何か聞こえる
フレアとクロスは、世界警察ワールド・ガードの面々と共にシェイドたちの行方を捜していた。川のせせらぎも、風が吹いて枝がこすれ合う音も、敏感に察知していた。
そんな時に、クロスの表情が険しくなった。
「……何か聞こえる」
フレアはもちろん、世界警察ワールド・ガードの面々も捜査を中断して耳を澄ました。
森に少し入り込んだ辺りから、女の笑い声が聞こえる。か細いが、不気味しい含み笑いであった。
フレアは大粒の唾を飲み込んだ。
「悪の魔女の笑い声に聞こえるわ」
「正解かもしれない」
クロスが口の端を上げる。
「おそらくセレネだ。隠れる気がないのだろうな」
「セレネは、長官のハンマーに打たれていたよね。大丈夫かな?」
「敵の心配をしている場合ではないだろう」
クロスは慎重に、声の方向へ足を進めようとする。
そんなクロスの肩を、グランドは掴んだ。
「待て。相手の人数が分からんのに、単独行動は危険すぎるぞ。シェイドの一味が罠を仕掛けているかもしれぬ」
シェイドの一味とは、シェイドを特に慕う、犯罪組織ドミネーションの中でも強力な魔術師の集まりだ。当人たちがそう認識しているかは不明であるが、シェイドの親衛隊とも言うべき集団だという。
彼らが手ぐすね引いて待ち構えていたら、クロス一人では対処できないだろう。
しかし、クロスは微笑んでみせた。
「安心してください。ここらにいるのはシェイドとセレネのみです」
「なぜ断言できる?」
グランドが眉をひそめると、クロスは口の端を上げたまま両目をギラつかせた。
「犯罪組織ドミネーションの元エージェントとして申し上げますが、もしも彼らが集合していれば、隠れるのはありえません。すぐに勝負して決着をつけようとするはずです」
「そうなのか?」
グランドが首を傾げると、クロスは冷静な口調で説明する。
「ご存じでしょうけど、シェイドの一味は強力な魔術師の集団です。加えて仲間意識が強いです。セレネが怪我をしているので、すぐに治療したいはずです」
「なるほど。一味が集まっているのなら、さっさと攻勢を仕掛けるだろうし、セレネがすぐに見つかるような状況を放っておくはずがないという事か」
「理解が早くて助かります」
クロス丁寧に一礼した。
グランドは腕を組んでうなった。
「シェイドをすぐに見つけるための仕掛けをしておいたが、うまく行くといいのぅ」
「どんな仕掛けですか?」
クロスが尋ねると、グランドはたくましい髭をいじりだす。
「小屋にあったエリクサーの器に、こっそりトラッキングを仕掛けておいた。絶対に取りに行くと思ったからのぅ。器を持ち出せばすぐに分かる」
クロスは両目を丸くした。
「エリクサーがあったのですね」
「うむ。フレアが作ったと言っておったぞ。大したものじゃが、暴走癖をどうにかしたいのぅ」
グランドは溜め息を吐いた。
フレアはまぶたを伏せた。
「本当にごめんなさい」
「いやいや、儂も修行不足じゃ。お主の暴走を止める手立てを持たぬとはのぅ。その事はおいおいなんとかするとして、せめて、ここにくる前に仕掛けた追跡の魔術が成功してほしいものじゃよ」
「うまく行く可能性は高いと思います。シェイドは治癒の魔術が使えません。ポーションやエリクサーがあるなら、必要とするはずです」
クロスは力強く断定した。
「セレネは一人でしょう。倒すなら今です」
「うむ、分かった。行くぞ、皆のもの! 世界警察ワールド・ガードの魂をかけるのじゃ!」
グランドがずんずんと足を進めると、世界警察の面々は森を走り抜けていく。
セレネの笑い声はことさらに強くなっていた。歓喜と闘志、そして底知れぬ殺意を感じる。
フレアは複雑な表情で見守っていた。
クロスや世界警察の面々はもちろん、セレネにも死んでほしくないのが本音だ。
セレネは犯罪組織ドミネーションのエージェントであるが、フレアに素晴らしい景色を見せたし、優しい言葉で励ましたのは事実だ。
しかし、世界警察と殺し合うのを防げないだろう。
「私はどうすればいいのかな……」
自問するが、答える人はいない。自分で決めるしかない。
「みんなが怪我をしても大丈夫なように、ポーションを持ってきた方が良かったのかな……」
フレアは悔しそうに呟いて、川上を見る。
川上をずっと行った先には小屋がある。その小屋で、大量の作ったポーションを作った。
しかし、置いてきてしまった。取りに戻っている間に、勝敗は決しているだろう。
フレアは両手を合わせて祈る。
「……みんな死なないでね」
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