追いかけよう

 フレアは川下に向かって走っていた。綺麗な川の流れも、心地よい風と木々のささやきも、楽しむ余裕が無い。

 日頃なら体力が続かず、ここまで一生懸命に走る事は無い。しかし今は気分が高揚して、足取りが軽くなっていた。

「クロス君に会うんだ!」

 自分に言い聞かすように、呟いた。どこまで走ればいいのか分からず、だんだんと不安を感じる。

 息があがるし足が痛い。

 しかし、走るのをやめたら確実に会えなくなる。そんな気がして、フレアは足を動かし続けた。


 幸いな事に、ゴールは必ずあるものだ。


 やっとの事で人だかりを見つけた。


 世界警察ワールド・ガードの面々がクロスを囲んでいた。

 クロスも気づいたのか、両目を見開いた。疲れ切った表情をしているが、笑みが見える。

「フレア、来てくれたのか」

「そうよ! 良かった、無事だったのね!」

 フレアは手を振って声を掛ける。息が苦しく足は棒になりそうだったが、喜びの方が勝っていた。

 フレアの両目は輝いていた。

 そんなフレアの視線を直視できず、クロスは気まずそうに視線をそらした。

「……なんと言って謝ればいいのか分からない。疑ってすまなかった」

「気にしないで、うまく説明できなかった私も悪いから」

 フレアは満面の笑顔を浮かべて、クロスを囲む面々をかき分けようとする。

 しかし、かき分ける途中で両腕を掴まれてしまった。

 世界警察のメンバーが、フレアの両脇から掴んでいた。

「フレアだな」

「おまえも犯罪組織ドミネーションの仲間になった疑いがある」

 思いもよらない言葉を掛けられて、フレアは一生懸命に首を横に振った。

「違うわ! 勝手に仲間扱いされただけよ!」

 世界警察の面々は疑いの視線を向けてくる。

「シェイドと会話をしていたという目撃情報がある。念入りに取り調べをする」

「質問には答えるわ。分からない事があったらごめんない」

 フレアは素直に取り調べに応じる事にした。

 そんな時に、ズンズンと重い足音が聞こえた。

 誰かが近づいてきている。

「彼女の疑惑は晴らして良い。儂の長年の経験がそう告げているぞ」

 フレアの後ろから、野太い声が聞こえた。

 振り向けば、人だかりの傍にグランドが立っていた。半分溶けた巨大なハンマーを地面にどっかりと置いて、呼吸を荒げていた。

「走るのは、やはり堪えるのぅ」

「長官、本当に良いのですか?」

 部下の問いかけに、グランドは力強く頷く。

「うむ、今はこの場を去ったシェイドたちを追いかける方が先じゃ」

 部下たちは互いに顔を見合わせたが、フレアから手を離した。長官であるグランドを信用したのだろう。

 クロスが冷静な雰囲気になる。

「シェイドなら、セレネを抱えてさらに川下に走って行きました。ずぶ濡れになっていたので足跡が残っているかもしれません」

 クロスが淡々と告げると、グランドはハンマーを高々と掲げて吠える。


「悪夢の魔術師シェイドの行方を追うぞ! 世界警察ワールド・ガードの意地を見せるのじゃ!」


「はい!」


 世界警察ワールド・ガードの面々は声を合わせた。その後、互いに言葉を交わす事もなく、どんどん先を急ぐ班と、地面や木々を慎重に調べる班に分かれる。シェイドの痕跡を消さないように、足取りを追っていた。

 クロスとフレアも、耳を澄まし、目を凝らしながらシェイドとセレネを捜す。

 森の存在は通常逃げる方に有利に働く。隠れるのも容易だ。

 奇襲を掛けられる恐れもある。予測不能な事態に対応する心構えが必要だ。

 グランドは呟く。

「セレネを連れているのなら、そう遠くには行かないはずじゃが……思い込みは避けた方がいいのぅ」

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