ブレス王国跡地へ
イーグルは咳払いをした。
「メンバーは揃ったな。もう出発するが、念のためにに言っておく。今回の目的は戦闘ではなく、偵察だ。無茶だと判断したらすぐに撤退する」
言いながら、巾着袋から円錐状の白い花を三つ取り出す。フレアとローズで作ったエリクサーをたたえている。
フレア、クロス、ローズに手渡していく。
「学生の三人が一つずつ持っておけ。俺とブライトは自分で自分の身を守るからな」
「絶大な信頼を寄せられて光栄です」
ブライトが微笑んだ。
「ご期待に添います」
「おまえは頑張りすぎる事があるから気をつけろ。俺からは以上だ。今のうちに確認しておきたい事はあるか?」
イーグルの問いかけに、ローズが片手を上げた。
「私は大丈夫でしょうけど、誰かがはぐれたらどうしますの?」
「おまえが一番心配だ。俺が迎えに行くからジッと待ってろ」
イーグルが溜め息を吐くと、ローズは大げさに両目を見開いた。
「あら! 無用な心配ですわ。姓はクォーツ、名はローズ。この私が迷子になるなんてありえませんわ」
「犯罪組織ドミネーションが相手だと、何が起こるのか分からない」
イーグルは手のひらサイズの紙を五つ取り出した。いずれも鳥の形に切り取られている。
「こいつを肌身離さず持っていれば、必ず迎えに行ける。俺なら居場所を感知できる。撤退時にも使うからくれぐれも無くさないように」
鳥型の紙を一人一人に手渡し、イーグルは深呼吸をする。
「久しぶりに使う魔術だが、成功させてやる。バード・ディスガイズ、ペーパークラフト」
イーグルが魔術を放つと、それぞれの手元の紙が白く輝く。
紙は羽ばたき、ひとりでに浮かび上がり、微風を生じさせていた。
不思議な現象は続く。
紙はグシャグシャと耳障りな音を立てて、ぐんぐん広がっていき、風が強くなる。
やがて人が乗るのに充分な大きさの白い鳥となった。普通の鳥のような羽毛は無いが、紙と魔力でできた、可愛らしいふくよかな鳥だ。デフォルメされた鳥で、どことなく癒される。
イーグルが胸を撫で下ろす。
「うまくいった。みんな乗れ」
ブライトは感心した。
「流石ですね」
「おまえに言われると嬉しいぞ」
イーグルが照れ臭そうに鼻をかく。
フレアは両目を輝かせた。
「イーグル先生にこんな才能があったなんて、すごいです!」
「何度だって言うが、俺は魔術学園グローイングの上級科の担任だからな。さぁ、すぐに出発だ!」
イーグルは紙の鳥の背中に乗る。鳥の背中はわずかにたわむが、潰れる事はない。
続いて、クロスが自分の鳥の背中に乗った。
「俺たちも急ごう。もしも犯罪組織ドミネーションが魔術学園グローイングを攻め込む計画を立てていたら、一刻を争うだろう」
「その通りですわ! 早くブレス王国へ行きましょう!」
ローズも乗り込む。
ブライトとフレアも乗り込んだ所で、イーグルは頷いた。
「じゃあ行くぞ。振り落とされないようにな!」
イーグルが口笛を吹く。
次の瞬間に、フレアたちの身体は重い圧力に見舞われた。
鳥が急激に上昇したせいで、息ができない程の気圧に晒されたのだ。
フレアは目を開ける事が出来ず、ひたすら圧力が消えるのを願っていた。
そんなフレアの想いが通じたのか、身体は重力から解放された。
「……大丈夫かな?」
フレアは恐る恐る目を開ける。
見上げれば、月がいつもより近い。眼下にはなだらかな山が広がる。
暗闇に沈んだ景色が、どことなく神秘的に感じた。
「すごいわ……」
フレアの口から感動の溜め息が漏れる。
心地よい風に煽られて、伸びをしたくなる。
鳥から手を離そうとすると、風圧に煽られて、落ちそうになるからやめておいたが。
イーグルは得意げに笑っていた。
「すごいだろ! この感動は一生忘れるな!」
「きっと忘れません! 素敵な経験ができて良かったです!」
フレアは声を張り上げて、素直な気持ちを伝えた。
ローズは高笑いをあげた。
「少しはやりますわね!」
「おまえは上から目線をなんとかしろ!」
ローズとイーグルが言い合っている間に、山を越える。
ブレス王国の王城が見えてきた。
幾つもの塔が立ち並ぶ荘厳な城である。
そんな城のそばで、多くの光が灯っていた。ゆらめく赤い光は不規則に並び、空から見れば美しい明かりになっていた。
フレアは両目を輝かせた。
「素敵な景色ね」
「いや、様子がおかしい」
クロスは注意深く目を凝らす。
「あの光は、松明だ。人間が持っている。なんであんなに大量に?」
鳥は少しずつ高度を下げる。すると、人々の悲鳴と怒号が聞こえ始めた。
クロスは納得したように頷いた。
「争っているわりに松明の行き来が激しくないと思ったが、そういう事か」
「どういう事?」
フレアが尋ねると、クロスは声を低くする。
「耳を澄ませば分かると思う」
フレアは言われるがままに人々の声に集中した。
よく聞けば、すすり泣く声も聞こえる。
助けてくれ、殺さないでくれ、とも。
フレアは唾を呑み込んだ。
「……何が起こっているの?」
「おそらく、奴隷にされている人間と監視する人間がいる」
クロスが淡々とした口調で答えた。
フレアはゾッとした。
犯罪組織ドミネーションは人身売買を行っていると聞いた事がある。しかし、こんなに遅くまで理不尽に働かされるとは思っていなかった。
イーグルが苦々しい表情になる。
「奴隷たちを助けてやりたいが、今の俺たちは戦力不足だからな。後でしっかりと陣形を整えて、確実に助けに行こう」
「賢明な判断だと思います」
ブライトが頷いた。
「僕たちの目的は偵察。今は目立つべきでは……」
「刮目なさい! 姓はクォーツ、名はローズ! 理不尽な扱いに苦しむあなたたちを助けに来ましたわ!」
ブライトが言い終える前に、よく通る声が夜空に響いた。
ローズがつんざくような高笑いを上げていた。
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