第7話 同棲開始-二つの枕


 城の出口の前で、帰国するタルジニア王一行が馬車に乗り、人々から見送りを受けていた。


 馬車から、身を乗り出してサンドラ王女がノエルに手を振った。

「じゃあ、美味しいレストランとか、お菓子屋さん、探しといてね。また遊びに来るからね」


 ノエルは力ない笑いを浮かべて手を振った。


「アレット、逃げ出さないように、よーく見張っといてね」

「御意」

 ノエルの隣で、大きな荷物を背負うアレットが答えた。その荷物をヒョいと軽々とクラウスが抱え上げた。

「俺が持とう」


「それじゃあ、クラウスさん、ノエル、二人仲良くね!」

 動き始めた馬車をクラウスとノエルは引きつった笑いを浮かべながら見送った。


 王一行の馬車が遠ざかっていき、見送りの人々は手を振って見送った。アレットがノエルに声をかける。

「行ってしまいましたね」

「ああ、行ってしまった」

 ノエルは小さくなっていく馬車を寂しそうに見続けていた。

 

 クラウスはそんなノエルを見て、ため息をついた。


「ずいぶん、派手に暴れたらしいな。宮廷中、お前の噂で持ちきりだ。剣帝のフィアンセは不思議な力で人を吹き飛ばす、魔女かも知れない、と」

「あれは、ただの武術だ……」


 ノエルはバツ悪そうにうつむいた。


「……イエルクから聞いたが、礼を言う」

「べ、別にお前のためにやったわけじゃないから」

「そうか」

 クラウスは愉快そうにフッと笑って、背中の荷物を背負い直した。


「さあ、行こうか、俺の家に」




「クラウス、これが家か……?」

 まさに城のような建物。広い敷地を城壁が囲み、大きな門の前でノエルとアレットは驚いてたたずむ。


「伯爵の城としては小さい方だ」


 三人は広い庭の中の道を通って、建物の入り口に向かう。地面は芝生で覆われ、植えられている木々はきれいに刈り込まれ、あちこちに花壇のよう花々が咲いている。


「まるで公園ですね」

「稽古の場所には困らないな」

「伯爵夫人が槍の稽古してもいいのでしょうか?」

「よくわからん……」


 そうこうするうちに、建物の入り口につくと、メイド服の若い女性を数人従えて太った初老の女性が三人を待っていた。


「お帰りなさいませ、クラウス様」

「ただいま、マリラ。こちらが……、えーと」


 ノエル達を紹介しようとして、言葉に詰まり、照れたように顔を赤くする。


「その、俺のフィアンセのノエル・リン。それとお付きのアレットだ」

 フィアンセの言葉にノエルは顔を赤く染めてぺこりと頭を下げた。


「メイド長のマリラです」

 初老の女性は頭を下げながらも値踏みするような目つきでノエルの足下から頭まで何度もジロジロと見続け、ため息をつく。


「まるで夜の闇のような黒い髪……、ハイゼル家にこんな髪の女が……」


 クラウスがマリラを叱りつける。


「マリラ、失礼だぞ!」

 マリラは形ばかりに頭を下げて詫びを示す。


「すまん、ノエル。悪気はないんだが……」


「いいよ、いいよ、慣れてるから。夜の闇などかわいい方だ。カラスとか海藻とか……」

「ドブの色もありましたね」


 自分のメイドの無礼を気にせずにあっけらかんと笑い合う二人をクラウスは愉快そうに見た。


「マリラ、二人を部屋に案内してくれ。俺は着替えてくるから」

「承知しました」


 マリラは二人を先導して、建物の中に入っていった。




「不気味なほど、静かだな……」

「ええ……」

 ノエルとアレットは長く薄暗い廊下をマリラの後に続いて歩いて行く。


 廊下の両側の壁には見上げるほど大きい、絵の額がかけられている。歴代のハイゼル家の当主とその婦人の全身画だった。


 その中の一枚にひときわ美しい女性の絵があった。ふわふわとカールのかかった金髪が腰まで伸び、顔には優しい微笑みを浮かべている。


ノエルは思わず足を止めて絵に見入った。

「きれいな人だ……」


「その方が、クラウス様の母君、フィオナ様です」

 背後に立つマリアが昔を思い出すような笑みを浮かべつつ言った。


 アレットはイエルクとの会話を思い出した。

「天使のような人、と聞きましたが、まさにその通りですね……」

「そうです。まさに天使。心もきれいな方で、近所の子供達も集まってきて、毎日、それはそれは賑やかでした」


 アレットがノエルの耳元でささやく。

「こんな方と比べられては、ノエル様、勝ち目ありませんね」

「うーん、槍なら勝てるんだろうけど……」

「意味ありませんね」

「ないな……」


 マリラが絵を見ながらため息をついた。

「あんなことがなければ……」


「亡くなられたと聞きましたが、ご病気ですか?」


 ため息を聞いてアレットが尋ねるが、マリラは顔をしかめ、その場を離れる。

「クラウス様に聞いて下さい」


 その冷たい言い方にノエルとアレットは顔を見合わせた。




「これが寝室か……?」


 大きな部屋の中央に、細かな彫刻が彫られ、大きな天蓋のあるベッドが据えられている。きれいな刺繍が施されたフワフワした掛け布団。周りにはやはり豪華な化粧台や一人がけのソファーとテーブル。


「騎士団の宿舎とは大違い、こんなとこじゃ落ち着いて眠れないぞ……」

 平板のベッドに汚い毛布、ノエルは以前の暮らしを思い出していた。


 部屋に入って行って家具や調度品をキョロキョロと観察するノエルはベッドに枕が二つあることに気づいた。顔が真っ赤になった。


 いつの間にか背後に立ったアレットがニヤニヤと笑いながら声をかける。

「この大きさなら、二人で寝ても全く問題ないですね」

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふたりって、誰?、私とアレットか?、ここで一緒に寝たいのか?」

「なに言ってんですか、きまってるじゃないですか。ノエル様とフィアンセのク・ラ・ウ・ス・様」


 ノエルは頭から湯気を噴き出しそうなぐらい顔が真っ赤になった。


 その時、入り口から声が聞こえてきた。

「俺がどうかしたか?」


 クラウスが普段着の簡素なシャツとズボンに着替え終えて部屋に入ってきた。

 ドキッとして振り返るノエルは慌ててクラウスに駆け寄った。


「ク、クラウス、ま、まさかとは思うが、お前もこの部屋で、ね、寝るのか?」


 突然の質問にクラウスは不思議そうに答える。

「いや、ここは客間で、俺は自分の部屋で寝るが?」


 ノエルは安心してホ――と大きなため息をついた。


 その様子を見て、クラウスがいたずらっぽい表情を浮かべる。

「もし、寂しいのなら一緒に寝てもいいぞ。俺は国も認めるフィアンセだからな」


 ノエルはブンブンと首を横に大きく何度も振る。

「だ、だ、だ、大丈夫だ。問題ない。一人で寝る。もう子供じゃないから」


 あわてふためくノエルの様子を見て、クラウスは愉快そうに笑うが、アレットが近づいてきて耳元でささやく。


「あまりいじめないで下さい。男性に慣れてないんで」


「しかし、十四で軍に入って、ずっと男に囲まれていたのではないのか?」


「近づく男は槍でぶっ飛ばしてましたから。浮いた話しは全く無し、男性への免疫はゼロです」


 クラウスはこれまでのノエルとの会話、ノエルの反応を思い出し、なるほどと納得した。

「槍を持たないときは、ガラの悪い十九の乙女として扱っていただくのが良いと思います」


「誰が、ガラが悪いって?」


 いつの間にかそばに来ていたノエルに声をかけられ、アレットは慌てて話題を変える。

「クラウス様、何かご用があったのではないですか?」

「あ、ああ。妹を紹介するから来て欲しいんだ」

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