第23話 もだえるフローラ「あん、やめて……、そこ、痛いの」
フローラへの食事療法が始まって、一週間ほどたったある日のこと、ドアが閉まっているフローラの部屋の前にメイド達が数人集まっていた。ヒソヒソと話ながら、恥ずかしそうな赤い顔で聞き耳を立てている。
そこにクラウスが通りかかった。
「なんだ、どうしたんだ?」
「あっ、クラウス様!、フローラ様とノエル様が……」
クラウスも部屋の前で聞き耳を立てると、部屋の中から、フローラのなまめかしい声が聞こえてくる。
「あ……ん、いや、ノエルさん、やめて……、そこ、痛いの」
「我慢して、すぐに気持ちよくなるから」
ノエルの優しくさとすような声が聞こえてきた。
「だめ……、ああん……」
声を聞くクラウスの顔も真っ赤になった。
(二人で、なにやってんだ!)
メイドの一人が恥ずかしそうにクラウスにささやく。
「もう、三十分もこんな感じなんですよ」
たまらずクラウスはドアをドンドン、とノックする。
「フローラ、ノエル、なにやってんだ?」
「今、手が離せん!」
ぶっきらぼうなノエルの声が返ってきたが、続いて悲鳴に近いフローラの声が響く。
「あー!、いたーい、ダメ、やめて!」
クラウスはたまらず、ノブに手をかけドアを開ける。
「入るぞ!、なにやって……」
ベッドの端に座るフローラの前に置かれた小さな椅子にノエルが座り、その手は素足のフローラの足の裏を親指で揉んでいる。
押すごとにフローラは痛い痛いと身をよじる。
クラウスはその光景にあっけに取られて立ちすくんだ。
「どうした、クラウス、そんなにあわてて?」
ノエルが不思議そうに振り返って部屋に入ってきたクラウスを見た。
「妹とはいえ、レディの部屋に急に入ってくるのは感心しないぞ」
「あ、いや、なにしてんだ?」
「足裏按摩」
「は?」
「足の裏は体の重要な場所につながっていて、そこを揉むと刺激が与えられる。例えば……」
土踏まずの上の方を親指でグリグリと押す。
「心臓」
「あん……、痛い」
土踏まずの右の方を押す。
「腎臓」
「痛ーい!」
「悪いところほど痛みが強い」
クラウスはへーと感心して聞いている。
「フローラは胃と腸が弱くて、腎臓、肝臓への負担が大きくなっている。それが全身のだるさ、疲れになる。食事の改善と合わせれば回復を加速できる。こんなふうに刺激すると……」
土踏まずの外側をグリグリと押す。
「胃」
「痛い、いたーい!」
しばらくして、グーとフローラの腹の虫が鳴った。
「というふうに、弱った部分が活発になる」
「お前って、ほんとすごいな……」
クラウスは心から感心したようにノエルを見た。
夕食時、席に着いているフローラの前にアレットが二つの皿を置く。
「今日は、干しアバロンと海黄瓜のスープに銀ツバメの巣のデザートです」
「聞いたことないな……」
「効果は大きいが値段も高い食材だから普通はなかなか買えない。この前、伯爵マネーで金に糸目をつけず買わせてもらった」
ノエルはニッと笑った。
「これ、とっても美味しい!」
フローラはパクパクと食欲旺盛。
「よく食べるようになったな……」
クラウスは嬉しそうにフローラを見た。
「肌の色も、一週間前とは全然違うだろ?」
「確かに……」
以前は真っ白だった肌が、若い娘らしい、ほんのりとしたピンク色になっているのに気づいた。
「一週間でこの効果なら、一ヶ月もあれば十分だろう」
「本当ですか!」
フローラの目が輝いた。
「『ハイゼル家の健康姫』の誕生だ」
楽しそうに笑い合う二人をクラウスは目を細めて見続けた。
「あとは運動だなあ……」
ノエルは考え込む。クラウスも思案顔。
「剣なら教えられるが……」
「わたしは槍だが……」
マメだらけの手の平を見てため息をつく。
「フローラには合わない」
フローラがもじもじしながら言う。
「あたし、ダンスを習いたいんです……」
クラウスとノエルは顔を見合わせた。
「ノエル、できるか?」
「聞くな。クラウスは?」
「……得意ではない」
ノエルはチラッとアレットを見るが、首を横に大きく振り、無理、と身振りで答えられた。
「一人、うまいヤツを知ってはいるが……」
クラウスはそれが正しい判断なのか、迷うように首をひねった。
イエルクがウキウキしながらクラウスに連れられて屋敷にやってきた。
「ガリアンのダンス王を指名するとは、お目が高い!」
「つまらんこと、教えるなよ」
「フローラちゃん、もう十六だろ?、普通なら、とっくに舞踏会デビューしてる歳だぜ」
「入るぞ」
部屋に入ると、ドレスに着替えたフローラと着替えを手伝っていたノエル、マリラが待っていた。
「フィオナ様の服を少し直してみました」
マリラが得意げに言った。
ドレスを着たフローラは本来の美しさに華麗さを増し、クラウスとイエルクはその美しさに目を見張った。
「おお……」
「どうでしょう……、似合ってますか?」
フローラは照れて恥ずかしそうに聞いた。
フローラの姿に見とれたイエルクが言う。
「クラウス……、これからは、フローラちゃんじゃなくて、フローラって呼んでいいかな?」
「はあ?」
「親友の妹ではなく、一人の女性として見たいんだ……」
「なにーっ?、お前なに言って……」
ノエルがポンポンとクラウスの肩を叩いた。
「そろそろ、妹離れしてもいい時期だぞ」
大広間でフローラはイエルクからワルツのステップを教わっている。入り口からクラウスとノエルが楽しそうなフローラの様子を笑顔で見ている。
「あんな楽しそうなフローラは見たことがない……」
「これから、男共が寄ってきて兄は大変だぞ」
クスクスと笑うノエルの手をクラウスがそっと握った。
「お前のおかげだ」
ノエルは頬を赤らめた。
「水くさいことを言うな。わたしもフローラの笑顔が見たかっただけだ」
「……それでも、礼を言いたかったんだ」
クラウスはギュッとノエルの手を強く握った。
ノエルはその手を握り返し、少し照れながら言う。
「お前がうれしければ、わたしもうれしい」
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