第22話 薬師ノエル-秘伝を信じろ
朝、起きてきたクラウスは厨房の入り口に人だかりを見た。
コックやメイドに混じって、フローラとマリラもいるが、みんな鼻をつまんで中をのぞいている。
「こんな朝早くから、なにしてんだ?」
「ノエル様が……」
マリラは非難するようにクラウスを見た。
厨房を覗こうとしたクラウスは流れて来た強烈な異臭に気づき鼻をつまんだ。
「うわ、なんだこの匂いは!」
みんなと一緒に中をのぞくと、ノエルとアレットが薬草をグツグツと煎じており、そこから異臭が漂っていた。
「よし、できたぞ」
ノエルはそう言って、みんなを振り返った。
食卓に座るフローラの前に、黒に近い茶色の液体が入ったティーカップをノエルが置いた。
フローラは異様な液体をじっと見つめる。
「これ、飲むんですか?、すごい匂いだし、すごい色なんですけど……」
クラウスもティーカップをのぞき込み、げっ、と息を飲む。
「ノエル、これ本当に大丈夫なのか……」
「大丈夫だ、リン家の秘伝を信じろ」
フローラは意を決して、ティーカップに口をつけて、息を止めてゴクゴクと飲み干すが、思わず「ウゲー」と妙な声が出てしまった。
一同、じっとフローラに注目する。
「どうだ、大丈夫か?」
しばらく間を置いて、クラウスが心配そうに尋ねた。
「特になにも。大丈夫そうですけど……」
と言った瞬間、お腹がゴロゴロと鳴り出し、フローラは青い顔をして一目散にトイレに駆け込んでいった。
「なに飲ませたんだ!」
あわてるクラウスをノエルはマアマア、となだめた。
「もうちょっと待ってくれ。じきにわかるから」
しばらくして、フローラがヘロヘロになって戻ってきて、ノエルの耳元で真っ赤になって恥ずかしそうにヒソヒソとささやいた。
「うんうん、正常な反応よ」
ノエルは満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。
「フローラ、どうしたんだ?」
二人の様子を心配そうに見ていたクラウスが尋ねたが、真っ赤になったフローラに怒られてしまう。
「お兄様には言えません!」
ノエルが笑いながらクラウスに説明する。
「簡単に言うと、内臓にこびりついている悪い物を強引に外に出した、というところだな」
フローラが真っ赤になってうつむいた。
「そうすることで、これから食べる物の吸収が良くなる」
「でも、こんなの毎日飲んだら死んじゃいそうです……」
「毎日は飲まなくていい。最初の三日だけだ」
「えー、三日もですか……」
がっかりするフローラの目の前に、アレットがお椀に入ったおかゆを置いた。
「次はこちらを」
スプーンで一口食べたフローラの顔がぱっと明るくなった。
「これは、とっても美味しいです!」
「女性の身体を温めるおかゆだ。薬草、果物、乾物、いろいろ入っていて女性の冷えを直す。長年子供ができなかった女性が食べ始めて二週間で妊娠した、と言う実例もある」
メイドなど女性陣から、おお!、と言う驚きの反応が返ってきた。 その中にマリラもいた。
「このおかゆは毎朝食べる。あとは、食事ごとに二、三皿、買ってきた材料で何か作ろう」
「お前、料理できるのか?」
クラウスが不思議そうに尋ねるがノエルはムッとして、しかし、照れたような表情で答える。
「この間のクッキーは作り方を知らなかっただけだ。自分の知ってる料理なら、問題なく作れるぞ」
クラウスはへー、と感心した。
「早ければ一ヶ月、遅くとも半年以内には効果が出るはずだから、頑張って食べるのよ」
「うん、頑張る!」
フローラは満面の笑みで答えた。
クラウスが城に出かけようと馬に乗ろうとするが、ノエルが呼び止めた。
「クラウス!」
ノエルは駆け寄っていき、クラウスの頬にチュッと軽くキスをする。
「いってらっしゃい」
突然のことにクラウスはびっくりした。
「な、なんだ……?」
ノエルは照れてもじもじしてしまう。
「よく、母が出かける父にこうしていたので、やってみたのだが……」
そんなノエルの様子を見てクラウスは微笑んでしまう。
ノエルはクラウスの様子をうかがうような目で聞いてみる。
「……イヤか?」
クラウスはあわてて首を横に振り、照れながら答える。
「……その、毎日してくれると、うれしい」
ノエルの顔がパッと明るくなった。
「そうか、では、そうする!」
クラウスが去って行くと、入れ替わりでマリラが近づいてきた。
マリラは話しかけずらそうに、オドオドと声をかける。
「あのー、ノエル様」
「ん?」
「さっきの、おかゆで子供ができたって話、本当ですか?」
「ああ、親戚、友人、騎士団時代の部下の奥さんとか、成功した例はたくさんあるぞ」
「実はわたしの嫁いだ娘がずっと子供ができなくて、姑からいびられてまして……」
ノエルはなるほど、とうなずいた。
「それは大変だな……。一度、娘さんを連れてきたらいい。診てみよう」
「よろしいですか!」
マリラは早速、その日の午後に娘を連れてきて、ノエルに引き合わせた。
ノエルは脈診を行い、フローラに出したおかゆのレシピを若干修正して渡し、手に入りにくい食材については手持ちの在庫から分け与えた。
「材料は街でも買えるが、もし手に入らなければ、ここにはまだたくさんあるから来ればいい。フローラはたぶん、こんなに要らないから」
マリラの娘を屋敷の入り口で見送りながらノエルは言った。
娘が見えなくなると、マリラはノエルに深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。初めてお会いしたとき、あんな失礼なことを申し上げているのに……」
ノエルは首をひねった。
「なんだったかな?」
「あの、髪の色が黒いと……」
「ああ、わたしは、がさつな女だ。もう忘れた」
「ですが……」
「本人が気にしてないことを、マリラが気にしてもしょうがないではないか」
ノエルはスタスタと屋敷の中に入っていった。
マリラは去って行くノエルに頭を深々と下げた。
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