3、高校一年生

 幽霊なんていない。

 寝ぼけた人の勘違いだ。


 けれど、勘違いは幸せなのかもしれない。雷は神が起こしてるわけじゃなくて、秒速三四〇メートルの空気の振動にすぎない。ヒトダマも魂なんかじゃなくて、リンの自然発火だ。同様に、世界の広さは自転車で行ける範囲じゃない。こんなふうに、現実の世界はどうしようもないクソったれな事実で溢れていた。


 鳥取県倉吉くらよし市。

 番田ばんだ稲荷いなり神社。

 


 乗ってはいけない理由は、大人たちのくだらない虚栄心だった。岩だと思っていたのは、実は日露戦争の戦勝記念碑だったのだ。だから、あの大人は危ないからって止めたわけじゃない。汚い足で踏むなと、そういうことだったのだ。


 子どものころ、洞窟で遊ぶなと言われた。崩落の危険があるからって止められたけれど、それは洞窟なんかじゃなくて防空壕の跡だった。番田山ばんださんを越えた先には、真っすぐな道路があったけれど、自転車を爆走させるためのなんかじゃなくて、戦時中に零戦を飛ばすための滑走路になる筈の道だった。


 番田山ばんださんでの夏祭り。あれは、世界一しょぼい夏祭りだった。


「違う!! そんなことない!!」

「違わないよ。客観的に見たらそうでしょ」

「亮介くんは何も分かってない!!」

「じゃあ、分かるように説明してよ。ほら、どうぞ?」


 これが二人の初めての喧嘩だった。小さな祭だとしても、そこにも良さがあると言い張る■■■■に対して、亮介は話にならないと切り捨てた。感情論なんてくだらない。参加人数、売上金額、屋台の数……何を取ったって小さな祭。どんな祭りも比較対象にならないだろうし、比較する意味さえない。


 この集落に魅力なんてない。いるのはカラスとジジババだけだ。子どもの数も少ない。働き手もいない。伝統の担い手もいない。市や県はそれを支える気がどこまであるのか分からない。IターンやJターンという言葉があるけれど、帰って来たくなるような場所とも思えない。一時間に一本しかないとバス。遊ぶ場所と言えばカラオケくらい。相も変わらず、コミュニティは閉塞的で、新しく来る人を受け入れる素地がどこまであるか分からない。


 市内に行けば「差別をなくしましょう」という標語が掲げられている。つまり裏を返せば、差別が根強く残っているということだ。


 だっさ。



「石碑に、防空壕に、滑走路。ぜんぶぜんぶ、大人たちが身勝手に作ったものだ。そんなもんをどうして、僕たちが支えなきゃならないわけ? それで今度は、高齢者の重さで僕らを潰しにかかってる。押し付けられた世界の尻ぬぐいを、どうして僕らがやらなきゃならないわけ?」

「何言ってるの!? 私たちを育ててくれた人たちだよ!! 私は守りたい」

「じゃあ、守ればいいじゃん。やれるとは思わないけど」

「そうやって見捨てるんだ!! 簡単だよね、見捨てるのは」


 もう知らない。

 勝手にすればいいよ。

 東京でも好きな場所に行っちゃえ。


 そう言われたけれど、亮介の胸には何も響かなかった。3.11から三年。日本じゅうの活断層の動きが活発化して、もはや安全な場所なんてなくなっていた。どこにいても一緒。日本の地下を蠢いていいる怪物の牙は、どこにでも刺さりうる。東京にいようと鳥取にいようと、違いは無いように思えた。


 それなら。

 こんな場所でくすぶり続けているくらいなら。




「変えられるわけがないんだよ、■■■■。それこそ、を動かすくらいしなきゃ、みんなの意識は変わらない」







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