銀乳伝

三倍酢

第1話

 

 何時の世も、戦争が絶えることはない。

 母系制度を社会の根幹とし、母と女性を頂点として発展し続けたこの人類世界においても例外ではない。


 育んでくれた母星から旅立ち、惑星系から恒星系、そして一つの銀河にまで生息圏を拡げた時代になろうとも、争いの火種が尽きることはなかった。


 帝国歴374年

 地表に住まう時代から数え、七度の世界・宇宙大戦を乗り越えた人類は、八度目の決戦を迎えようとしていた。


 銀河帝国――ゴールデンバスト王朝

 人類が求めた一つの答え。

 人々の優劣は胸の大きさに拠ってこそ決まる。

 母性の象徴こそが人類普遍の価値観であるとの思想を基に、瞬く間に宇宙を掌握した、その版図も軍事力も歴史上最大の帝国である。


 指導層と支配者層は巨乳の女性で占められ、胸が貧しき者は二級市民。

 それ以下の賤民に男を置く、母系社会の到達した理想郷。

 少なくとも、帝国の領土ではそう教えられていた。


 この銀河には、帝国の支配する星と主のない星しか存在しないはずだった、八十年前までは。

 一部の二級市民と、異端を奉ずる男共。

 この集団が、辺境星系の衛星を丸ごと恒星間船に仕立て上げて、帝国の支配を脱したのだ。


 衛星の消失は、一時のニュースになったが、やがて忘れられた。

 だがその僅か三十年後、帝国はそれが災害でなく事件であった事を知る。


 自由貧乳同盟

 そう名乗った反乱軍――帝国は一貫してこの呼称を使用している――それが辺境星系を次々と解放、又は攻撃して回った。


 艦隊と呼ぶにはささやかな、二十隻余りの集団であった。

 宇宙海賊に毛が生えた程度、帝国軍本国艦隊を出すまでもない。

 星系規模の騒乱であると判断した帝国政府は、周辺星系を領する貴族達へ討伐命令を下した。


 その頃、帝国歴の320年代は、皇帝の早逝が相次ぎ、宮廷では次期皇帝を巡って権力闘争が激化し、行政政府や軍も巻き込んでの派閥争いと陰謀、時には武力衝突さえ蔓延っていた。


 それ故に、辺境の事は辺境で解決せよとの判断は、帝国からすれば至極当然であった。

 しかし、歴史家の評価は違う。

 自由貧乳同盟は、綿密に目標を選定し、十年近い情報収集と工作を施し、そして時を選んで攻撃を仕掛けたのだと。


 討伐軍司令官に指名されたのは、ブルンバスト侯爵。

 近傍星系で最大の領地と最上位の爵位を持ち、この任命は順当であった。

 ただそれは、宮廷序列に限っての事で、侯爵の性は傲慢と不遜。

 軍の指揮官として、麾下から信頼と尊崇を得られる人物ではなかった。


 また、この周辺星系に植民していたのは、黒髪族や青髪族の子孫。

 皇族・貴族を多数排出する金髪族や桃髪族から、差別、軽視されてきた一族の子孫、つまり持たざる者ばかりであった。

 一般兵のほとんどは、これらから徴発された者たちであった。


 その兵らに、上官と帝国に対する忠誠よりも、反乱軍こそが自分達の希望である、そう強く映ったとして何の疑問もない。

 ブルンバスト侯及び周辺諸侯の集めた二千三百隻の戦闘艦は、同盟軍の宣伝と工作員の扇動により、ほぼ全艦で反乱がおき、一粒のビームも撃つこと無く1/100に満たぬ敵に降伏した。


 ――最初の反乱から五十年

 辺境星系の解放と亡命の受け入れを進めつつ、強大な帝国軍に対してはゲリラ戦術に徹し、着々と力を蓄えた同盟は、遂に本格的な攻勢に打って出た。


 建国当初の情熱も勇烈も消え失せたかに思われた帝国だが、長きに渡る混乱から立ち直ると、本来の力を眼前の敵に向け集約し始めた。

 一千を超える有人星系から十万隻を超える戦闘艦が生み出され、数百万の兵士を飲み込む。

 人類史上にも際立つ空前の大艦隊であったが、大きな問題が一つ残されていた。

 帝国はいまだに同盟の本拠地を掴み損ねていたのだ。


『攻撃目標を持たぬ軍隊など張り型の役にも立たぬ』


 貴族が集う宮中で堂々と揶揄される中で、貧乳同盟の大軍による侵攻の報。

 帝国軍最高司令部としては、絶対に仕損じることの出来ない獲物であった。

 長期の観測と予測から、最大で一万八千隻余りと推測される反乱軍に対し、十余万の艦艇を五つに別けて進行方向に振り分ける。


 兵力分散と言われるが、それも対等な敵に対してのこと。

 圧倒的な戦力を持つならば、多方面で同時攻勢か戦線全面に渡る防御が正着。

 例え一つの艦隊が全滅しようと、二の矢で貫けば良いだけである。


 まして此度は、必ず捕捉し撃滅せねばならない。

 常の様に、遊撃と小競り合いで取り逃がす事こそ、避けねばならなかった。


 自由貧乳同盟艦隊も、これまでの活動領域を超えて帝国中央を指向する。

 同盟にとっても、帝国の喉元に牙が届きうる勢力がこの宇宙に存在する事を帝国中に喧伝する為に、必ず成功させねばならぬ作戦であった。

 

 同盟は小細工をしていた、計略と呼べる程のものではない。

 ゲリラ活動の領域に小規模の艦隊を伏せておいて、密かに速やかに本隊に合流させる。

 艦隊の正確な規模を図らせない為にと、主要星系や防衛拠点を避けて侵攻する。

 消極的なものであったが、これが艦隊の迷走にも似たルートを生み、帝国側の戦力集結を妨げる要因となった。


 巨大な白い恒星を二つ持つホルスタイン星系。

 ここで帝国艦隊の一つと、同盟主力艦隊が激突することとなった。

 遊牧民さながらに神出鬼没だった同盟艦隊が帝国の哨戒線にかかった形だが、同盟軍は決戦の覚悟を決めて姿を現していた。


 この時、両陣営の戦力は

 同盟軍艦隊 二万六千隻余

 帝国軍艦隊 二万二千隻余


 帝国艦隊司令、B・ダイナマイト提督は、参謀本部の無能を呪った。


「奴らのその胸は詰めものか!」


 直接聞かれれば、決闘沙汰になる呪詛を放ったという。

 金髪族の大貴族に連なり、一族でも最大と言われるダイナマイト提督は、大艦隊を任されるだけあって無能とも怯懦とも縁遠い。

 直ちに隣接する艦隊に救援と、遠隔の艦隊には退路を断つように伝達する。


 ダイナマイト艦隊は反乱軍の正面に展開し、戦いに応じる意図を伝えた。

 両翼を広く備え、優勢な敵であっても決して迂回はさせない。

 薄くなった中央陣形の突破もさせじと、予備隊を巧みに使いつつ、開戦当初の戦意を抑えながら敵との距離を保つ。


 同盟軍の指揮官は、フラット・チェスト提督。

 長年に渡ってゲリラ艦隊を率いた後、この正規艦隊の司令に選ばれてからは、猛訓練で艦兵を鍛え上げた同盟で唯一人の宇宙軍大将である。

 短期で決着しなければ、遠からず別艦隊が来援することは分かっている。

 しかし、上下左右中央の各部隊を交互に後退させて、持久戦に持ち込もうとするダイナマイト艦隊の機動に手を焼いていた。


「このままならば、この艦隊には勝つ。しかし勝った時には乾いた股ぐらだ」

 

 フラット・チェスト提督は、時間が経ちすぎて役に立たないことを詩的に述べた。

 数で勝って、しかも後退しつつある敵を叩くは容易い。

 ただし時間制限付きとなると別だ。

 出血を覚悟で大規模な突撃を敢行するか、別の手が必要になる。


 帝国が劣勢ながらも戦いが膠着しかけた頃、ダイナマイト提督は、開戦以来の疑問の答えを得ようとしていた。

 反乱軍が、何故あれだけの数を揃えていたのかについてだ。

 艦の数はともかく、人的資源と最低限の乗員、それを計算すれば二万を大きく超えると言うのはあり得ない、それが帝国の事前の結論だった。


「それは本当か!」

「はい、間違いありません。反乱軍の艦艇は、我軍に比べ厚さがおよそ75%しかありません」

「つまりは、薄い船に薄い奴らが乗ってきたと言うことか……」


 幕僚からの報告を受けて、ダイナマイト提督は得心する。

 機動性や生産性は向上しても、火力か防御性能が犠牲になる。

 兵器の設計上、避けようが無い法則である。

 つまり敵には突撃に転ずるだけの性能が無い、帝国艦隊の幕僚陣はそう判断した。


 歴戦のフラット・チェスト提督は、柔軟な思考を持っていた。

 本国は必勝を命じて、開戦前に戦死昇進の前払いとばかりに大将へと昇格させたが、勝利の可能性が低いことは理解していた。


 目論見の通りに帝国は哨戒網を広げ、一時は優位に立つことが出来たが、この網が直ぐに閉じることも承知している。

 優勢なまま切り上げて無事に本国へ帰り付けば、命令を無視しても大局的には勝ちである事も。


 戦局を眺めていたフラット・チェスト提督が幕僚に撤退準備を指示した。

 中央作戦部付きの参謀らが、強行に反対をするが無視をする。


 ただし、撤退命令は敵艦との距離が開くまで出さないこと。

 最も信頼する左翼のタイラー提督へ、本隊の予備艦隊を回すこと。

 完全撤退と決まればタイラー提督が殿を務めるが、そうならなければ……と、予想される局面に分けて十全な命令を下した。


 同盟軍の陣変えに帝国軍も気付くが、次の行動も帝国軍の動きを注視していた同盟軍だった。

 帝国艦隊の右翼が下がるのに合わせて、全軍が後退する。


 この大胆な動きを、ダイナマイト提督は座視出来なかった。

 本来の作戦案はホルスタイン星系に敵を釘付けにするか、逃亡すれば追跡して援軍を待つもので、離れる訳にいかない。

 直ちに全艦に前進を命じたが、後退中の右翼と中央に空間が出来た。


 ほんの僅かな、薄い間隙であったが、ここに同盟軍の左翼が反転殺到する。

 古来より、戦列の突破こそが会戦の鍵である。

 十の内の九は、どちらの軍も果たせぬまま終わるが、一度戦列を食い破られた軍隊の命運は全て同じである。


 帝国軍は、突出してきたタイラー提督率いる部隊に砲火を集中させるも、増強された同盟軍左翼はこの裂け目を通り抜けた。


「こんな狭いとこを通るのは、あんた達には出来ないわね」


 タイラー提督の勝ち名乗りと後世に伝わる言葉だ。


 戦列を抜かれ、右翼に入り込んだ敵に対応する間に、中央と左翼でも攻勢を受けた帝国軍は撤退を余儀なくされた。

 ダイナマイト提督は、まさに特権階級らしく、右翼艦隊に素早く見切りを付けると残りの艦隊をまとめて星系内へと退却していった。


 余りの潔さに、フラット・チェスト提督は、取り残された敵部隊に対して投降勧告を出すことになった。


 こうして、第一次ホルスタイン会戦は同盟軍の完勝で終わった。

 同盟側の損害は、撃沈と大破を合わせても千二百隻。

 帝国側の損害は、撃沈と拿捕だけでも六千隻を超えた。


 フラット・チェスト提督は、同盟の英雄として祭り上げられる。

 B・ダイナマイト提督は、大貴族ゆえに問責される事もなかった。


 後の調査で、ダイナマイト提督の最も近隣に居た帝国艦隊は、戦闘に間に合うことが可能であったと判明した。

 しかし司令官が迷子になった為に一敗地に塗れる事となった……が、当のミルクン提督が皇室に連なる桃髪族であったために握りつぶされた。

 

 この戦いの後、自由貧乳同盟は格段に存在感と勢力を増して、ゴールデンバスト帝国との長い戦争に突入する事になる。


 銀河の歴史がまた4000字

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