第1話

「わぁ……!」

 

 電車の外は一面白い雪で覆われていた。

 

 普段よく見るビルやショッピングセンターなんてものはない。木造で出来た民家が数百メートルおきにぽつりぽつりとあるだけで、あとは森と畑と田んぼくらいしかない。


 いつもと違う風景に宏輝こうきは少しドキドキしてした。

 今年は初めて違う場所で冬を迎えるからだ。


 東北の外れ。

 降り続ける雪は昨日までいたところとは違う。水分を含んだどっしりとして重い雪。

 宏輝は空から絶え間なく降り続けるそんな雪を、うっとりと眺めていた。


「ねぇ、ねぇ!すごいよ、こんなに雪がさ——」

 宏輝は思わず隣にいる三つ上の兄、一輝いつきに声をかけた。

「うるさい、車内だ。静かにしろ」

 一輝は宏輝にそうピシャっと言い放つと、読んでいた本に再び目を落とした。

「……ごめん」


「はじめての場所だからね、気になるよね」

「着いたらすぐに挨拶しないとな」

 うつむく宏輝にボックス席の向かい側にいる両親は優しく言った。

 しかし、そんなふうに言う彼らの目にはどこか不安な色が見えた。


 ❅

 宏輝たち家族が辿り着いた先は、大きな門のある広い家だった。横に広がる竹で出来た垣根は、終わりを見つけることができなかった。

 

(こんな家、見たことないや……)

 

 まるで時代劇に出てきそうな立派な家に、宏輝はただただ圧倒された。

 

「ここの家はね、昔からうちの一族と付き合いがあるんだ」

 父はそう言って表札の隣にあるインターホンを押した。


 暫くして奥からおばあさんと若い女の人が出てきた。二人は似てはいないように見えたから、女の人はきっとお嫁さんなのかもしれない、と宏輝は思った。

 女の人——、娘さんはまだ一歳くらいの子どもを抱っこしていた。


「お世話になります」

 父がそう挨拶すると、おばあさんは、よく来たねぇと、にこにこしながら優しく迎えた。

 

(はじめての人だけど嫌じゃない。なんだかポカポカする……)

 しわくちゃの手で撫でられ、宏輝は何となくそう思った。


「二人とも長旅で疲れたでしょう。少し休んでおいで」

 家に入るなり、娘さんはそう言って両親が入った隣の部屋に宏輝たちを案内した。

 

 木で出来た古い廊下は歩くたびにギシッと音を立てた。

「ふふ、音がするけど気にしないでね。ほらここよ」


 案内された部屋は八畳ほどの座敷だった。畳に慣れていない宏輝はなんだか旅館に来た気分になった。


「前のとことは全然違うね!お屋敷みたい!」

 初めての経験で好奇心いっぱいの宏輝に

「お前は何にも分かってないな……」

 と一輝は冷たく言った。

 

「……お前さ、俺たちがここに来た理由知ってるか?」

 一輝は娘さんが部屋を出て行ったのを確認してから宏輝に聞いた。

 

 宏輝は両親が話していた言葉を思い出しながら言った。

「前のとこは近いけど、狭いし、広々したところで冬を越せるから、じゃないの?」

「それは表向き」


 前まで冬を過ごしていたところは関東の上の方だった。別荘地といった方がいいのか、湖や乗馬が出来るところも近くにあった。

 その別荘地の中でも平屋のこじんまりとした家で過ごしていた。小さな家だったが、実際にはただ眠るだけなのだから、部屋数はあっても使うことは無かった。しかし、眠るときは家族四人で一つの部屋でないといけないこともあり、自分も兄も狭いといえば狭いと感じていた。


「……違うの?」

 宏輝は両親の言ったことに疑問を抱いでいなかった。


「じゃあ、聞いてみるといいよ」

 一輝はそう言うとふすまの向こうを指さした。

 

 廊下から部屋に入ったので気づかなかったが、宏輝たちのいる部屋と隣の部屋は襖を隔てて繋がっていた。

 気づかれないように僅かにそっと襖を開ける。

 

 襖の向こうでは、両親とおばあさん、そしておばあさんの横に息子さんらしき男の人が座っていて話をしていた。

 その雰囲気は先ほどまでの穏やかな感じではない。

 

 重々しい空気の中でおばあさんが口にしたのは恐ろしい言葉だった。


「——それで、本当かい? “冬眠狩り”というのは」

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