婚約破棄のガラクタ箱 ~婚約破棄シリーズ短編集~
山崎 響
第01話 婚約破棄の現場に空気を読めないヤツがいる
おなじみ婚約破棄が行われそうですが、そうは問屋が卸さない。
◆
事件は、おめでたい学園創設記念パーティの最中に起こった。
「貴様にはほとほと愛想が尽きた! クリスティナ、お前との婚約は破棄する!」
学園に通う貴族師弟の中でも最高位にあたる公爵家の嫡男が、友人達と談笑していた自分の許嫁にいきなり絶縁を突きつけたのだ。
彼の脇には抱き抱えられるように、破天荒な言動で学園に話題を振りまいている庶民育ちの男爵令嬢が寄り添っている。
何が起きたかと最初騒然となった出席者達は、騒ぎの元凶が誰かわかってくると波が引くように静まり返っていった。公爵家令息と許嫁の侯爵家令嬢、そして空気を読めない男爵家令嬢が三角関係になりつつあったのは誰もが知っていたからだ。
権力者の家門を挙げた争いに発展必至の騒動に巻き込まれたくないのが半分、貴族社会らしく大好物な他人のスキャンダルを生で眺めたいのが半分、そんな思いで観衆は息を潜めて推移を見守るのだった……渦中の令嬢以上に空気が読めない一人を除いて。
「まあロナルド様、私が何をしたと?」
「とぼけるなクリスティナ、お前がエメラダにした件だ!」
「うわっ、すごーい! 生で食べられるムール貝! こんなのを内陸の王都で食べられるなんて!」
「私はとぼけてなぞ、おりませんわ。おっしゃるようなことはまったく記憶にございません」
「ホロホロ鳥のグリルもラズベリーソースと相性バッチリ、オストリッチの腿焼きもジューシーで実に……むむ、しまったぞ。ホロホロ鳥とオストリッチで鳥がダブってしまった」
「あくまで白を切るか、クリスティナ! こちらはお前の手下から証言も取ったのだぞ。言い逃れなどできぬ!」
「えっ、ちょっと、イールのオムレツまであるわけ!? これって庶民の料理じゃないの? あ、王都名物だからか! やるわぁ、ちょっと貴族学校なめてたわぁ〜、ケータリングしたレストランどこよ? 褒めてつかわす」
「あら、そんな事ありましたかしら。それではきっと、私が記憶する程でもない些細な出来事だったようですわね」
「おっと~、ワインもせっかく銘柄たくさんあるんだから色々開けないとね~」
「きさま、よくもぬけぬけと……!」
「むっふ~、北海タラの淡白だけど脂ののった白身にペッパーを利かせたオレンジソースがしっくりくるわ〜。ソコに敢えて定石を外して赤ワイン……くっは〜、やるじゃない!」
「……おい」
「しっかしワインもなかなかイイトコが揃ってるわね。見たとこ若い年数ばかりだけど……まあ大貴族が多いとは言えまだ学生だもんね。学校のパーティにしては凄いよね」
「おい」
「だっけどお貴族様っていうのもボンクラばっかりだね~。せっかく山海の珍味に素敵な銘酒まで揃ってるっていうのに、なんでおしゃべりに熱中すんのかしら? まあ、その分わたしは都合がいいけどね~」
「おいっ、そこのおまえ! お・ま・え・だ!」
「はひっ!? え? わたし?」
「そうだ、おまえだ。なにしてる!」
「は? 何って……見ての通り飯食って……失礼、パーティの料理を楽しんでました」
「話の邪魔だ、どっかに行け!」
「そんな事言っても、この辺りが一番揃っているんですよお」
「知るか! さっきからひどくうるさいんだ、他所で食ってろ!」
「えぇ〜、わたしはこのテーブルに用があるけど、そっちはそこで話してるだけでしょ? そっちが移動して下さいよお」
「き、貴様……私を誰と知っての言か! どこの誰だ!?」
「はっ、ウェーバー男爵家のエリーズであります! ……あ、カーテシーするの忘れた」
「ウェーバー男爵……? 知らんなぁ。知ってるか」
「いいえ、寡聞にして存じません」
「すいません、私も知りません」
「まあそうでしょうね〜、うちは建国の時に初代がそこそこ活躍しただけで後は全く何もやってない名ばかり貴族ですからねぇ」
「そんなヤツがよくも我らにどこか行けなどとほざいたものだな。貴様のせいで父が閑職に追いやられるとか想像できんのか!」
「はっはっはっ、自慢じゃないが窓際族を数百年の我が家にこれ以上下がる所があるとでも? 形ばかりもらっている領地は家族誰一人行ったことがない何処か僻地の寒村一個で、金がないからって年貢にジャガイモ2袋を年一回だけ物納してくるような所ですよ? 父の役職も王城の備品貸出係長で出世の見込みもありません」
「うわぁ、トバしようがねぇ〜……」
「昔、王城の見学に行ったら式典会場見せられて、『椅子も垂れ幕も父達が設置したんだぞ。我々が普段から丁寧に管理して必要なときに備えているから式典もできるんだ。華やかな仕事じゃないけど縁の下の力持ちとして儂達が国を支えているんだ』とかドヤ顔で言っちゃうくらい下っ端気質な名ばかり貴族の父なんですよ」
「それは庶民出の技官のセリフだろう…名ばかり過ぎるぞ、いくらなんでも」
「そんな父が苦しい家計からせめて教育だけはと私をこの学園に入れてくれまして……その積立金のお陰でエリーズはパーティに出て見たこともないご馳走にありつけます! パパ、ありがとう!」
「いや、男爵はそういう意図でお前を学園に入れたんじゃないだろう?」
「そんな私にロナルド様はご馳走を食べさせないとおっしゃるのね……鬼! 悪魔! 公爵家のロナルド! こうなったら甘い言葉で騙されて妊娠させられて、お腹が目立ってきたら足蹴にされて捨てられたって主にスキャンダルを嫌う各方面に言いふらしてやる!」
「おい待て、今俺の名前をどこに並べた!? だいたい腹が出てきたのは今食いすぎてるせいだろう!?」
「ヒドい、セクハラよ!?」
「何がセクハラだ!」
「あの、ロナルド様。さっきから話が進みません……」
「そ、それもそうだな……おい、そこに居ても良いから黙って食ってろ! いいな!?」
「わかりました!」
「あー……どこまで言ったっけ?」
「私に対する嫌がらせなど知らないとクリスティナ様が否定された所までですわ」
「あー、そうだったそうだった。クリスティナ、貴様言うに事欠いて些細な事だと!?」
モッチャモッチャモッチャ。ゴクッ、ゴクッ。カチャカチャ、モッチャモッチャモッチャ。
「あら、侯爵家令嬢にして学園の第一生徒たる私にはそこのお嬢さんなど視界に入るようなものではありませんわ。道に落ちている虫けらなぞ視界に入りまして?」
モグモグ……ッつ、アチャチャチャ! 水物! 水物! コッコッコッ、グビグビグビッ、クハァ〜熱かったぁ。
「仮にも同じ学園に通う同級生に虫けらだと!?」
カチャカチャガッチャン! ……しまったナイフ落としたあぁぁ……と、静かに静かに! カチャカチャ、モキュモキュモキュ。
「あら逆ですわロナルド様。虫けらがなぜか同級生ヅラしていますの」
キュポンッ、コッコッコッ、グビグビグビ、ウヒィ〜、効くう!
「そもそも学園は……」
あー、オムレツもう無い……レロレロレロレロ。にしてもうまいなこのワイン、も一本開けたれ……キュポンッ。
「……ちょっとそこのあなた、いい加減になさって! 貴族のくせに音を立てないで食べられませんの!? しかもっ、お、お皿を舐めるとか信じられません!」
「は? わたしっすか?」
「他に誰がおりますの!」
「ロナルド様とエメラダ様」
「気に障る音を立てているのはあなただけでしょうが!」
「んもー、そんなにつんけんしないで下さいよお。私静かにご飯食べてるだけでしょう」
「ぜんっぜん静かでないから言ってるんですのよ!」
モッチャモッチャ、クチュクチュ、グビグビグビグビ、ズズッビズバズバ。
「ああもう、一度に口に入れすぎるから汚い音が立つんですのよ! というか唇が開いているから音が漏れるんです! だいたいパスタを啜りたてるなぞマナーが最初からできていません! いやそもそも交遊を楽しむパーティだというのにがっつきすぎです! てよく考えれば人がお説教している最中に何を貴方は無視して食事してるんですか!」
「すいません、早口で怒涛の如く言われたんで聞き取れませんでした。もう一回」
「なああああああああああ!!」
「おいクリスティナ、コイツは正面から注意したって疲れるだけだぞ」
「……そう、ですわね。いや私としたことが、言葉も通じぬ下賤な者に時間を使い過ぎましたわ、ほほほほほ」
「同じ国に住んでんだから言葉は通じてるっちゅーねん。だいたい下賤な者って、男爵令嬢を下賤なんて言ってたら下賤じゃない人間はこの国に百かそこらしかいない計算になるじゃん……ここまで傲慢な人間が指導者層の嫁さんってどうなんですかね~、将来何をとち狂ったことを言い出すかわからないよね~、これは革命案件じゃないですかね~、こんな女とは付き合えないってのも判るっていうか~」
「ええそうね言い過ぎましたわね! でもそもそもそれぐらいのことを言って貶さないと平静を保てないぐらい貴方の態度が悪いのを棚に上げないで下さいまし!」
「だから早口で聞き取れないんですって」
「貴方は言葉が通じる通じない以前に知能指数が足りてないんじゃないんですの!?」
「失敬な。興味がない話を聞き流しているだけです」
「侯爵令嬢が面と向かってしゃべっているのに聞いてないとか許されると思ってますの!!」
「親の肩書で威張り散らす子供って既に人間として終わってるよねえ」
「あああああ言えばこういう……!?」
「だからコイツは関わったらダメだって」
「そ、そうですわね……」
「ううう、酒飲んでんのにはしゃぎ過ぎた……気持ち悪い……」
「ああもう、この水でも飲んで端っこでおとなしくしていて下さいまし!」
「おお、ありがとう!」
ゴキュッゴキュッゴキュッ。
「まったくうるさいったら……」
「ちょっとネーちゃん、なんじゃコリャ!?」
「今度は何ですの!?」
「なんなのこのうっすい水みたいなのは! 度数いくつよ!?」
「そりゃ水ですからね! アルコールが入っているわけないでしょう!?」
「ワインのチェイサーはウォッカと決まっているでしょうが! これ世界の常識!」
「どこの世界の常識なのよ!!」
「ったく気が利かないうえに非常識なんだから……おまけに後頭部にでっかいリボンで金髪縦ロールなんて、どっからどう見ても悪役一直線じゃない」
「ちょっとお待ちなさい貴方! 私のどこが悪役ですって!?」
「耳も悪いんかね~、だから後頭部にでっかいリボンで金髪縦ロール……」
「そんな所で他人に悪役とか良くも言いますわね!?」
「実際そんなところっしょ?」
「どこが!?」
「エメラダ様を突き飛ばしたり持ち物破いたり聞こえよがしに馬鹿にしたり、そもそも実力行使は取り巻きにやらせて自分は安全なところで結果だけ持ってくあたり?」
「なっ……そんなウソを並べ立てるとは、貴方もこの小娘の仲間ですの!?」
「同級生を小娘って……てことはクリスティア様はババア?」
「誰がババアだっ!!」
「若年増?」
「悪意が変わらないじゃない!!」
「失礼、ヤングババア」
「言い直せばいいってものじゃありませんのよっ!?」
「話が進まないな~、このオバはん」
「微妙に若返った辺りがリアルに頭に来ますわ!! 同級生に良くもそんなことを!」
「同級生に小娘って言ったの貴方じゃん」
「まわりまわって刺さってるな~」
「ロナルド様、のんきに言ってる場合では……」
「そうよ、そもそもこの娘がどうのって話じゃない!」
「ああ、そうそう。さっきロナルド様がカッコつけて『お前のやったことはお見通しだ!』とか宣言してたけど、同級生ならみんな知ってるし」
「は?」
「え?」
「はい?」
「子供のやることっていうか、いいとこ育ちのお嬢ちゃん達はわきが甘いっていうか。本人に見つからないようには気を付けてるけど周囲の人たちは何をやったのかばっちり見てたし」
「どういうことですの!?」
「どういうことだ!?」
「私らみたいな名ばかり貴族と違って、いかにもな『お貴族様』は使用人が空気みたいに周囲にいるのが当たり前でしょ? だからターゲットと自分以外は、人間がいても視界に入ってないからね~。あんたの取り巻きのお嬢さんたちも通行人ガン無視で嫌がらせの準備していたのをみんなに見られていたし」
「……そ、そんなこと誰も言わないけれど」
「みんな自分がカワイイもん、侯爵家のお嬢様に面と向かって言うわけないじゃん。でもゴシップは好きだから、あっという間に噂は回るよ。尾ひれをつけて面白おかしく書いたアングラ学級新聞が出回ってるくらいだから、オタクらのスキャンダルは誰でも知ってる」
「な、なんで誰もが知ってて今まで誰も言わなかったんだ!」
「ロナルド様、貴族の格言を知らないんですか?」
「は? なんだ?」
「『他人の不幸は蜜の味』」
「なんだその腐った格言は!? 貴族たるもの正義にのっとり……」
「ここは貴族の学校であって騎士の学校じゃないんですよぉ? 貴族ってったら他人の足を引っ張るのが三度の飯より好きな腐ったミカンですしぃ」
「……このような非道を黙ってみているなど、ホントに貴族というのは度し難いな!」
「おかげで新聞良く売れましたぁ。ガリ版謄写機買ってもペイしちゃいました」
「ゴシップ売って回っていたのは貴様か!」
「まあ、私の悪評をねつ造していたのは貴方ですのね!」
「全部本当だっつーの。作る必要もないくらいにやらかしてるでしょ、あんたは」
「まっ、なんてことを言うんですの!?」
「その上で一つ言っときますけどねぇ?」
「……なんですの?」
「こんな話になったから敢えて言わせてもらいますけどぉ? 同級生っていうか、学校中みんな思ってます。『痴話喧嘩に周りを巻き込むなよ、ケバイねーちゃん』て」
「なっ! なっ! なっ! 誰がケバイですって!?」
「ユー」
「ど、どこが……!」
「白粉塗り過ぎっしょ、十代なのに。チークも入れすぎ、同性どころか男子生徒からも『塗り壁女』ってあだ名付けられているし」
「ぬっ……!?」
「気合い入れてる縦ロールも時代錯誤っていうか今の流行りじゃないし? パフュームも利かせ過ぎ。香水強いと風呂入ってない不潔女と思われるよ?」
「不潔!? この私が!?」
「しかも彼女が虐められていることに気が付かないボンクラ男にこだわって、やたらちょっかいかけまくるし。それが上手くいかなくて取り巻き使ってまで虐めをやるし。ケバイ・クサイ・重いの三重苦って評判ですよ、あんた」
「三重苦……」
「あ、評判なんじゃなくてあんたの取り巻きが笑ってたんだっけ?」
「マリア!? ソフィア!? アンヌマリー!? ちょっとこっち向きなさい! やましいことが無いのなら、なんで顔をそらすんですの!?」
「そりゃ、やましいからでしょ」
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「いやぁ、裸の王様っていうか、裸の女王様?」
「うわぁぁぁぁん! ……ロナルド様に、ロナルド様に振り向いてもらおうと頑張って……」
「わかる、わかるよ」
「貴方……」
「明後日の方向に頑張りすぎて、愛しのロナルド様が振り向いたとたんに音速で駆け去っていったわけだ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おい、クリスティナしっかりしろ!?」
「見ないで! 見ないでぇ!」
「気にしないから! 化粧が濃いとか気にしてないから!」
「あぁ……ロナルド様ぁ……」
「でも重いと思ってるよね、この女」
「……」
「あぁぁぁぁぁぁ! もう死ぬしかないぃぃぃぃぃ!」
「いや、なんというか、しっかりしろクリスティナ!」
「そういうところが重いんだって」
「貴様もうしゃべるなぁ!」
「あの、ロナルド様?」
「なんだ、エメラダ」
「エリーズ様、もしかして酔っているのでは?」
「……そういえば、さっきからすごい勢いで飲んでるな」
「酔ってません! 酔ってませんよ!」
「いや、考えてみれば言動がさっきから怪しいな……普通に考えて小物を自覚していてこんなしゃべり方はしないな、確かに」
「酔ってましぇんってば! 酔ってない証拠に歌唄ってやらあ!」
「それが酔っていると言うんだ!」
「『つっきがぁ~、でったでぇたぁ~、つっきがぁあでたぁぁ!』」
「ああもう、コイツのお付きはいないのか? 馬車は……」
「『おっはっらっしょ~すけさぁ~ん、なんでぇしんしょ~つ~ぶしたぁ!?』」
「ちょっと待て、なんで『炭坑節』に『会津磐梯山』がつながるんだ!?」
「ロナルド様、詳しいですね……」
「あの、従僕を呼んで別室に休ませては?」
「おお、それだクリスティナ」
「機転が利くな、ケバイねーちゃん」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
「だからなんで貴様はこういう時だけ口を挟むんだ!」
「にゃふふ、そんなしっかりお姉さんのエリーズ様から良い子のみんなに忠告だ」
「……なんだよ?」
「酒は飲んでも呑まれるな!」
「それはお前だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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