役立たずのままでいたくない
フレアはおろおろしていた。
「その……私の魔力がまた溢れちゃって……止まらなくて……」
フレアが言っているそばで、ビーカーの赤黒い液体から数本の赤い光線が出現した。実習室中が激しく照らされる。
世界警察ワールド・ガードの警備隊が魔力を放って止めようとする。水の魔力で相殺を狙ったり、より高い火力の玉で制御可能な爆発を生み出して消そうとした。
しかし、いずれも赤い光線にぶつかると瞬時に消滅した。水は蒸発し、火力の玉は霧散した。
光線は実習室中を駆け巡り、いくつものテーブルや壁を粉砕していく。
クロスはそんな大惨事に対処しようと、呪文を唱える。
「カオス・スペル、リターン、リーンフォースメント」
クロスが両手を広げると、黒い波が実習室を満たす。暗く淀んだ波は赤い光線を徐々に削ると同時に、赤黒い液体の入ったビーカーを黒く染める。
確実に光が和らいでいる。
歓声があがる。
しかし、クロスの表情は苦い。
「この魔術は長く持たない。フレア、急いで制御してくれ」
「ど、どうすればいいの?」
「おまえの魔力特性はバースト・フェニックスで間違いないだろう。それを利用するしかない」
クロスはかすれた声で語る。
「イメージしろ。魔力特性を完璧に身に着けた自分を。おまえは魔術師だ。魔力に使われる人間でなく、魔力を使う人間になれ」
クロスの言葉をフレアはあまりよく理解できなかった。
しかし、何もしなければクロスをいたずらに消耗させるだけだ。
フレアの胸の内に熱さが生まれる。
「……私は役立たずのままでいたくない」
フレアは両目をしっかり開けて手のひらを天井に向ける。
数本の赤い光線が天井に向かう。
その光線を見つめて、フレアは叫ぶ。
「バースト・フェニックス、今は引っ込んで!」
光線が曲がり、全部がフレアに向かう。
一本一本が計り知れない破壊力を持つ。そんなものを一身に受けたらひとたまりもないだろう。
しかし、フレアにためらいはない。
「私の思うままに動いて!」
フレアの周囲に光線が着弾する。
床が音を立てて砕かれる。もうもうとした煙が立ち込めた。
クロスが声を張り上げる。
「もう少しだ! あとはおまえが本当にやりたかった事を強くイメージしろ!」
返事はない。
煙が消えた後に疲れ切った表情のフレアが立っていた。
クロスが両膝をつく。
黒い波は消えて、黒く染まっていたビーカーが元通りになる。
そのビーカーには虹色の液体が入っていた。
イーグルが驚きのあまり腰を抜かした。
震える指で虹色の液体を指さす。
「こ、これは……エリクサーだ! ポーションなんて比べ物にならない回復薬だ。その中でも最高級の代物だ!」
イーグルは立ち上がれない。
フレアはコクリと頷いた。
「エリクサーが誰かの役に立つといいと思うわ」
「役に立つ立たないのレベルではない! 伝説級のものだ!」
イーグルは這いずりながらビーカーに近づく。
「生きている間にお目にかかれるなんて……」
「……本当に良かった」
クロスが微笑む。
フレアは両手を広げてクロスを抱きしめた。
「本当にありがとう! あなたのおかげよ! あれ、クロス君?」
クロスは力無くフレアにもたれかかっていた。揺り動かしても両目を閉じたままだ。
かすかな呼吸をしているが、顔色が悪い。意識を失っていた。
フレアは悲鳴をあげた。
「クロス君、しっかりして!」
「……昏倒したか」
苦々しく呟いたのは、イーグルだった。
「魔力の限界を迎えた魔術師は、例外なく昏倒する。しばらく意識を失うだけですめば軽い方だ。意識がないままの状態が続いたり、命を失う人間もいる」
「今まで倒れなかったのに、どうしてですの!?」
ローズが驚嘆していた。
イーグルは気まずそうに視線を落とす。
「疲労が重なったうえにカオス・スペルの合わせ技をやったからだろう。本来ならそんな無茶を生徒にやらせてはいけなかったのだが……」
「そんな、クロス君はどうなるのですか!?」
フレアがイーグルに問い詰める。
イーグルは首を横に振る。
「分からない」
「イーグル先生、クロス君を助けてください!」
「俺にはどうしようもない。ひとまず保健室に連れて行って神に祈るしかない」
フレアは言葉を失った。
涙が込み上げる。
「私はまだ……クロス君に恩を返していないのに」
バカにされた時に庇ってくれた事、フレアの魔術の制御のために全力を尽くしてくれた事など、記憶が蘇る。
「ねぇクロス君、目を覚まして、お願い!」
「クロスを助けるものならそこにあるだろう」
優しい声が掛けられた。
振り向くと、実習室の入り口に十文字槍を背負う金髪の青年が立っていた。
ブライトだ。
フレアの両目は輝いた。
「お兄ちゃん!」
「感動の再会は後だ。まずはクロスを助けよう。君が作ったエリクサーを使うんだ」
「私のエリクサーで?」
フレアの心臓の鼓動が高まる。
ポーションの材料からエリクサーが出来たと言われたが、本当に成功しているのかは分からない。
フレアの胸の内は不安でいっぱいであった。
そんなフレアの頭を、ブライトが撫でる。
「怖いのは分かる。でも、このままでは友達がどうなるのか分からない。何かあれば、僕が対処する。心配はいらない」
「……分かった。やってみる」
クロスをそっと床に寝かせる。
フレアはエリクサーの入ったビーカーを手に取り、クロスの口元に注ぐ。
「……こぼれちゃう」
明らかに飲み込んでいない。
フレアの頬に涙が伝う。
そんな時にフレアの耳元で声を荒げる人間がいた。
「しっかりしなさい! 泣くのは早いのではありませんの!? あなたはホーリー家を背負っているのではありませんの!?」
ローズの両目が吊り上がっていた。厳しくも熱い言葉であった。
フレアは微笑む。
「ありがとう、頑張る!」
微笑んだまま、エリクサーを口に含む。
その口をクロスの口に付けた。
クロスの頬に血の気が戻る。彼の全身が一瞬だけ淡く光った後で、目を開けた。
「俺は……?」
「フレアに助けられたよ」
ブライトがイタズラっぽく笑った。
生徒たちの間に歓声があがる。
フレアはクロスに抱きついて泣きじゃくっていた。
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