25.次元を裂いて飛んできた
疲れたなあ。
暑い夏の日に、やっと仕事を終えてビルの外に出た。目の前にはせわしなく車が行きかい、その向こうには東京駅の大きな三角屋根の煉瓦駅舎と、あずき色の列車が走る。
早く仕事が終わったのでちょっと気が向いて、上野から都電で帰る。もうそろそろ都電もなくなるのか、24系統の方は安っぽい8000形の角張った車両が走っている。千住行21系に来たのは古い3000形だ。
千住大橋を越えて、車庫にズラっと並ぶ6000形の車両をチラっと眺めて、北千住に着く。あれも全部なくなるのか。
栄えある公団住宅の我が家に辿り着いてドアを開けると、奥からたたたたと、ちーちゃんが走って来る。
そしえ、たたたたと、戻っていく。あれ?親子の距離が微妙だな。
「帰ったよー」というも妻の返事はない。
娘が生まれてから、随分不愛想になったものだ。女は母になるとこんなものか。
それでも食事になり、ビールで乾杯すると饒舌になる。
「今日のドラマ好きじゃないのよね」というんで、「じゃレコードかけるよ」と、レコード会社から装丁不良でタダで手に入れたボストンポップスのレコードをかける。
「でっかいスピーカーは何かいいねえ」でもアンサンブルステレオは場所を取る。
「お隣さんがあんまりうるさく言わない良い人でよかったね」いや、お隣さんはウチの曲を聞いて楽しんでるんだって。
アップテンポの曲になると、ちーちゃんがもじゃもじゃと踊り始める。
親子でお風呂に入り、変えたばっかりのおむつに大きいのを出され、それでもニッコニコのちーちゃんをコチョコチョくすぐり、寝かしつける。
そして、夜だけ女に戻る妻を愛して、眠る。
******
次の日、常磐線に揺られて出社し、デカいアンサンブルステレオのセールス企画を描く。
仮装タブレットもPCも無いので仮絵に色鉛筆でざっくりとスケッチを描いて上長に渡すと
「こんなんでいいの?」「あくまで仮絵です」と決裁を貰い、版下を作成する。
ドラム式タイプライターで細かい文字をガリ版に打ち込み、写真印刷された紙に印刷できる様調整する。
これだけで1日終わりだ。だがまだ17時だ。それでもみんなオフィスを出る。ホワイトだなあ~。
「随分早く終わったな。どうだい、一杯付き合うか?」と同僚に言われて、八重洲口の居酒屋で少々付き合う。
******
「テレビにレコード、ラジオを繋げていい音といい画面を楽しもうってセールス。時代を先取りしてるな」
細面で、繊細そうな顔付きの同僚が言う。
「ああ、でも画面は最低でも30インチは欲しいなあ。ブラウン管では限界だな。液晶ディスプレイが欲しいね。ビデオレコーダーも普及したらホームシアターも当たり前になるだろうし」
「懐かしいね。どうだい?熱燗」
「大手の日本酒は翌日死ぬから…お、この江戸の酒っての冷で」と頼めば
「その酒蔵たたんじまったからもうこれが最後だよ!」とオヤジが返す。
「いい蔵が潰れて、毒を飲ませる大手が栄えるかあ…」「それも世の流れだよ」と返す同僚。
乾杯して、彼が呟く。
「どうだね?こっちで暮らさないか?」重ねて彼が言う。
「随分あちこちに長く飛ばされていたんだろう。元の奥さんと、元のお子さんと、のんびり暮らせばいいじゃないか」
「あー、有難う。でもな、私はあの人の名前を知らないんだ。ちーちゃんの名前も」
******
その瞬間、周囲の時間が止まった。
「はは、やっぱりバレてたか」少し嬉しそうに、少し寂しそうに、同僚が笑った。
「あえて設定してなかったからね。君達は私の本当の記憶にはたどり着けなかった。咄嗟に思い描いた、嘘の記憶を具現化した」
私は、この世界に突入した時に、私の頭の中に入って来ようとした者の存在に気付き、フェイントをかけたのだ。
「むしろ君には悪い事をしてしまったか。すまない」
「いや。一瞬でも、懐かしい幸せな夢を見せて貰ったよ。あの二人は消えてしまうんだろうか?」
「なかった事になるな。いまいるこの世界丸ごとだ」
「随分罪な事をするなあ」この世界では廃業する予定の地酒を飲む。糠臭いが味わいがある。勿体ない。
「君は、どこへ行きたいんだ?頭のストレージを図ったら、何か凄い容量になってた。何千年生きてたんだ?」
同僚は、恐らく心から同情して、私に聞いて来た。
「早く死んで、今まで愛した家族達や友人達のところへ行きたいよ。
でもそれは今お世話になってる世界のゴタゴタを終えて、今の妻達を看取ってからだ」
「じゃあ、その後こっちに来ないか?」
「気にしてくれてありがとう。でもなあ…多分無理だよ」
「元の世界に戻りたいか?出来る事なら…」
「それも無理だ。私の元の世界は、恐らくこの次元とは全く別なんだ」
同僚は驚いた。
「君は三次元の住民だろう?だったら…」
「君達の見える範囲の三次元の世界とは限らないだろう?別の高次元に属する三次元なのかも知れない」
「それは証明できるのか?そんな事が出来たら、君は世界の英雄になれる!」
同僚の目は、好奇心に駆られた少年の目の様であった。
彼は、いい人なのかも知れない。
「私はね、今までいろんな異世界を飛ばされてきたんだ。
ある時から時空を超えて位置を伝えるビーコンを置く様になったんだが、次の世界に行くと何の反応も無いんだ。
今はある。さっき飛ばされた世界に於いたビーコンの信号が」
「君は只者じゃないな」
「伊達に数千年生かされちゃいないよ。誰の仕業か知らないけど」
停止していた周囲の風景が歪み始めた。
「私の権限もそろそろ終わりだ。君が今いる世界は悪質な連中によって侵害されている。
私達が何かの手を打つ頃には世界が終わってしまっているかもしれない」
「いや、それは絶対許さない。例え君達の世界を亡ぼしても、私は恩のある人達のいるあの世界を護る」
「ははは!」同僚は笑った。何故か、企んだ様な笑いではない。そう感じた。
「こっちも滅ぼされない様にがんばらないとな」
「ここの世界が消えないのなら、奥さんとちーちゃんを宜しく頼むよ」
「優しい奴だな。ああ。じゃあ、次に会う時まで」
高次元で出会った友人と、消えゆく酒蔵の酒で乾杯した。
******
その瞬間、世界に穴が開いた。
「テメェーッ!コンナバグ許シヤガッテー!」
「テメェガ待機時間守ンナカッタカラダロガアー!」
「トットトヤッツケテリセットダアア!」
目の前に、色々な『手』や『口』や『目』が迫る。
その彼方に、異世界ビーコンの輝きが見える。
可愛いフラーレン、ジェラリー、ライブリー、エンヴォー、イコミャー達が待っている、今私が要る世界の標が。
だが、先ずこのグチャグチャ言ってる奴等に一発蹴りでも入れてやろうか。
合わせ鏡みたいに果てしなく続く手に「チェースッ!」と空間切断!
「痛ェー!」空間が血に染まった!しかし忽ち元に戻った!
「チェースっ!」「チェースっ!」ここはしつこく切り続けてやろう!
「ギェー!何ダコイツー!」
赤い血の世界を越えると目の世界。同じく「チェースッ!」と切断かますと「イギャーッ!」と前より酷い悲鳴。
「コンノバクブッ潰シテヤル!」
あー怒った怒った。ザマアミロ。
元の世界に戻る最中に、私は(中略)イセカイマンに変身!
その後ろから、外道勇者とアンデッド賢者達の武器が飛んできた。それを鷲掴みにしてボキボキへし折っておこう。アンド減速。っそいて元の世界の時間停止解除!
******
「へっへっへ!これが俺達勇者の武器だアーッ!」
ガカイヤーの手に!、いや脳天に、聖剣の柄が激突した!「アッー!」妙ちくりんな声を上げるガカイヤー。
三人衆の上にもボコボコと、聖槍や聖杖の破片が降り注いだ。
「なんじゃこりゃよー!チックショーーーーガーーーー!」ガカイヤーの絶叫が木霊した!」
「畜生は貴様だー!」イセカイマンが空間の穴から飛び出して、ガカイヤーに数十メートル地面摺り下しキックをかました!
起き上がったガカイヤーを、今度はレイブが殴りつけた!
「貴様!あの人達を!元の魂へ!返せエエエーーー!」
ボッコボコに殴られ転がっていくガカイヤー!だがその前に立ちはだかる三人衆!
レイブは三人衆に向かって叫んだ。
「君達はもう戦うなー!安らかにいてくれー!」
あまりに真直ぐなレイブの叫びに怯む三人衆。
「アーこん糞共が。久々にキレちまったよ」
ガカイヤーが魔法陣を創出すると、今度は!
「召喚!魔族四天王!あのイセカイマンと勇者をぶっ殺せぇえ!」
大地割り、そそり立つ魔族の証、四天王!
「眉間割りー!」
クレビーがマドーキーで四天王の一体の頭を貫いた!
「〇的潰し!」
今度はシルディーがマドーカーのミサイルで四天王の一体の股間を爆破した!
「ユウシャー、ギロチン!」
レイブが剣で四天王の一人を縦に真っ二つにした!
「四天王弱エー!」
地団駄を踏むガカイヤー!
「こうなりゃ、巨大四天王ー!」残る一体に魔力を注ぎ、巨大化させた!
「イセカイマン!そいつの弱点は角です!」
レイブのアドバイスに頷き、イセカイマンは魔石を光らせ、巨大化した!
墓標が立ち並ぶ、薄赤い荒野に対峙する元四天王の死霊対イセカイマン!
魔力を放ち攻撃する四天王、それをバリヤーでオプチカルに弾き更に光線(魔石)で攻撃するイセカイマン!
光線を喰らって怯む四天王の角目掛けハイキックを繰り出す!更に空中一回転で再度角を撃つイセカイマン!
四天王の角が砕けた!
苦しみ藻掻く四天王の悪霊。
「お前は魔族の為に戦ったったったった…安らかに眠るべきだきだきだ…」
イセカイマンは時間逆転光線を放ち、四天王達の苦しみ藻掻く姿を消し去った。
「イセカイマン!あの昔の賢者達も!」
だが、そこにはガカイヤーも三人衆もいなかった。逃げ足はやいなあ。
イセカイマンは空へ去った。
******
帰路、マドーカーより一足先にマドーベーサーに帰ったクレビーの通信が入る。
「あの外道勇者に聖剣が渡らなくて良かったわね!」
「多分イセカイマンがあの謎の穴の中で叩き壊してくれたんだ!」レイブも賛同する。
「あたしだけかな?なんかあの穴の中で、色々な事が起きてた気がするの」
ホーリーは正しい。が、それは言わないでおこう。
あの穴の向こうの世界。恐らくは3次元の空間と時間を自由に操作できる高次元空間、多分5次元。
だが『職場の同僚』と言っていた人物は、敵ではないがあまり頼りにならないかも知れない。
「手を打つ頃にはこっちの世界が亡びるかもしれない」、その言葉の通りであれば、だ。
そしてその直後に私をバグだと言っていた奴等。無限に続く手や目や口。
いずれにしろあの5次元の人々にとって、この世界はどうにでも出来るゲーム盤上の駒に過ぎないのだ。
そんな連中とどう戦うのか。もしかしたら、奴等がバグと呼んだ私が打開の鍵なのか?
どうする異世界?どうなる異世界?
…では また明後日…
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