第十話 急転

 寺院から出たアンディたちが駐車場へ戻ると、すでにゴローと行商団のメンバーは荷ほどきと荷物の整理を粗方あらかた済ませていた。簡易的なテントも張り終え、長机が並べて置かれ、売り場っぽさをかもしていた。


「ゴロー、色々任せっきりでごめん」


「いいって。それよりあの生臭なまぐさ坊主、もうすっかり出来上がっちまってるぜ」


 酒瓶さかびん酒樽さかだるが積まれている一角に座り込んでグラスの中身を空けているウェンが目に入った。アンディの方を見てグラスを掲げ、言う。


「団長殿、今回は色々取り揃えてくれたな。日本酒にワインにウィスキー……まるで盆とクリスマスと正月がいっぺんに来たようじゃないか!」


 顔を手のひらで抑え、リンが呟いた。


「和尚がクリスマスとか……もう呆れて何も言えない……」


 そう言いながらリンはガックリと大袈裟に肩を落として見せた。その様子を見て、ゴローは笑いながら言った。


「俺には理解できるぜ。なんせ俺たちは曾祖父ひいじいさんの代から無信教の象徴みたいなもんだからな。それに、めでたいことは多い方に越したことはねえ」


「ああ、僕にも、それは何となくわかる。そうだゴロー、ウェンがあの調子だし、早いけどみんなと食事を始めてくれていいよ。後は僕とリンでやるから」


「おう、ありがてえ。クソ坊主がり始めちまったんで、俺もそろそろやっこいのが欲しかったんだ。ベン、こっちへ来い。お前の好きな『ぎゅう』があるぞ」


「ぎゅう! たべる!」


 ベンはぴょんぴょん跳ねながらゴローについて行った。


 アンディとリンは手分けして販売品を長机に上げ、中身を点検して行った。ショーンはアンディとリンを手伝い、荷物を運んだり移動させたり忙しく動いていた。

 食事に酒に、主にゴローとウェンの笑い声でワイワイ楽しんでいる団員たちの方へ目をやり、リンは苦笑いを浮かべて言った。


「あの調子じゃ、じきに和尚としての威厳がなくなりそうだけど……」


「威厳……か。長や住民の前ではちゃんとしてるじゃないか。彼は彼なりに、きちんとTPOを使い分けてるんだ。中々できることじゃない」


 肩をすくめた後、リンが続ける。


「器用なのは認めるところね。長の前ではもっともらしいことを言えるくらいには頭が回るのに……。全く、残念な生き物だわ。 

あ、ショーン、そっちにある木箱、持って来てくれる?」


「ん、これか?」


 一抱えほどの木箱を持ち上げ、長机に置く。


「ありがと、これで最後ね」


「ん……」


 ねぎらいと感謝に何と返していいかわからないショーンだったが、それにも少しずつ慣れて来た。相変わらず気のいた言葉は返せてはいなかったが、文句も言わずに手伝ってくれるショーンの様子にアンディとリンは悪い気はしなかった。


「こっちも大体終わったかな。リン、ショーン、ご苦労様。さあ、僕たちもそろそろ行こうか。ゴローたちに食い尽くされちゃう前に」


 アンディが最後の箱の中身を確認し終わった時、バギーの通信機からコール音が鳴っているのに気づいた。


「誰からだろう。ちょっと見て来る。二人は先に行ってて」


 通信機のチャンネルIDを知るものはそう多くはない。アンディの脳裡のうり一抹いちまつの不安がぎった。

 バギーの助手席に飛び乗り、コールの受信ボタンを押し、回線を繋ぐと、モニターにアンディには見覚えのある男の顔が映った。傭兵団の副団長だった。かなり焦っている様子に見える。


「こちら、アンドリュー行商団のアンディ」


「受信に感謝する。スガモ傭兵団の副団長、リヒターだ。現在リュウガサキ集落跡から少し離れた場所でドローン数機と交戦中。今もドローンに増援が来つつある」


 アンディは頭の中の地図で、おぼろげなリュウガサキ集落の位置をめぐらせつつも、記憶では賊徒の根城ねじろになっていたと思い出した。仏像集落からそう離れておらず、直線距離で十キロにも満たない。


「ジャミングユニットはないんですか?」


「それが……ジャミングユニットを起動しているのだが、それにも関わらず続々とドローンが現れるのだ。まだ団員に被害はないものの、単独作戦だったため、応戦の人員が足りていない」


 ジャミング波が効かないドローン。改良型のジャミングユニットが果たして効果があるのか不安は残るが、このまま放置しておけば仏像集落にもドローンが来るかも知れない。


「わかりました。クルマを飛ばせば十五分ほどでそちらに到着できると思います。それまで持ちこたえられそうですか?」


「ありがたい、何とか持ち堪えよう」


 緊張に強張こわばっていた副団長の顔に、いくらかの希望の色が差した。


「ただ、こちらも今動ける人員が限られるのであまりアテにされても困りますが……念のため改良型のジャミングユニットを持って行きます」


「助かる。現在座標は送信しておくが撤退移動中なのでズレが発生するかも知れん。付近に到着したらコールしてくれ」


「了解」


 回線を切ると同時にアンディはバギーから飛び降り、行商団のみんなの元へ駆け出した。

 戦える人員は限られる。それにが傾きかけていた。戦闘が夜間まで続けば人類が圧倒的に不利になる。アンディは暗視スコープを何処にしまったかを頭に巡らせた。


 急いで駆けて来たアンディの様子を見てゴローが聞いた。


「どうした、そんなに焦って。まだ食い物は残ってるから安心しな」


「近くで傭兵団がドローンと戦ってる。応援要請が来たから、これから向かう。動ける団員は対ドローン装備をして一緒に来てほしい」


 ゴローが尤もな質問をアンディに投げた。


「おいおい、アンディ。そいつらは傭兵団のクセにジャミングユニットを持ってないのか?」


「ジャミングユニットが……効かないらしい」


 その言葉に、一同は騒然となった。

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