たっくん

KZ

第1話 きっとこの日を死ぬまで忘れない

 私はその日のことを今でもよく覚えている。

 中学生になって初めての夏休みの一日で、まるで前日の大雨が嘘のようによく晴れた日だったと、大人になった今でもはっきりと覚えています。


 当時、私は流行っていた漫画の影響からテニス部に入り。時代錯誤なくらい厳しかった顧問の元、体力作り以外には玉拾いと素振りくらいしかさせてもらえない、辛いばかりでつまらない部活動の日々を送っていました。


 しかも通っていた中学校の横が海ということもあり、夏休み中の部活は砂浜でのランニングに海に向かっての声だしなどが追加され、普段以上にキツかったりしたこともよく覚えている一因でしょうか。

 あとはキツいながらも自分たち一年生が誰一人辞めることなかったことや、夏休み中に三年生が引退して新体制になっていく様子が目新しかったりしたからかもしれません。


 と、これだけだったなら、私はきっと青春の思い出としてこの日を忘れることもできたでしょう。

 ですが、たっくん、、、、。この言葉がこの日の事を一つも忘れるのを私に許さないのだと思います。

 これから話すのは私がこの先も決して忘れることがないだろう日の出来事です……。


◇◇◇


「当番で先生学校にいるから今日部活やるって。だけどコートぐちゃぐちゃだから来ても来なくてもいいってさ。美嘉みかちゃん次に回してねー」


 前日の大雨で部活は休みだろうと思っていた私はこの連絡網の電話で母に起こされ、それを次に回した後、「こなくてもいいならいかないやー」と布団に戻ったところであることを閃きました。

 引退した三年生たちはもう部活に来ず、前日の大雨でコートはぐちゃぐちゃだが朝から晴れてる。そして来ても来なくてもいいという状況は、「人数は集まらないから行けばテニスコートを好きに使えるんじゃないか?」と閃いたのです。


「あっ、環奈かんな。ちょっと聞いてよ!」


 私はそれをすぐさまリーダー格でテニスのペアでもある環奈に連絡しました。

 それというのも彼女は常々、「コートでボールを打ちたい」と言っていましたので、私の閃きを話せば二つ返事で乗ってくると思ったからです。


「いかない。だって今日お祭り行くじゃん。なんでその前にわざわざ汚れることすんの? それにもう夏休み中の部活は懲り懲りでしょ。だからうちに来て夕方まで遊ぼうよ」


 しかし環奈から期待した返事はなく、夏休み中の部活で「こいつ意外と体育会系だなー」と思ったのは勘違いだったのだと思いました。

 私は環奈の誘いに「お祭り行くのは夕方だろ。私は部活が終わったら合流するわ」と言って、頼りにならないペア以外に声をかけて部活へと向かいました。


「あーっ、美嘉ちゃんに俊子としこちゃん! あやちゃんと私しか来ないのかと思って心配してたんだよ。よかった。本当によかった!」


「おはようございます、カンナ先輩。妹はズル休みですよ。先輩もう部長なんだから何か言ってやってください」


「いや、環奈ちゃん妹じゃないから。名前が同じだけだから」


 結局。この日の部活は男女で十人しか集まらず、女子に至っては私と声をかけた俊子と綾。新しく部長になった環奈と同じ名前のカンナ先輩の四人だけでした。

 そして私の閃きはずばり正解で、十人で三面あるコートを好きに使え。顧問からはメニューのようなものもなく。準備運動が終わる頃にはコートも大方乾いていて、とても充実して楽しい部活だったのです。


 ……ですがこの充実感や楽しさも、この後の出来事によってただ楽しかったとは言えなくなります。

 この日の私の選択肢で正しかったのは、部活に行かずに環奈の家に行くだったのでしょう。そうすればきっと結末は違っていたと思うのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る