第13話 さらわれるフローラ


 両側に商店が並ぶ街の大通り。ロバに座るフローラにクラウスが話しかけた。

「やっぱり、家にいた方が良かったんじゃないか?、疲れたら言うんだぞ」


「クラウス、過保護は良くない。たまには太陽を浴びないと」


 ノエルが注意するが、その背中には背丈ほどの槍がある。

 隣にはいつものようにアレットが着いて歩く。


「大丈夫ですよ、お兄様。街は久しぶり。気持ちいいです」

 花柄のリボンで髪を結わえたフローラが笑顔で答えた。


「おっ、武器屋がある」

「ガリアンの金属加工技術はタルジニアよりも、進んでいます。良い武器が多いですよ」

 アレットの説明にノエルの目がキラキラと輝く。

「見てくか?」


 クラウスの言葉に嬉しそうにうなずいて、アレットを引き連れて武器屋に入っていった。


「フローラはどうする?」

「隣の花屋を見てます」

 いくわけないでしょ、と言わんがばかりのしかめっ面でフローラは答えた。


 ロバから降りたフローラは花屋の店先にしゃがんで鉢植えの花を眺めていた。

「珍しいお花……」


 その時、背後に数人の男が立つ人影が地面に広がり、振り返った途端に口に猿ぐつわをかまされた。

「おにぃ……!」


 武器屋にいるクラウスを振り返ろうとしたとたん、大きな袋を頭からかぶせられた。




 武器屋の店内、ノエルは興味深げに商品の槍を手に取り、クラウスやアレットと熱心に議論している。


「この槍、ずいぶん軽いな」

「柄が空洞なんでしょうか」

「打撃の威力がおちるんじゃないかな」

「いや、これは最近できた新しい金属だな。軽いが強い」


 ノエルは軽く素振りのように槍を上下に振ってみる。

「うん、悪くない」


 クラウスはふと入り口から外を見ると、花屋の前にフローラがいないことに気づいた。

「フローラ?」




 三人は表に出て、フローラを探し始めた。

「フローラ、フローラ!」


 クラウスは大声を上げるが、反応はない。ノエルはそばに駆け寄ってきたアレットに尋ねる。

「いたか?」


 首を振るアレットの横を通り、小柄な人相の悪い男がノエルの前に立ち、握った手を差し出してきた。


 ノエルが視線を下に落とすと、手は開かれ、フローラが髪を結うのに使っていた花柄のリボンが現れた。


「これは!」

「着いてこい、必ず一人で、手ぶらで。でないと、殺すぞ」


 男は殺気を帯びた目でノエルを見て、その場を離れていった。


「アレット、持っててくれ」

 ノエルは背負っていた槍をアレットに渡しつつ、耳元に顔を寄せて小声でヒソヒソと話す。

 

 それを聞くアレットの目は一瞬見開かれ、そして険しい目つきに変わり、一言だけ答える。

「承知」


 ノエルは先を進む男に向かい、アレットはフローラを探し続けるクラウスに向かい、二手に分かれて進んでいく。


 クラウスが離れていくノエルに気づき大声で呼ぶ。

「ノエル、どこに行くんだ?」

「はばかりだ!」


 振り返りもせず大声で答えるノエルを不思議そうに見るクラウスに、アレットは笑顔で槍を手渡した。

「トイレのことですよ」


 そう言うと右手の人差し指と中指をつけて、左の前腕にシュッと走らせた。そこに現れた傷から血が流れ始め、ポタポタと地面に落ち始めた。


 驚いてしたたり落ちる血を見るクラウスにアレットは鋭い目つきで話しかける。

「十五分たったら、血の跡を追ってきて下さい。くれぐれも急がないように」


「どういうことだ……?」

「剣帝が姿を見せれば、フローラは間違いなく殺されます」

「なにっ⁉」


 アレットは小さく見えるノエルの方に歩き出した。

「私たちで、できるだけ片付けておきますので、しばらくそこで、お待ちを」


 殺気を帯びた目つき、上腕から流れ続ける赤い血が下に向けられた指を伝ってポタ、ポタと地面に血痕を作っていく。


 その異様な雰囲気にクラウスはたたずみ、歩き去るアレットの後ろ姿を見つめることしかできなかった。


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