悪役令嬢、外の世界に転生す。~私、これを機会に心を入れ替えますわ~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

第1話 別れも突然だが、出会いも突然に…

 ある朝目覚めると、知らない誰かになっていた。


「えっ……!?」


 私は確か……婚約者である第二王子の初恋相手に嫉妬をし、いき過ぎた嫌がらせをしてしまったせいで――。


「パーティーでのあれがきっかけとなって、遂に堪忍袋の緒が切れた第二王子に断罪されていたところだったはずなのに……」


 それなのに何故、こんなところに私はいるんだろう。

 いつも寝ている寝具とは違って金の装飾もなく、掛け布団にはフリルもない。

 極めてシンプルで質素なものであり、更にはこの部屋はとても狭く飾り気も無い。


 もしや知らない内に庶民の家にでも連れてこられたのだろうか……。

 でも部屋中のどれをとって見ても私の知っている我がアレトビア国の物ではないようで、混乱と驚愕の混じったなんとも落ち着かない感情が頭の中をかけめぐる。

 なによりも一番不思議なのは、庶民の家とは思えない程に清潔で本がたくさん置いてあること。


「貧乏な家ではないようね」


 どうせその内に現れるだろうと思われたこの家の者や使用人らしき者は一向に来る気配がなく、待てど暮らせど出入口のドアは閉じられたまま。

 とりあえずこの不思議な場所がどこだか判明させる為にと、私はベッドから降りて部屋にあるものを探ってみることにするのだった。


 壁には絵画ではなく何に使用するのかもわからない黒い板がかけられ、それに対面するようにして小ぶりの机と椅子がひとつ。

 机の上には一冊だけ本が置かれ、栞が挟んである感じから読んでいる途中なんだなと察することができた。

 よくよく見ればその本の表紙にはあの第二王子に初恋相手だと紹介された女によく似た女の絵が描かれている。

 何でこんなものがと苛立ってくるが、中身も気になって自然とパラパラとページをめくっていると……。


「――っ!!」


 なぜか自分の名前がそこにはあった。

 フルネームで紹介されているページもあり、確かにそれは私で私の事で……。


「これは……小説? でも……」


 ジックリと読み進めていくと私しか知らないようなことまでもがありありと細かく文章化され、そこからはとても嫌な女に写っているのが分かる。

 もうそこからは興味を強く引かれた。

 誰が私をこんな風に描いて勝手に悪評を広めようとしているのかという意味で。

 食い入るようにして一文字一文字を逃がさぬよう、つぶさに読んでいるとあの場面に出くわす。


「あぁ、これはあの断罪の……」


 胸がキュッと締め付けられる。

 苦しい……。

 私にとってはさっき起こったばかりのことなのになぜこの中に……という思い。

 まるで起こることが予め分かっていたかのように先走って書かれたとでもいうのか。


 だがその場面があったのは最終ページではなく中盤。

 なんと、この本の中には自分も知らないその先の出来事があったのだ。

 嘘か――本当か――。

 真実は分からない。

 

 怖い――でも、知りたい。

 これはたぶん、私にとって正に予言の書ともいうべきものだろう。

 少なくともあの断罪された場面までは本当の事が書いてあるのだからその先も本当の事が書かれている可能性が高い。

 読めば今のこの現状が分かるかもしれないし、私の知らないあの時のことを知ることができる。

 恐怖心から湧き上がる知りたいという強い欲求――好奇心にかられる。

 ゴクリと唾を呑み込み、プルプルと指先が震えながらもページをめくってみることにしたのだった。


「『お前なんぞ斬首刑でもいいぐらいだ。だが我が愛しのメアリーがやり過ぎだと懇願してくるのでな、それは止めてやる。美しい心を持つメアリーに感謝するんだな』第二王子はそう言って悪役令嬢から貴族籍をはく奪し、国外追放の刑に処したのだっ……た。――えっ? そん、な……」


 あまりにもな衝撃に本が手から落ち、ガクリと膝から崩れ落ちた。

 私は確かに嫌がらせをしてしまった。

 私が婚約者だと先に決まったにもかかわらず、社交界デビューした第二王子はパーティーで出会った私よりも身分が格下のメアリーに一目惚れをし、あろうことか私を放置した。

 あまつさえ定期的に開かれていた私とのお茶会の場で『僕はついに初恋をしたんだ!』と、目をキラキラさせて私に何度も報告をしてきたのだった。


「初めての恋に溺れ、政略結婚の相手である私をないがしろにしたあげくに政務を忘れ……。それを注意すれば嫌な女だと私を罵倒し、幼い嫉妬心と不安と……なんとか第二王子を取り返したい思いからしたちょっとした嫌がらせが国外追放――ですって?」


 私は天を仰いで感情の渇き切った笑い声をあげた。

 ショックが大きすぎて泣けるほどの感情の余裕が存在していなかったのだ。


「私が……私がそこまで悪かったというの? なにが……ァハッ」


 自分の存在価値さえ分からなくなった私は何もかもがもうどうでもよくなった。

 狂ったように出てくる笑い声が止まらない……。

 すると――。


「どうした!?」


 誰も入ってこなかったドアが突然バタンと開いた。

 入ってきたのは長身で艶やかな黒髪が目立つ美しい細身の男であった。

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