第7話 不審人物だ⁉

 駅近くにある不動産屋に行ってみた。そこは火事になってしまった以前の物件も紹介してもらったところで。自分の接客を担当してくれたのはノリの良い岡田という青年だが、今回もまた岡田が接客をしてくれた。


「引っ越したばかりだっていうのに。まさか火事にあっちゃうなんて、誰も予想できませんでしたよねぇ」


「本当ですよ、我ながら自分の運の悪さにヘコみました。良いことないにしても程がありますよ」


 カウンターを挟んで座り、横に置かれたパソコン画面を見ながら岡田は自分が述べた条件の物件を探してくれている。


「まぁまぁ、次は大丈夫ですよ、どうします? 今度は絶対に燃えない家とかにします?」


「そんなのあるんですか」


 そう突っ込んでみると岡田は「超合金とか、いえ冗談です」と言って笑っていた。火事の冗談なんて他の客だったら怒られるだろうが、わりと慣れた関係のせいもあり、そんな岡田に嫌悪感を抱くこともなく、笑って返せる。


「ははは、まぁ出来れば次はそう簡単に燃えない家がいいです」


「もう少し築年数が浅い物件とかなら、しっかり防火対策も備えてますけどね。前と同じ条件で本当にいいんですか? 家賃はちょっとだけ上がりはしますけど微々たるぐらいですよ」


 岡田からはそう提案されたが、ヒロキは首を横に振る。


「僕は寝泊まりができれば十分なんで。あっ、トイレとお風呂はできればほしいです、無理にとは言いませんけど。今まで贅沢した分、今は節約したいんです」


「ずいぶん控えめなんですねぇ」


 岡田の感心するようなつぶやきを聞きながら、ヒロキは「あっ」と一つだけ追加したい点を思いついた。


「すみません。あとできれば……商店街のスーパーから近い所だとありがたいです」


「へー、その選択肢は新しい情報ですね。商店街のスーパー……っていうと人気なのは、あそこしかないんだよなぁ」


 岡田がカチカチとキーボードを叩き、情報入力している間に「そこでいいんです」と念を押す。

人気のスーパーと言われて嬉しくて、心がふくらんだのがわかる。やっぱりね、と言いたいくらいだ。


 岡田は一旦席を離れるとプリントアウトした物件の書類を持ってまた戻ってきた。


「ヒロキさんはそんなに条件をお付けにならないので探す方としては助かりますよ。どの物件もすぐに内覧も契約もできると思いますけど、すぐやりますか? 家、ないですもんね」


 書類を受け取り、その一枚目を見ながら「そうですね」と返事をしたものの、ちょっとだけ考える。

 すぐに決めちゃって、いいものだろうか。別にいいんだろうけど。

 ちょっとだけ……何かが引っかかるんだ。


 結局、プリントアウトしてもらった書類は全部持ち帰ることにして「どこがいいかを決めてからまた来ます」と、岡田に伝えた。

 なんとなく即断即決したくなかった。とりあえずはゆっくり考えよう、店長にも相談してみながら。


 おかしなものだ。火事が起きた直後の自分だったら他の物件があればすぐに飛びついたかもしれないのに。

 今は相手に悪いと思いつつも、今お世話になっている人の家に「もう少しいたいな」なんて思っている自分もいる。


 店長ともう少し話がしてみたい……いや、そんな都合のいいことを考えるもんじゃない、あの人の優しさにいつまでも甘えるわけにはいかないんだから、さ……。

 あの人は「いてもいいよ」とは言ってくれているけれど。所詮、自分も知り合ったばかりの他人だ、あの人の家族でも恋人でもないのだ。


(……恋人)


 その言葉を思い浮かべ、ヒロキは息を飲んだ。

 恋人って……なりたいのか?


 不動産屋を出て足取りはスーパーへと向かう。今日の夕食を準備しておこうと思っていたからだ。

 店の入口に来た時、ヒロキはそこに立っている見慣れない人物を見て――自然と身体を身構えていた。


 いたのは茶髪の長身の男だ。上下グレーのスウェットというゆるい格好。ポケットに両手を突っ込み、気だるい様子を見せている。

 それにちょっと刺々しい雰囲気を感じる。


 そんな男が自分の方をふと見た時、ヒロキは眉間に皺を寄せていた。


(――不審人物かっ⁉)


 そう思った瞬間、ヒロキは男との距離を一気に詰めると、男の横っ腹に向かってテコンドー技を放っていた。

 男がダメージで怯んだ隙に、男の手を後ろ手に取り押さえる。


 不審者だ、この男は不審者に違いないっ!

 なぜかって目つきが尋常じゃないからだ!


 男が「なんだよ、何すんだよっ!」と声を荒げると騒ぎを聞きつけたスーパーの店長が、慌てた様子で「どうしたんですかっ」と走ってきた。


「あ、ヒロキくんっ?」


「店長さんっ、この人不審な動きをしてたんです」


 店長は驚いた様子で押さえられた男を見つめる。


「バカヤロー! 俺は店の前に立ってただけじゃねえかっ!」


「不審でしたよっ! だって目つきが悪いしっ! 人を殺めそうな目してますっ!」


「何言ってやがるっ! んなことしたことねーよ、半殺し程度だよっ!」


「やってんじゃないですかっ!」


「やってはいねえだろ! 半分だよ、半分っ」


 腕を取られ「いてー!」と叫ぶ男と言い争っていると、その様子を見ていた店長はハハッとのんきそうに笑っていた。


「なんだか仲良さそうですねぇ」


「仲良くねぇ! ってかこいつ知らねぇし! ヨウっ、こいつはなんだ、知り合いか⁉ いきなり襲いかかってきて、なんなんだよ!」


「店長さん、この人知ってるんですかっ」


 自分と男の言い争いをなだめるように、店長は両手を広げて「まあまあ落ち着いて」と穏やかな風を吹かせるように言った。


「ヒロキくん、この人はヒデアキって言う俺の幼馴染。目つきすごい悪くて元不良で見た目も悪いし、いじめっ子で口も素行も悪いけど俺の友達ですよ」


 友達を紹介する上でどうかと思う言葉がたくさんあったが。店長の様子を見るに敵意のある人間ではないということはわかり、ヒロキは男から手を離して「すみません、早とちりでした」と頭を下げた。

 またやってしまった、最近は本当に調子が悪いのだ……。


 ヒデアキと呼ばれた男は「痛かったなぁ」と言いながら痛めつけられた身体をほぐすと、ヒロキの目の前に立った。店長に並ぶぐらいの長身だ、見下ろされると……萎縮しそうだ。


「それにしてもお前が噂の万引き退治したヤツなのかよ? すげぇ強いって言うからどんなガタイの良いヤツかと思ったけど、チビなんだな」


 チビと言われ、もう一発蹴りを放ちたい気分になったが踏み止まる。バカにされたくらいで暴行に走るわけにはいかない。


「ヒデ、ひどい言い方しないでくれよ。本当に頼りになるボディーガードさんなんだから。俺よりも全然強いし、ヒデよりも全然強いと俺は思うよ」


 店長の言葉にヒデアキは口を尖らせる。

 そして何を思っているのか、自分の顔をジッと見ている……が、やっぱりこの目つきの悪さは異常だろう、めちゃめちゃ悪いよ。でも人道から外れた人物ではないらしいから安心はしていよう。


「まぁ、確かにさっきの蹴りはすごかったな。久々に効いたわ」


 ヒデアキはそう言いながら自分の腰をさすっている。


「ちょっと昔を思い出すわ。昔も全く知らねぇかわいい顔したヤツに思い切り蹴られたんだよ……今思うと衝撃だよな」


「あれはヒデも悪い、自業自得だ」


「知らねぇよー、ガキの頃だし」


 何やら言い合いを始めてしまった二人を見ていてヒロキは思った。

 幼馴染だという二人。親しそうにタメ口で話す姿が、ちょっとうらやましいなと思った。

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