家に帰る道中
クロスは一礼した。
「出過ぎたマネをしてすみませんでした。天井の弁償は、今後働いて返すという形で大丈夫ですか?」
世界警察ワールド・ガードの長官グランドは、穴のあいた天井を見上げた。
しばらく黙っていた。天井から覗く空を感慨深そうに見つめていた。
日が少し傾いていた。もうすぐ夕焼けが見れるだろう。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえたところで、グランドはクロスに向き直った。
「悪夢の魔術師シェイドを撃破したのじゃ。天井の事は儂らでどうにかしよう」
「寛大な処置に感謝します。それでは俺はこの辺で失礼します」
クロスが退室しようとすると、長官グランドは首を横に振った。
「悪夢の魔術師シェイドの素性が明らかにされたのは大きい。他に聞きたい事があれば尋ねてもいいじゃろう」
「ありがとうございます。しかし、言いたい事は言えたし、フレアが心配しているといけないので退室します」
「分かった。気をつけて帰るように」
グランドがシェイドに向き直る。取り調べを再開するのだろう。
そんな時に、水晶玉を持つ女が口を開く。
「クロス、少しお時間をもらってもいいですか?」
「構いません」
クロスは即答したが、内心で冷や汗をかいていた。叱られると思ったのだ。
しかし、水晶玉を持つ女は予想外の事を口にする。
「あなたの素性を、あなた自身が分かっていない可能性があります」
「……どういう事ですか?」
クロスは首を傾げた。
女は水晶玉を見つめる。
「この水晶玉は、言葉を口にした本人が正直なのか表すだけです。必ずしも真実を反映しません。例えば、犯罪組織ドミネーションのエージェントの総数や魔力特性を尋ねても、答えた本人に思い出すつもりが無ければ全貌を明かす事はできません」
女はシェイドに視線を移す。
シェイドはあくびをするだけだった。
水晶玉は白く輝く。
女は続ける。
「しかし、真実と明らかに違うと、わずかに揺らぐのです。この揺らぎは、おそらく私にしか感知できません」
女はクロスに微笑み掛ける。
「あなたが姓がないと名乗った時にも、わずかに揺らめきを感じました」
クロスは両目を丸くした。
「……俺は平民ではないという事ですか?」
「その可能性は高いと思います。ブレス王家の血筋を引く人間さえ、奴隷にされる恐れがあるくらいです。世の中は分からないものです。こんな話をした後で難ですが、あなたは生き方を変えなくて良いと思います。ただ、あなたの素性はあなた自身が驚くものかもしれません」
女は一礼した。
「私からは以上です。お疲れ様でした」
「お疲れ様です、失礼します」
クロスは改めて一礼して、取り調べ室を後にした。
取り調べ室の外で、フレアは震えながら深呼吸をしていた。
シェイドの取り調べの最中でショッキングな話を聞いた。そのせいで感情がたかぶり、魔力を暴走させてしまった。
取り調べ室の床の一部を溶かしたし、天井に穴を開けてしまった。
「……もう迷惑を掛けられないわ」
フレアは一生懸命に深呼吸を繰り返した。
何回も繰り返す内に、取り調べ室の扉が開いた。
クロスが出てきた。複雑な表情を浮かべている。
「フレア、大丈夫だったか?」
クロスに話しかけられて、フレアは何度も頷いた。
「私はもう大丈夫だよ! クロス君はどう? 取り調べの途中で辛い話にならなかった?」
「俺は大丈夫だ。言いたい事を言えたし、概ね満足している」
クロスは微笑んだ。
「フレアが大丈夫なら良かった」
「心配かけてごめんね……そういえば、天井をどうしよう……」
「天井は世界警察で何とかするそうだ。俺こそ、充分な忠告をしないままきつい話をしてすまなかった」
クロスが申し訳なさそうにまぶたを伏せると、フレアは首を横に振った。
「クロス君は真実を伝えただけよ。きっと、いつか知る事だったわ」
「そう言ってもらえると救われる。さて、帰るか」
歩き出すクロスに、フレアが声を掛ける。
「待って! セレネの様子が気になるわ」
「今はシェイドの取り調べの最中だ。世界警察ワールド・ガードの方々は忙しいはずだ。今日はこれ以上迷惑を掛けないようにしよう」
迷惑を掛けないように。
この一言に、フレアは胸が痛んだ。
「そうね……今日はこの辺にして、ローズを迎えに行きましょう」
フレアが言うと、クロスは足を止めて額に片手を当てた。
「忘れていた……あの女、怒っているだろうな」
「一人だけ入れてもらえなかったのだから、仕方ないわ。どんな文句も聞くつもりでいようよ」
「フレアは相変わらず優しいな。俺にはマネできない。たぶん反論する」
「ローズを不愉快にさせなければいいと思うわ。さあ、行きましょう!」
フレアが歩き出すと、クロスはため息混じりについて行く。
案の定、ローズはご機嫌斜めであった。
見張りとの口論を止めるのも一苦労であった。フレアが家に帰ろうと説得しなければ、いつまでも騒いでいただろう。
家に帰る道中もローズはわめいていた。
「この私の言う事を聞けないなんて、恥知らずな連中ですわ!」
ローズは金髪をかきむしりながら憤慨していた。
フレアは苦笑していた。
「許可証がなければ入れないのは分かるけど、言い方があるよね」
「許可証なんて凡人の発想ですわ! 真に高貴な人間なら歓待して迎え入れるべきですのに」
ローズの文句が止まらない。
クロスは露骨に溜め息を吐いた。
「俺は世界警察ワールド・ガードに同情する」
「なんですって!?」
ローズがずいっとクロスに詰め寄る。
クロスが臆する様子は無い。
「本拠地に入れるかどうかを、身分によって判断するわけにはいかない。犯罪組織ドミネーションに高貴な人間がいないとは断言できないだろう」
「私が犯罪組織ドミネーションの一員に見えたとおっしゃりたいの!?」
「例えばの話だ。シェイドの父親はブレス王家に連なる人間だと分かったし、世の中は何が起こるか分からないという事だ」
「ブレス王家に……!?」
ローズは顔面を蒼白させた。驚きのあまり言葉を失っている。
フレアがためらいがちに口を開く。
「シェイドも可哀そうな人だったよ」
「……そうですの。大変な話ですわね」
何を悟ったのか、ローズはしんみりと頷いた。
冷たい風が吹く。遠い空は赤く染まっていた。辺りはもうすぐ夕焼けに包まれるだろう。
フレアは呟く。
「すっかり遅くなっちゃった……」
そう口に出してハッとする。
「そういえば、ローズはすぐに家に帰らなくて大丈夫!?」
「平気ですわ。クォーツ家は私の命令で動きますの。私が待ってなさいと言えば何年も待ち続けますわ」
「そこまで待たせるのは可哀そうだけど……もう少し大丈夫なんだね」
フレアの確認に、ローズは胸を張った。
「姓はクォーツ、名はローズ。この私が嘘を言うなんてありえませんわ!」
「良かったぁ。じゃあホーリー家に寄る事ができるね」
フレアは心底安堵した。
「そうそう、イーグル先生が言っていたんだけど、魔術学園グローイングでパーティーの準備をされているんだって。遅くなったから解散しているかもしれないけど、ホーリー家に寄ったら、私は行こうと思うんだ」
「いいですわね。私も行きますわ。皆さんが帰っていても、魔術学園グローイングの空気を吸いたいですわ」
フレアとローズは意気投合した。
クロスは溜め息を吐いた。
「……フレアが行くなら俺も行くか。ブライトさんはすぐに動けないだろうし、シェイドはまだあてにできないし」
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