因果リツコの地獄裁判:「因果関係」とは何だろう?

玖馬巌

§0 裁判のはじまり

「――亡者、因果いんがリツコよ。裁きを受ける準備はよいか」

「……はい」


 私は緊張で口から心臓が飛び出しそうになりながら、問いに答える。

 わたしは法廷にいた。ただし普通の法廷ではない。亡者の生前の罪を裁く地獄の法廷だ。そして裁かれる亡者とは、なんとこのわたし自身のことらしい。

 大学で科学哲学を学ぶごく普通の学生であったはずのわたしは、ふと目を覚ますと牢屋の中におり、そしてあれよあれよという間に、この法廷へと連れてこられた。


 裁判長である閻魔えんま様の声が、法廷に高らかに響き渡る。

「これより、この法廷にて汝の生前の罪を問う。汝はその罪を認めるか、或いは身に覚えの無いことであれば、自由に申し開きをせよ」


「あの! え、閻魔様?」

 わたしはいかにも厳格という風貌の閻魔様に対し、おそるおそる尋ねる。


「なんだ、亡者リツコよ。なんでも申すがいい」

「は、はい。先ほどの説明の確認なのですが――もし、わたしがこれから行われる裁判で『無罪』となれば、生き返ることができるのですね?」


「うむ。滅多に無いことではあるが……人の生も死も、ただ因果 のたまもの。この閻魔でさえもその例外ではない。安心せよ。我の仕事はあくまで、亡者である汝に公正な裁判を行うことにあり、いたづらに地獄行きにすることではない」


 閻魔様は顎髭をしごき、大きな体を揺すらせると低い声で告げる。


「仮に無罪となった場合、汝には二つの選択肢がある。浄土で悩みも苦しみもなく暮らすか、または娑婆へと生き返るか」

「では――」

 口から出たわたしの言葉を、閻魔様は手を挙げてそっと遮り、言葉を続ける。

「ただし、この裁判で嘘偽りは通じぬ。もし己の身かわいさに、偽りを申した場合どうなるかは、言わずとも分かっておるな?」

 閻魔様がちらり、と傍に控えている獄卒 を見る。頭に角を持った鬼そのものの風貌をした獄卒は、両手に持つ大きな金ばさみをカチカチと鳴らすとにっこりと微笑みかける。今までのふるまいをみるに、特段わたしに害意はないのかもしれないけれども、正直怖い。


「我は汝の敵でも味方でもない。ただ嘘偽りを糾弾し、真実のみを希求する。そのことをゆめ忘れるな、亡者リツコよ」


 閻魔様が手を挙げると、獄卒がじゃああんと、中華料理店でしか見たことがないような大きな銅鑼を勢いよく鳴らす。いよいよ、裁判のはじまりだ。

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