思いがけない提案
ブライトがクロスに微笑みかける。
「具合はどうかな?」
「大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」
クロスはしっかりと答えていたが、フレアは泣きじゃくったままだ。
「ごめんね、本当にごめんね」
「謝らなくていい。自分で魔術の制御をしたのだし、問題ない」
「でも、クロス君は死んじゃっていたのかもしれないんだよ」
フレアは嗚咽を漏らしていた。
「私はみんなに迷惑をかけてばかり。もう魔術を使わないようにするよ」
「あら、聞き間違いかしら!? ホーリー家の娘がなんて事を!」
高飛車な声が飛んできた。
ローズであった。
「クロスの命が掛かっている時に泣いて諦めようとしていたし、本当に役立たずですわね!」
ローズの高笑いに、クロスはガンを飛ばした。
「そこまで言わなくていいだろう。魔術には失敗がつきものだ」
「失敗ではなく怠慢ですわ。私のように日頃から魔術に真剣に取り組んでいれば、暴走なんてしませんわ」
ローズが鼻で笑っている。
フレアは言い返す事ができず、肩を落とした。
ローズがこれ見よがしに高笑いの声を大にする。
実習室はローズを除いて剣呑な雰囲気になっていたが、ほとんどの人間が何も言えないでいた。
そんな時に、ブライトが口を開いた。
「フレアは頑張っているよ。自分の才能が分からないだけだ」
ローズの高笑いが止まる。訝しげに眉をひそめた。
「魔術を頑張っているのなら、制御だって普通にできるはずではありませんの?」
「より高みを目指すのならそうはいかない。僕だって魔術を暴走させる事はある」
ブライトの言葉に、周囲の人間はどよめいた。
ブライトは世界警察ワールド・ガードの中でもごく一握りの才能だ。その事を知っている人間は驚きを隠せない。
クロスも両目を丸くしていた。
「犯罪組織ドミネーションの幹部を追い詰めた経験があると聞いていたのですが……」
「倒すには至らなかった。今思えばとんでもない大失態だったと思うよ」
ブライトは遠い目をしていた。
「あの時に決着を付けていたら、世界の動きはずっと変わっていただろう」
「……俺から言っていいのか分かりませんが、あなただけの責任ではないはずです」
クロスがためらいがちに言うと、ブライトはウィンクした。
「ありがとう。救われる」
「お兄ちゃんはすごいんだね」
フレアが顔を上げた。憧れの存在が身近にいる事を誇りに思う。
しかし、フレアは涙声になった。
「私なんかと大違いだね」
「そんな事はない。僕もまだまだだ」
ブライトはしゃがんで、へたり込むフレアと視線を合わせる。
「自分の魔力特性を理解した後も、いろいろ失敗した。先生には迷惑を掛けっぱなしだったよ」
「そ、そうなの?」
フレアが頬を赤める。涙はひいていた。
ブライトは笑顔で頷いた。
「フレアは本当に頑張ったと思う。バースト・フェニックスなんて秘術をどこで知ったのか知りたいくらいだ」
「クロス君の本に書いてあったよ。本当にすごい本だと思う」
フレアが教えると、ブライトの笑顔が一瞬曇った。
フレアは首を傾げた。
「お兄ちゃん……?」
「何でもないよ。ちょっと驚いただけだ」
ブライトはすぐに微笑みを取り戻した。
「クロス、僕にも見せてもらっていいかな?」
ブライトがクロスに視線を移すと、クロスは気まずそうに視線をそらした。
「……見せるのはいいが、俺の本というわけではありません」
「細かい事は気にしなくていいよ。どれどれ」
ブライトは黒い本に目を通す。
この時に顔色が変わった。
今までは穏やかな雰囲気だったのだが、本をめくるごとに眉間にしわを寄せて歯を食いしばっている。
素早くすべてのページに目を通すと、険しい表情でクロスを見ていた。
「どうして君がこんなものを持っているんだ?」
「……もういらないと言われて渡されたから」
クロスの声はかすれていた。
「やはりあなたにはバレてしまったのか」
「場所を変えた方がいいか?」
ブライトの問いかけに、クロスは首を横に振る。
「いや、いつかみんなに話すべきだと思っていました」
クロスは溜め息を吐く。
「この本はシェイドのメモです。俺が持っていたのは、ほんの短い間とはいえ魔術を教わっていたからです」
「シェイドって誰?」
フレアが疑問を呈すると、ブライトが沈痛な面持ちになる。
「悪夢の魔術師と呼ばれる男で、犯罪組織ドミネーションの幹部だ」
「俺が倒すべき男だ」
クロスがよろよろと立ち上がる。
ブライトも立ち上がる。
「君にはよく話を聞きたい。知っている事は全て話してくれるかな?」
「俺が知っている事はあまりありません。それでも良ければ何でもお話しします」
「構わない」
ブライトの表情が幾分か柔らかくなる。
「信頼できる情報源があって良かった」
その場にいる人間たちは、クロスの話をじっと聞いていた。
幼い頃に犯罪組織ドミネーションのエージェントにされて、主に盗みや情報収集をやらされたという。
「ドミネーションを抜けたのは罪のない人間を殺すように命じられたからです。本来なら、もっと早くに抜け出すべきだったのだろう。俺がシェイドに情報を渡したせいで、様々な国や文化が滅ぼされたと思っています」
「一人で背負いこむ事はない。君はまだ若い。いくらでもやり直せる」
ブライトが優しく微笑みかける。
しかし、クロスの両目はぎらついていた。
「俺はドミネーションを倒したい。そのための人殺しなら仕方ないと考えています」
「君は優秀だけど、相手は狡猾だ。一人で事に当たろうとすればやられてしまう。周りと足並みをそろえた方がいいだろう」
「忠告はありがたいのですが、こうしている間にもドミネーションは活動しているはずです。もっと魔術を極める必要があります」
「その点は僕も同感だ。でも、仲間との絆を育てるのも大事だと思う」
ブライトは、へたり込んだままのフレアに視線を移す。
クロスも釣られて視線を向けると、フレアの両腕を引っ張って立たせた。
「ずっとほったらかしてすまない」
「ううん、私が悪かったの。ドミネーションの事を話してくれてありがとう。ずっと一人で辛かったよね」
フレアが微笑みかけると、クロスは唇を噛んだ。
悔しさと悲しみが入り混じっているようだ。
授業終了のチャイムがどこか遠いものに聞こえる。イーグルが授業終了の挨拶をしているが、みんなあまり気にしていない。
フレアは言葉を続ける。
「犯罪組織ドミネーションの壊滅もいいけど、クロス君はクロス君のままがいいわ」
「……そんな事を言われたのは初めてだ」
「じゃあ、何度でも言うわ。クロス君はそのままでいいのよ!」
フレアの純粋な励ましに、クロスは複雑な表情を浮かべた。
「その言葉がふさわしい人間にならないといけないな……罪滅ぼしと言っては難だが提案がある」
「何かしら?」
「おまえの魔術の制御ができるように、俺と一緒に特訓してみないか?」
思いがけない提案に、フレアは両目を見開いた。
「そんな事に付き合わせていいの!?」
「その前に保健室に行かなくていいのか?」
ブライトが尋ねると、クロスは力強く頷いた。
「大丈夫です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます