第25話 助っ人登場

 自分の胸を銃で打たれたような衝撃だった。

 今の自分にとっては、あの笑顔が潰されるような事態が起きてしまうことが一番の恐怖なのだ。絶対に起こしてはいけないことなのだ。

 自分は彼のボディガードを買って出た。だから何がなんでもしっかりと任務を果たしたいと思う。彼の笑顔を守るという自分の目的を。

 しかし果たすためには――。


「き、汚いっ、その言い方は汚いぞ!」


「仕方のないことだ」


 あまりの衝撃で、ヒロキはガードに隙が出てしまった。タカヒロは当然それを見逃さず、素早く足払いをしかけてきた。

 それを受けたヒロキの身体は難なくバランスを失い、重力に任せて地面へ倒れかけたと同時に――背中をタカヒロに取られてしまい、勢いよく地面に身体の前面をぶつけられた。痛くて声も出なかった。


 さらに追い打ちをかけるようにタカヒロの膝が背中を圧迫してくる。これはよく犯人を確保するために用いられる逮捕術だ。両手も背中に回されてしまい、完全に身動きを封じられた状態だ。動こうとすれば腕の関節がものすごく痛み、無理やりに剥がそうとすれば、おそらく関節が外れる……外れたことはないがそれも絶対に激痛だ。


 体格でもパワーでも上の相手だ、最初からわかりきっている、敵う術はない。

 でもあきらめるなんて嫌だ。

 あの笑顔を守り抜くと決めたんだ。


「僕は、僕は、あの人が、好きなんだよっ!」


 声が出せない態勢だけれど。無理やり腹と喉に力を入れて声を振り絞った。

 あまりに抵抗が無様だと感じたのか、わずかにタカヒロの力がゆるむ。その隙に無謀だとはわかってはいるが、なんとか形勢逆転を狙って――とヒロキが企んでいた、その時だった。


 どこからかバイクの走行音が響いてきた。どこかのバイカーかと自分もタカヒロも予想し、特に身動きをしなかったのだが。

 こんな夜中に、田畑に囲まれた真っ直ぐな公道を全速力で走っているようなその様子に、自然と目を向けてしまう。暗い田畑の間をバイクが走り抜け、そしてこちらに向かってきている。


 そのまま通り過ぎるだろう、そう思ったのだが。タカヒロの黒セダンのヘッドライトが見えるだろう位置まで来ると、バイクはさらにアクセルを全開にした。まるで闇の中を光の玉が突っ切っているような光景だ。

 バイクは通り過ぎず、スピードをゆるめないまま駐車スペースに入ってきた。それはあっという間だった。


 そして自分たちをはじき飛ばそうとでもしているのか、アクセル全開に目の前に突っ込んでこようとしていた。

 えぇ⁉ とヒロキは叫んだが、自分はすぐには動けない態勢だ。このままではバイクに突っ込まれるか、ひかれるか、つぶされる。なんだよ、新しい処刑方法か、なんて思ってしまう。


 すごい走行音が迫ってくる。バイクのタイヤと地面の摩擦が、地面に押し付けられた腹に響いてくる。バイクのライトがすぐそこにある。もうダメだと、ヒロキは目を閉じた。


 すると身体に浮遊感があった。身体はふわりと持ち上がるとどこかに場所を移したようだった。

 なんだ⁉ と思った直後、かなり重い金属の物体がガァンと倒れる音、引きずられる音、金属と金属がぶつかる音が聞こえ……バイクのアイドリング音は聞こえなくなった。


 恐る恐る目を開けると。そこには駐車スペースに止まっていたタカヒロの黒セダンが、ヘッドライトカバーが木っ端微塵にはじけ飛んだ状態で。ヘッドライトの逆行でよく見えないがバンパーが思いっきりへこんでいるような気がして。


「な、なんだ、何が起こったんだよっ……」


 うろたえながらヒロキは周囲を見渡す。黒セダンのすぐ横にはさっきまで走っていたバイクが息絶えそうな鈍い音を響かせながら横たわっている。予想をしなくとも、バイクは黒セダンに突っ込んだのだろう。なんでまた、こんな事態になっているのだろう、一体誰が。


 ヒロキの視界には、タカヒロとは違うもう一人の人影が映っていた。車とバイク、その状況を把握してからゆっくりと、今度はその人物に視線を向ける。

 そこに立っていたのはフルフェイスのヘルメットを被った謎のバイカーだ。その人物は事故を起こしたにも関わらず、悠々と腰に手を当ててそこに立っている。


 誰なんだ、見たことがある。

 ヒロキがそう思っているとバイカーは何事もなかったかのようにヘルメットを脱いだ。

 するとそこにはよく知っている顔があった。


「ヒロキ先輩っ、元気っすかー!」


 この場に似つかわしくない明るい声。自分を先輩と呼ぶ人物は一人しかいない。


「トウヤっ⁉」


 そこにいたのは紛れもない、少し前にも出会ったばかりのトウヤだった。なぜか金髪の髪が黒髪に変化してはいるが。

 だがそんなことよりも、なんでこんな事態を引き起こしたのか聞くのが先決だ。


「トウヤ、何してんだよっ、危うく僕が死ぬところだったぞ!」


 ヒロキが倒れたバイクを指差して言うと、トウヤは頭をかきながら「ごめんなさーい」と軽いノリで謝った。


「だぁってー、ヒロキ先輩が大変な目にあってるみたいだったから。しかも相手が先輩のお兄さんだったし、普通に助けに入っても勝ち目はないし。だったらオレはバイクで突っ込んだ方がいいかなーと思って。ヒロキ先輩ならバイクで突っ込んでも避けてくれるかなーって思ったし」


 なんだかよくわからない説明だった。どうやら視力が良いトウヤはバイクで走ってくる途中から自分とタカヒロがもみ合っている姿が見えたらしい。だから助太刀をした、というわけなのだが。

 結果的には助かったような気がしないでもない……ということにしておいてやろう。

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