絶望的な異変

 ローズとブライトが平原を走っている時に、異変が起きた。

 天空が風と闇に満たされる。辺りの光が消えていった。

「あれは何ですの!?」

 ローズが指さした先には、漆黒の竜巻が発生していた。竜巻は雷を伴い、一箇所にとどまっている。

 明確な悪意と殺意を感じる。

 ブライトが苦々しく答える。

「ストリーム村だ。おそらくシェイドが絡んでいる。自分たちの魔力を引き出す結界を作ったのかもしれない」

「悪夢の魔術師がいると、ロクな事になりませんわね」

 ローズはぶるっと身を震わせた。

 迷宮で戦った時に、彼の冷酷さと実力を目の当たりにした。恐ろしい魔術師であると実感した。

「世界平和のためにも、早く倒してさしあげませんと」

「そうだね。被害が広がる前に急いで行こう」

 ブライトがより速く走る。ローズもヘトヘトになりながらついて行く。

 そんな二人のすぐ前に広がる地面に、突然に亀裂が走った。亀裂は左右にどんどん広がる。

 次の瞬間に轟音を立てて地面が割れた。割れた地面から影を帯びた炎が噴き出す。

 大地から地獄の炎が呼び起こされたように見えた。

 ローズとブライトは思わず足を止めた。

「今度は何ですの!?」

「シェイドとは別の魔術師がいる」

 ブライトは慎重に辺りの気配を窺う。

 ローズは呪文を唱える。

「フラワー・マジック、ビューティフル・バタフライ」

 色とりどりの可憐な花びらが舞い踊り、カラフルならせんを描く。

 花びらの多くは東へ向かったが、一部は北西の方向へ進んでいく。

 花びらは、魔力の高い場所へ近づく。

 ローズは確信した。

「魔術師はすぐ近くにいますわ」

「ありがとう、君の魔術は素晴らしいね。まずは北西にいる魔術師をなんとかしよう」

 ブライトはウィンクをした。

 十文字槍を構えて、北西に向かって大地を蹴る。

「セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」

 光を帯びた槍が、ブライトと共に一直線に駆ける。

 ブライトを阻むように、地面が割れて影を帯びた炎が噴き出す。

 花びらが燃え尽きる。このままではブライトも同じ運命を辿るだろう。

 しかし、ブライトにもローズにも焦りはない。

 ローズが呪文を唱えていた。

「フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」

 ローズの右手から太い木の根や蔦が伸びて、ブライトを抱え込む。

 地割れも影を帯びた炎も、あっさり越えていった。

 その先には、悲鳴をあげて逃げ出す男が二人いた。

「ブライトが来たー!」

「足止めもできないなんて、こんな事なら何もせずに美味しいものを食べるんだった!」

 赤い髪の男と、まん丸い黒髪の男だった。

 体格は違うが、二人とも黒い修道服を着ている。ブライトたちの行方を阻もうとしていたため、シェイドの仲間だと思って間違いないだろう。

 彼らの姿が見えなくなる頃には、炎は消えていた。

 ブライトは深追いを避けた。ローズに向けてウィンクをする。

「ありがとう、助かったよ。さすがは世界一の天才だ」

「当然ですわ。もっと褒めても良いくらいですのよ」

 ローズが胸を張って高笑いをする。

 耳障りな高笑いであったが、ブライトは微笑んだ。

「本当にありがとう。シェイドを倒しに行こう」

「そうですわね」

 ブライトとローズは再び東へ走り出す。


 同じ頃に、クロスは絶望していた。

 世界警察ワールド・ガードの面々が次々と竜巻に巻き込まれたり、体力が尽きて動けなくなる。倒れた木の下敷きにされたものもいる。長官であるグランドも、傷だらけになって横たわっている。クロス自身もシェイドの魔術に掛かって身動きが取れない。

 クロスは唇を噛んだ。

 いったい何が足りないのか。

 答えようのない自問をする。

 魔力も、その使い方も、レベルが桁違いだ。


「勝てない……」


 クロスは意識せずに呟いた。

 冷や汗と震えが止まらない。どうしようもなく怖かった。

 その呟きを聞かれたのか。

 シェイドが口の端を上げる。


「ドミネーションのエージェントに戻るか?」


 クロスの心臓が跳ね上がる。

 犯罪組織ドミネーションに戻る事は、クロスの努力が無駄になる事を意味する。

 殺人を命令されてから犯罪組織ドミネーションから逃げ出した。しかし、クロスが逃げるばかりでは、彼らが止まる事はない。

 クロスは止めたかった。

 犯罪組織の悪業も、シェイドの冷酷な行動も。

 しかし、自分にはそんな力が無いと思ってしまった。

 心が屈しようとしていた。

「ダメだ……」

 クロスは固く両目をつぶる。

 そんなクロスに甘い言葉が掛けられる。

「強がりはやめておけ、分かっているだろ? 殺人なんて物騒な事はやらせるつもりは無いぜ」

 恐る恐るシェイドを見ると、怖いほどに優しい微笑みがあった。

 クロスは何も言えない。

 シェイドは続ける。

「あんたには情報収集をやってもらいたい。そのまま魔術学園グローイングに通って、気が向けば俺たちに情報を流せばいい」

 クロスは首を横に振る。

 シェイドは声を出して笑った。

「まだ納得いかないのか? あんたは俺に脅かされたんだ。命の危険を感じただろ? だから言う通りにした。あんたは何も悪くねぇよ」

 クロスは言い返せなかった。

 漆黒の竜巻は、世界警察の面々を傷つけ続ける。

 シェイドはささやくように、言う。

「あんたがドミネーションに戻るなら、ブレス王家の嬢ちゃんを助けてもいいんだぜ」

 クロスは口をパクパクさせた。

 何か言いたい。何か言わなければ、シェイドの思い通りになる。

 しかし、フレアを助けてもらえるのならプライドを捨てるべきだと考えた。

 屈服するしかない。

 クロスの頬の一筋の涙が流れた。

 その時に、リズムの整わない不器用な足音が聞こえた。

 フレアが倒木や木の根に足を取られながら、懸命に走っていた。

「クロス君、世界警察の皆さん、大丈夫!? セレネ、シェイド、こんな事はやめて!」

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