最強の敵に敵わない⁉店長の過去とこれからと
第18話 新たな来訪者
こうして店長の元でお世話になり、三ヶ月が経つ。そろそろいい加減、店長の家に居候するのはやめるべきなのかもしれない。そう毎日のように店長の部屋を見ながら思う……思っているんだけど。
「店長……なんかいつまでもこうしていたら、あれですよね。一応そろそろ、目星つけた物件の契約をしておこうかなぁとは思うんですけど」
昨日、不動産屋の岡田から着信があったのだ。時間がなくて折返しの連絡が取れなかったが、岡田に無理を言って押さえてもらっている物件についての連絡かもしれない。向こうだって商売だ、いつまでも営業を進めないわけにもいかないだろう。
二人で朝の身支度を整えながらヒロキは携帯電話を見つめる。着信画面の岡田という文字を見ていたら、ため息が出てしまった。
わかっているんだけど店長といたい、ダメなのはわかっているんだ。店長の方から「ヒロキくん、もうそろそろ……」と声をかけてくれたら重い腰も上がるのに、優しい店長がそんなことを言うわけがない。
『別に気にしなくてもいいよ。なんならずっと家にいてくれてもいいんだけどなー……なんて、それはヒロキくんが迷惑だよね』
そんなことを言ってくれたことがある。
いえいえ、むしろこちらから願いたいぐらいなんですけど。でもこうしていても店長はなかなか自分の方を向いてはくれないし。
この間はちょっと酒の力も借りて、さりげなく店長の肩に抱きついてみたりしたけど。
店長は『あったかくていいねー』なんて的外れなことを言うだけだったし。
未だになんもなし。このままこうして一緒にいても進展は見込めないかもしれない。だったら少し距離を置いた方が? とも考えるが……離れたくない。
「んー、まぁ、引っ越しは無理しないでもいいからね? あ、ヒロキくん。そういえばこの前、美月町のブログで町の紹介をするって商工会の人が言っていて、スーパー“太陽”を紹介したいってことで二人で写真撮ったでしょ。あれ、すごくアクセス数が伸びてるみたいだよ、ヒロキくんがかわいいからかな」
こちらの気持ちも知らず、店長はそんなことを言う。かわいいなんて言われたらドキドキしてしまうじゃないか。
ブログに関しては「良かったです」と返事をしておいたが、内心では大丈夫だったかなという不安がよぎる。
小さな田舎町のブログだ。そんなものを見るのは旅行とかご当地ものとかに興味があるユーザーだけだと思うが。商工会の人たちに「ぜひ」とお願いをされてしまったから断りきれず、店長と一緒に写真を撮ってしまった。
でも前のトウヤのこともあるから、あまり目立つことは本当にしちゃいけない……とは思いつつも。店長と撮った写真を画像としてスマホにもらったから、それを眺めていると自然と顔がほころんでしまう、それくらいに店長が好きなんだ。
それでも自分は、まだ店長のことを名前で読んでない……店長は名前で読んでくれて、敬語もなくなったけど。自分もそろそろくだけて接してみてもいいのかもしれない。せめてヒデさんぐらいに気軽に接せるようになりたい。まだ緊張が邪魔をするけれど。
そういえばトウヤはあのあと、無事にバイクで家に戻ったそうだ。まだ有給は取れていないのか、こちらには来ていない。新しい連絡先は教えたし、スーパーの場所もわかっているから。その時が来たらフラッとまた訪れ、スーパー“太陽”のパートおばちゃん、キクさんが作ったお惣菜をまた買っていくかもしれない。
キクさんと言えばつい先日のことだが、二人分のお弁当を作って二人で食べている様子を見られら『なんだか仲の良い夫婦みたいね』なんて言われてしまい。胸の中が爆弾が破裂したようにドカンとはずんだのは今でも思い出すと恥ずかしい。
そんなことないですよ! と慌てて返してしまったが店長は『いいでしょー』と照れ笑いを浮かべていた。
……なんで否定しないんですか、と思った。そんな誤解を生む様子を見せるから僕は右往左往してしまうのに。
本当に店長はよくわからない。
けれどそういうことを平然とやってしまうのは、やっぱり自分のことを見ていないからだと思う。どうしたら見てくれるんだろう。ここ最近ずっと悩んでいる。
今日も店長と共に出勤し、いつも通りに品出しをして、笑顔で接客する店長を見つめ、幸せな気分に浸る。品出しの際とかお金を手渡しする時とかに触れる店長の手にいつもドキドキしてしまい、また触れちゃったなんて胸をはずませる……そんな時間が過ぎていく。
昼食を済ませ、午後は二人で別々に配達に出ることになった。店長は車で、自分は自転車で近隣の店や一般の人たちに配達をすることになっている。
「ヒロキくん、じゃあ、またあとでね」
笑顔で車の中から手を振る店長を見送り、自分も自転車の荷台に乗せた荷物のバランスを取りながら自転車を走らせる。
季節は春に向かい、気候も暖かくなってきている。日差しが心地良くて自転車に乗りながらでも眠ってしまいそうになった。
春……もうじき大瀬神社の春祭りがある。出店も出て神輿も担いで、色々な踊りを披露したりと大層にぎやかなお祭りになるらしい。
その日はスーパー“太陽”も臨時休業して店長は出店を手伝うことになっている。
『ヒロキくんも、もしよかったら手伝ってくれると嬉しいな』
店長にはそう言われているけど、まだ返事をしていない、今度返事をしなければ。
店と一般宅への配達を済ませ、陽気の心地良さにつられて、ヒロキは川のそばにある草むらで休憩することにした。青々とした草もフワフワしており、座っていても寝転がっても気持ちがいい。
店長には「こまめに休憩はとってね」と言われているから、たまにこうして休憩をいただいているのだ。
前の職場じゃ、こういうことはなかったから、すごくのんびりできて気持ちがいい。息を吸い込むと草と花の香りがした。
すぐそばに流れる川からはザーッと一定の穏やかな水音が響いている。
周囲に人気はない。目を閉じて静かに呼吸を繰り返すだけの時間だ。
……ずっとこうしていたい。
このまま店長と一緒に毎日を過ごしていたい。
あの笑顔をいつまでも見続けていたい。
でもやっぱり家を出ないとかな……。
色々な思いに頭を悩ませていたら昨日の岡田からの着信をふと思い出した。
折り返しの電話を入れてみると、岡田が不動産名を名乗ってから電話に応答した。
「あっ、岡田さん、すみません。昨日お電話いただいたみたいで」
ヒロキがそう言うと岡田は慌てた口調で「あぁっ」と声を発した。どうしたんだろう。
「ヒロキさん! すみません、大変なんです!」
岡田が電話の向こうで慌てている様子を想像し、もしかしてまた物件が火事で燃えたのかな、と嫌なことを考えてしまった。
「どうしたんですか?」
「じ、実は昨日うちの店にとある男性が来たんです。すごい体格が良くて、でもかっこ良さげな強そうな人で。その人にヒロキさんのことを聞かれたんです。でもお客様の個人情報だから、そういうのはお答えできませんって言ったんですが。その人、警察の人で――」
……警察っ、警察って……。
「言っちゃいけないと思ったんです。でも、ごめんなさい、警察の人だったから答えないとダメだと上司にも言われて、お話してしまったんです。今の住まいは知らないから働き先とかを……本当にすみません」
「働き先……そうですか」
大丈夫、岡田は悪くない。それは仕方ないことだ。
でも、その人物とは……。
ヒロキが相手についてたずねようとした、その時、背後に人の気配を感じた。電話の向こうで岡田が何かを言いかけていたが、無心で通話終了ボタンを押してしまっていた。
さっきまで癒やしの空間に浸って穏やかに動いていた心臓が、今度はネジでも巻いたかのように速く動き出していた。緊張と不安からだ。
背後には明らかに人の気配があるのに振り向くことができない。前を見たまま、あぁと声にならない声が出てしまう。
来てしまったんだ、見つかってしまったんだ。やっぱり身バレするようなことをしてはいけなかったんだ、くそっ……。
後悔してももう遅い。聞き覚えのある低めの声が、座り込んでいる自分の真上から降り注いできた。
「ヒロキ、見つけたぞ」
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