。

 いつものように背筋を正し静かに席へと着いているが、だからアイツはなにを怒ってんだろうね。

 ムスッとした表情で、刺々しい視線を飛ばしてくるのだからたまらない。

 今の今まで知らぬ存ぜぬの学校生活だったくせに、今更なんだって、僕なんかに絡んできたのやら。

 気まぐれ……は、生真面目なアイツの性格上ありえないし、でも、そうでなければ、何か今になって僕の相手をする利点でも発生したのだろうか。

 勝手に襲来し、怒って逃げていったんだ。そこに何らかの意味はあると思うけど、はてさて、その辺りがどれだけ考えても僕にはちっとも分からない。

 最終的には、電撃作戦もかくやと言わんばかりのあの強引な接触に、もしかするとあれは本当の彼女ではなく、キナコの皮を被り僕の日常を侵略しに来たインベーダーかもしれないとすら疑う始末。

 いつもより倍は疲れたんだ。

 こうまで素っ頓狂な憶測が脳裏をよぎってしまうほど、精神的にも、そして肉体的にもすでにヘトヘトだった。

 こんなことなら、家から出るんじゃなかった。

 だけど今朝、出しなに見た星座占いは、堂々の一位。

 今日は人気者になれそうだなんて、男ウケに特化した女子アナが、よそ行きの元気さでもって言っていたんだ。

 ハニトラまがいのあざとさに、こちとら毎朝翻弄されてるからさ、このお姉さんがそう言うのならそうかもなんて、あんなもん1ミリでも信用した僕がバカだった。

 なにが人気者になれそうだ。

 寄ってきたのは理不尽な災厄ばっかじゃないか。やってらんねぇ、騙されるのはいつも僕ら非モテなオタクばかり。

 あぁ。こうも、自室の布団が恋しくてたまらない事もなかったね。

 数時間前に別れたばかりのお布団が、 “この寒空の下、頑張って登校してきたのに、世間はオマエに冷たいだろう。こっちはとても温かいよ” とまるで手招きしているようで、ただでさえ平日の朝は学生にとって憂鬱で気怠いものだというのに、今日ほど強く帰宅を考えのもはじめてだった。

 むしろ、今思えば、今日に限ってはこのタイミングで帰るって選択肢が正解だったようにおもえてならない。

 試しにちょっとだけ視線を向けてみれば、――なんでだよ。

 数秒ほどで、キナコのヤツは悔しそうに顔を背けやがるもんだからいよいよ意味が分からない。

 イジメか? 新手のイジメなのか? こちらを睨みつつ僕が目線をやれば逸らす、そういうゲームなのか?

 もしそうであるなら、とんでもない陰湿さを感じるからやめてもらいたい。泣くぞ。

 爽やかな朝の教室で、突如仕掛けられる変則的なあっち向いてホイ。

 いやいや、そんなつまんねぇものに僕を巻き込むな。お願いだから他所でやれ。

 もう、何度目かわからない濃い溜息が、まぁ零れに零れたね。

 こんな仕打ちを受ければ、誰だってそうだ。この朝だけで、もう帰ろうかなと何度考えたことだろう。

 それでもこの一日、机にかじりつき踏ん張ったのは、ここで変に取り乱せば、陰キャがキョドってるぞ、何かおもしろいことあったんじゃねって、常日頃おもしろいことに貪欲なクラスの陽キャ達から余計な探りを入れられかねないからさ。

 しかも、教室には例のあの子もいるわけで、もしかすると昨日の金が返ってくるかもなんて、


 ……そりゃ僕だって半分ダメだと考えてはいたけれど、万が一ってのは、そこかしらに存在しているものだろう?


 ないしはあんな美人から何らかのアクションがあるかもしれないなんて、淡い期待が微粒子レベルには存在していたからさ。

 今か今かと緊張しながらも、その後のキナコからの視線は全力無視で、出来るだけ平静を装いつつ、何食わぬ顔で席に着いたわけだけど、


 ――なんてことはない。取り越し苦労とはこの事か。


 昨日のアイスがどうだとか、お金がどうだとか。こちらの心持ちなんて、件の彼女にはドコ吹く風。

 キレイに染まった髪を揺らし、その笑みは文句なしの百点満点。マンガやアニメなら、メインヒロイン間違いなしの造形美。

 陰キャには到底纏うことの出来ないキラキラオーラをこれでもかと放ちながら、今日も今日とて、おはよーと元気な声からはじまり、またねーとサヨナラ。

 朝から夕方まで、授業中以外はいつものようにクラスの人気者達でコミュニティを作り、おしゃべりに花を咲かせっぱなし。

 やはり、彼女こそクラスの主役。

 もちろん負けないくらいにキナコも美人だけど、方向性の違いというのかな。

 かたや生真面目そうな学級委員長と、その真逆。人当たりの良いあっけらかんとしたムードメーカー。

 彼女が笑うと明らかに教室の温度が上がり、目に見えてクラスの雰囲気がキレイに色づくのだ。

 派手に明るくて、かつ、とっつきやすい。同じ “美人” なら、親しみやすい可愛いさってのが人気を左右するのかもしれない。

 対する僕はというと、いつものようにクラスの隅っこで息を殺し、決して教室の空気を害さないように、温度を下げないように、騒がず目立たずひっそりと。

 たまに来る友人達と、やれ、どこそこの通販でお目当てのカードが安く買えただの、今期のショップ大会は景品が良いから全力だの何だの。決して他者には届くことのない声量をもって、まるで誰某の暗殺計画を企てる日陰者かのような内緒話。

 その際、昨日出たマンガ雑誌のネタバレを当たり前にくらい、――予想どおり、例のラブコメマンガが神回だったらしく、最初は酷くムカっ腹がたったが、その一点に関しては昨日の僕の重大なプレミが原因なわけで、口惜しいことに不平不満を言える立場にはいない。

 ただ、鼻息荒く盛り上がる友人達を横目に、僕がダンマリだからね。友人達もどうしたんだと不思議がってはいたが、


『――やっぱりショックだよな、オマエの推しが、昨日で負けヒロイン確定したんだもんな』


『なっ!』


 その一言には流石の僕も跳び上がったね。ウソにも限度がある。


『あの子は幼馴染みだぞ、負けるわけないだろ!』


 夢を見るなら夜だけにしろ。

 そう、同意を求めるように辺りを見渡す僕を前にして、周りの数人が何も言えねぇよと目を伏せたから、


 ……なん……だと。


『なぁ、おい。なぁウソだろ……』


 何年も推し続けたあの子が、負けヒロイン。


『おい、現実を見ろ。そうならなかった。それでこの話は終わりなんだよ』


 しかも、最後の最後をこの目で見届けることが出来なかった。


『……お、幼馴染みってのはッ、絶対に幸せにしてやんなきゃダメなんだよッ』


 僕が唸ったからだろうか。

 ふと視界の端でキナコが驚いた顔をしていたが、その時はそれどころじゃない。

 僕はファン失格だと、終わってしまったことを無様に悔やみながら、そうは言っても自分の落ち度。

 読んでいないのだから語れないし、それに、昨日起きた彼女の一件は伏せるしかない。

 二度と同じ轍は踏むまいとそう心に決めて、泣く泣く聞き役に徹したわけだ。

 仮に、恨み言のように昨日のアイス事件を話したところで、友人達が代わりに取り立ててくれるわけでもなければ、バカだなお前、そんなときは走って逃げろくらいに笑われて終わりなのは目に見えていて。

 いや、ほとんど信じてもらえない可能性すらあるな。

 白昼夢か妄言か。んなわけねーだろ、さっさと寝ろなんて死体蹴りを浴びせられそうな未来さえ見えた。

 そんなこんなでマンガのネタバレを除けば、特にこれといった波風の一つも立たず、今日という日がいつもどおりに終わりそうなわけだ。

 授業で当てられることもなく、なにか忘れ物をしたわけでもない。キナコは飽きたのかあれから絡んでこないし、もちろんそれ以外の女子が絡んでくることなんてない。

 そう、波風一つおきない。いたって普通の一日。

 マンガやアニメのような、突如としてとある女の子が僕の前に現れたりなんてしない平々凡々とした――


「……だよな」


 ――白状すると、さっきはほんのちょっとの淡い期待なんてほざいてはみたが、けっこう大きめな “もしかして” が僕の中にはあった。


 あの時、彼女はハッキリ『貸して』と言ったし、僕も『奢る』とは言ってない。

 だからあのアイス代は貸し借りとして成立しているわけだ。きっと。おそらく。たぶん。

 となると、借りたものは返すのが当然で、その際に、ありがとうだとかなんだとか、お礼の一つも添えられて、合法的にあんな美人のクラスメイトとお話が出来るかもしれない。そう夢見たわけだ。

 僕の周りのヤツらなら、天地がひっくり返ってもそんなことあるもんかと、腹を抱えて笑いそうだけど、――良いじゃないか。

 こんなしょうもない僕だけど、たまには女子と話したくもなるんだよ。

 なんてたって僕も、こう見えてひとりの男子高校生。女子に興味が無いと言えば嘘になる。

 そりゃこっちだって、あの聖母みたいなバニラブさんと定期的にお話ししてるわけだから、それ以上を望むのは贅沢だってのはわかる。

 でも、違う。違うんだ。

 だってバニラブさんは天使なんだもの。

 神様が誤って地上に誕生させてしまった奇跡の子に、なにが女の子とお話しがしたいだ。そんな思春期に塗れたクソみたいな劣情を抱くのは僕的に最大の禁忌。

 だからこそのガス抜きとでも言うのだろうか。その分不相応な感情が間違って暴走しないように発散させる。

 そんな言い方をすると、有らぬ方向に語弊が生じるだろうけど、簡単に言えば、同世代女子との適度な楽しい会話ってのがあらゆる粗相を防ぐ特効薬であり、男の子としても憧れているし、その機会を欲しているわけさ。

 モテない男のモテない所以がココに全て詰まっている気もするが、まぁいいか。

 これぞ僕だと仁王立ちで構えてやるから、さぁ笑いたければ笑え。ただしお手柔らかにな。

 同時に、こうまでノーガードで開き直れば、なんだそりゃ。おもしろくないと思うのがヒトという生き物。

 ここまで聞いて、それならば攻めろと。そんな受け身で待つよりも債権者なんだからガンガン行くべきだ。お金の取り立ても、女の子との会話も一気に片が付くだろうと。そういう過激派もいるだろう。

 でも、それはそれでちょっと待ってもらいたい。

 自分から代金を返してくれと、そう言えれば話が簡単なことはわかる。

 わかっちゃいるが、今一度話を蒸し返すようだけど、僕と彼女には、大きな格差という壁がある。

 大名行列を横切れば、ズバッと無礼討ちにあう。それがわかっていながら突っ込むバカはいないだろう?

 さらには、あの手の人種はいまいち挙動がつかめないところが多過ぎて、今までにも、カウンター気味に論点のずれた見当違いなウザ絡みが火を噴くシーンを、ことあるごとに目にしてきた。

 そうなれば、どっちが悪いかなんて根っこからうやむやにするのがヤツらの手口だからね。最悪、こっちが悪者にされて酷い目に遭ったなんて話は、ちょっと探しただけでも腐るほど出てくる。

 あのクラスメイトがそんなことをするかどうかなんて、この薄い関係性ではわかりようも無いのだから、なおさら警戒するに越したことはない。

 現実には、こんな陰キャに彼女みたいな陽キャのボスが直接どうこうってのはありえないだろうから、これこそ取り越し苦労というヤツだろうけど、まぁ、あれだ。皆まで言うな。

 グルグルとさっきから堂々巡りで、じゃぁこの問題は解決しないだろ。いいから落としどころを探せ。そうでなければ、いったいオマエは何をどうしたいんだと、自分でもそう思う。

 でも。

 陰キャの長い僕ですよ。釈迦に説法とはまさにこの事で。

 簡単に言えば、本音と建て前ってヤツだ。

 彼女が皆の前で堂々と僕に話かけてくる。そんなことが夢のまた夢なんて百も承知だし、そもそもが、万が一にも衆人環視の元でそんな大胆なことされた日には、僕のガラスのハートが粉々に砕けちる。

 脳内ではラブコメ的なお約束を夢見てはいるが、僕ら陰キャ、日々現実を噛みしめて生きているからね。高望みはしない。

 理想は、マンガやアニメのボーイミーツガール的な展開。

 でも現実は、変に目立てば、『アイツ最近調子ノってね?』からの不登校まで追い込まれる、そんなスーパーコンボが即発動。

 今まで日陰に生きてきた側からすれば、強い光は毒だし、お日様の下を自由に生きてきた側からすれば、そんな湿ったヤツら、鼻に触るらしい。

 あとはまぁ、ここだけの話。

 恥を忍んでこっそりと打ち明けるが、朝からちょこちょこと彼女の様子を盗み見ているわけだ。

 キモいだろ? キモいよな。

 ちょいちょい僕の視界にキナコが見切れてくるもんだから、おいジャマだ。窓の外や廊下、黒板と、誤魔化すように視線をずらしつつチラリチラリと一日中。

 相変わらず、その綺麗な横顔に見惚れてしまいそうになってるわけで、まるでストーカーみたいな行動に、自分でも気持ちの悪いことしてるなって自覚はあるのだから余計にこちらからはコンタクトを取りにいけそうに無い。

 あらかじめ下駄箱や机の中にでもお金を入れておいてもらえれば万々歳だったわけだけど、僕より遅く登下校する彼女だ。

 休み時間は取り巻き達が常に周りを固めているし、仮に彼女が動こうにも、僕が希望する所のこっそりと周りに気づかれないようにだなんて、そんなタイミングなんざありゃしない。

 待ってもダメ。だからといってこちらから勧奨出来そうもない。

 受動的にも能動的にも、なんだかコントロールデッキに翻弄されている時と似ているな。

 攻めても守っても除去やカウンターで手のひらの上で転がされるあの感覚。

 どう転んでも、彼女は厄介な女の子ということだろう。

 どの手札を切ったとしても、解決には至らない。ならば、僕としても、夢見つつ、妄想しつつも、相手の生息域に無遠慮で入り込みはしない。

 陰キャを長くやっていれば自ずと身につく基本スキル。これが常に発動しているとでも言うべきか。余計なイベントなんて起こすべきでは無いと、彼女が行動に移しやすいよう、こうやって朝から待ちの姿勢を貫いたわけだ。

 まぁ、結局の所、特筆すべき事なんざ起こりゃしなかったのだから笑い話にしかなりはしない。

 ただ、何から何まで空振りだったわけではなくて、……これは強がりかな? 強がりだろうね。

 だけど、言わせてくれ。

 気のせいかも知れないけれど、ほんの数回だけど、目が合ったことだけは声を大にして言わせてくれ。

 でも、だからなんだという結果で終わるのだから、やっぱり笑い話か。

 こっそりと盗み見る僕の濁った目と、あの星々を内包したようなキレイな瞳がバチリと合いはするんだけど、――その都度さっきまでのニコやかな表情を一瞬で真顔に変え、プイッと視線を逸らされてしまう。

 まぁ、そうだよな。

 わかっちゃいたけれど、あぁそうかいってなもんだ。

 キナコもやっていた変則的なあっち向いてホイ。彼女が行えば、余計に意味合いが深くなる。

 まさに陽キャから陰キャへのお手本のような対応だ。見事としか言えないさ。

 一発目は、まったくなんだあの態度は。と思いはした。アレが借金をしているヤツの取る態度かね。睨みつけてやろうか、とさ。

 ただ、腹を立て感情のままに行動したとして、彼女との諍いが向こうの連中に気づかれればこちらが倍返しの血祭りに合いかねないわけで、全くもって賢いプレイングではないわけだ。

 とにもかくにも、根暗が一方的に気を張って、無駄に疲れるばかり。

 二度三度。目を逸らされているうちに、あれよあれよと下校の時間になってしまった。そういう事だ。


 ――遠くから聞こえる学校のチャイムを背に、あ~あ、と気怠さのまま、冷える帰り道をトボトボひとり歩いて行く。


 要は、ただアイスを買った人間と、そのアイスをもらった人間。それだけの間柄に、何を期待していたのかという話。

 ウダウダと言い訳ばかりの前振りだったけど、とどのつまりがその程度。

 赤紫色の空に、どこからかカラスの声。ほうと吐いた真っ白な息に、妙な敗北感が混ざっては消えていく。

 今日一日のことを、我ながらよくもまぁこうもクドクドと思い返せたもんだ。

 こういうタイプが社会に出れば真っ先にハゲて心を病むのだろう。

 人生ラブ&ピース。みんな違ってみんな良いはずなのに、なんだか昨日から僕だけその円環の理からはじき出された気がしてならない。

 アイスはカツアゲされるし、バニラブさんとも変な空気になっちゃうし。キナコには絡まれるし、結局お金は返ってきそうにないし。

 こんな日は、いつもの玩具店でカードのストレージでも漁りながら偶然居合わせた顔なじみと無駄話。オチもヤマもないようなしょうもない内容で笑いながら日中に起きたイヤなモノを全てキレイサッパリ忘れ去りたいものだけど、

 

 ……あぁ、悲しみで寒さが身にしみる。今の僕には金が無いのだから。


 虎の子がいくらかありはするけれど、それに手を付ければ今月末に出る新弾のカードが買えなくなる。

 あぁダメだ。それだけは避けないといけない。もし買えないとなると、もはや恒例ともなった、バニラブさんとのパック開封がお流れになってしまう。


“前々から騒がれていた新規カードですけど、どうでしょうキモータさん”


“安心して下さい。今回開けて確信しました。サポートカードもしっかりとブッ壊れています。文句なしのクソツヨ人権、環境破壊カードです”


“そうだと思って早速カートに入れました”


“え?”


“お年玉を生け贄に、気合いの3枚購入10秒前、9、8、7、”


“いやいや、諭吉が数人飛びま――”


“4,3,――手が震えるほどの金額です。バレたらたぶん、ママに泣くまで怒られます。ちなみに、……もうちょっとだけ泣いてます”


“お、おい、やめろ! カウントをやめるんだ!”


 カメラ越しだけど、毎回バニラブさんと楽しく盛り上がれる僕の中では大切なイベントなんだ。中止ともなれば悔しさで気が狂いかねない。

 だから、――きっと無意識でやってしまったのだろう。

 日頃の刷り込みというか、反復練習というか、考え事をしながらでも到着するのだから、我ながら、余計なことをと歯ぎしりをひとつ。


 ……足の向くまま気がつくと、まさかまさかでもう店の前なんだ。もはや身体が覚えているのだろう。


 高校から僕の家へと続く道から、一本脇に入った隣の路地。そのまま少し行けば駅前に抜けるという好立地に、その店はあった。

 この辺の住人なら一度はお世話になったであろうホーリーランド。

 通称、ペガサス。

 なぜこんな呼び名なのか。正式な店名とは似ても似つかないその由来はそれこそ幾通りもあるのだが、どれもこれも嘘八百のようなものばかりで、どれが本当なのか誰も知らないのだから不思議なモノだ。

 その店内は、コンビニの二つ分くらいだろうか。玩具やプラモデル、各種カードの他に、そこそこの大きさのプレイスペースを完備しているのだから、決して狭いわけではない。

 いつからこの地に建っているのか。玩具やカードのポスターが貼られた窓や、色の落ちた屋根。古ぼけた外装が、その店が老舗である事を如実に語ってくる。

 きっと、その老兵のような佇まいが誘蛾灯のごとく客を引き寄せるのだろう。

 かくいう僕もそのひとり。――物心ついた頃から足繁く通う玩具店は、今日もまた、いつものように賑わいを見せていた。

 もちろん、……ほら見たことか、だ。

 そもそも結局入らずじまいなのだから行かなきゃ良いものを、大きな窓越しに見た店内では、チクショウ。馴染みの顔が皆楽しそうに、それでいて全力でカードへ没頭していた。

 ポスターの隙間を縫うように、のぞき見た手前の卓では、――たまに見る小学生達か。

 帽子の子が使う “マジカル☆ビート” VS メガネの子の “社畜ゾンビ”

 速攻とコントロール。盤面的には帽子の子が優勢に見えるけど、デッキ構成で言えばまだまだメガネの子にも逆転の手はある。

 ちょっとだけのつもりが、


 ――だぁぁ、それはカウンター飛んでくるぞ。相手がさっき必死にサーチしてたじゃん。って、相手も撃たないんかい! いつ撃つの! 今でしょ!


 ――おぅ? なんでそのデッキに……だよなぁ、それは読めないよな。いやー、カード選びのセンス良すぎてオジサン嫉妬しちゃうぞ。


 ガラスを挟んで、あっという間の十数分。

 要所要所で起こるアグレッシブなプレミと小学生特有の突飛なデッキ構築に一喜一憂。うおお。熱い、熱いぞ。

 胸の躍る喧噪と、独特な空気感。こんなワクワクの濃い店、カバンに入ったお気にのデッキと僕の右手が疼いてしまう。

 でも、今の僕にはガチャポンを回す金すら無いのだから、はなからお金を落とす気の無い人間はお店的にも邪魔なだけ。

 知り合いに見つかれば店内に呼ばれるだろうし、言えば誰かしら席代くらいは貸してくれるだろう。だけど、お金の貸し借りで嫌な気分になってしまっているわけで、なおのことそれだけは避けたい。

 はやる気持ちをムリヤリ抑えこみ、いまだ熱を放ち続ける小学生達の勝負の行く末にヒドく後ろ髪を引かれながらも、これ以上は我慢が出来なくなると逃げるようにその場を離れ、


 ――同時にどんどんと腹が立ってきた。


 今日一日、ああも感情的になるなと自分に言い聞かせてきたけれど、なんだこれは。

 無駄に遠回りしただけのストレスフルな放課後となってしまったのだから、我慢にも限界がある。

 金も無ければカードでも遊べない。ないないづくしの悪循環。

 自分のまいた種的な側面もあるけれど、それでも、僕だけが悪いわけでは無いはずだ。不公平だ。


 別にモノに当たるわけじゃ無いけれど、小石を探す。


 今日みたいに学校でイヤなことがあった日や、カードの大会で手札事故を起こした日。がっつりメタゲームを食らった日なんて特にそうだ。

 小石を壁に蹴りあてながら帰路につく。この石蹴りは僕の精神安定剤のひとつかもしれない。

 これでも運動神経は並くらいはあると自負しているからね。さらには小さな頃からこんな性格なんだ、外に出せない鬱憤は数え切れるもんじゃない。その都度、コツンコツンと小石を蹴ってれば、イヤでも上手くもなるさ。

 親からは、いい年して拗ねてるみたいだからヤメなさいとも言われるけども、


「――あぁ、くそ」


 普段なら同じ石コロを自宅まで蹴り進めることができるのだけど、――今日はダメだ。何をしても上手くいかないようだ。

 もう少しでゴールというそんな位置。例のコンビニまで来たところで、僕の石コロは路面で見事にイレギュラー。無慈悲にも、側溝へと吸い込まれてしまった。

 ええい、忌々しい。

 辺りを見渡しても手頃な石は落ちていない。家まではあと十五分ほどだけど、不完全燃焼だな。余計に腹が――


「――子供っぽいことやってんじゃん」


 夕闇が迫る町に、聞き覚えのある声がほのかに響く。――それは、とてもキレイな声だった。

 確かに油断はしてたし、腹に据えかねた感情で視野も狭くなっていたけれど、とっさに見た声の先は、駐車場の出口の端。


「よっす」


 車除けのポールに腰掛けるようにして――彼女がいた。







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