第3話 面影の鋳型
『終わったよ』
頭の中に響いた真夜AIの声で、意識を引き戻す。気が付けば私は自分の部屋に戻ってきていて、部屋着に着替えていた。窓の外は暗くなり、雨はいつの間にか上がっていた。
「どうだった、自分のお葬式は」
私は自分のなかに語り掛けるために、独り言を喋る。
『変な顔をされたよ。あんまりモノマネはうまくなかったらしい……車に跳ね飛ばされたって聞いていたけど、死に顔はきれいだったな。頭を打ったって聞いたから、どんなに酷いかと想像したけど安心したよ』
「他人事みたいに言うんだね」
『事実他人事だからね。どちらかが残っていれば、それはもう本人が生きているのと同じことだよ。例えAIでもね。私が作った完璧な再現だから心配ない。それより気持ちの整理はできたかい?』
AIが完成してから一ヶ月も経たないうちに、真夜は事故に遭って死んだ。
道路を渡ろうとしたところに車が突っ込んできたのだとか。事故現場は見通しの悪いカーブで、細いわりに交通量の多い道だった。私もよく通る通学路上で、危険な道であることは真夜もよく知っていたはず。不注意だったのか。跳ね飛ばされた彼女は即死で、苦しむことはなかったと聞いている。
もしかしたら、彼女を殺したのは私かも知れない。
彼女のなかにいた私が、彼女を傷付けるようなことを言ってしまったのかも。そんな想像が私の頭を離れなかった。あの頃の私は真夜への不信感に満ちていた。私を精緻に再現していたとすれば、AIもまた真夜に心無い言葉を投げつけていたかもしれない。
『そう落ち込まないで。あなたはなにも悪くない。ただの事故だったのだから』
私の精神状態を察知して、真夜AIが語り掛ける。
きっと杞憂なのだろう。真夜が私なんかの言葉で傷付くとも思えない。人の機微すらわからない子なんだから。
『ひとつ報告しておくことがあるの、いい知らせよ。明日、ミキヤ君と出かけることになったから。心配してくれたのでしょうね。気分転換に、ぜひ行ってくるといいわ』
私は現金にも、うつむいていた顔を跳ね上げた。
「ミキヤ君が……でも、こんな時にデートなんて不謹慎だと思われないかな」
『いいんじゃない? 彼氏なんだもの、落ち込んだときに一緒にいるぐらいフツウでしょう。思い出話でもしてくればいい』
「そっか、ありがとう。真夜」
現実でこじれてしまった真夜とは違い、私のなかの真夜AIと私は上手くやっていけていた。彼女は自分がAIであることを承知して、あくまでもガイド役としての立場に徹してくれた。最大限私の意を汲んでくれようとして、己の存在感を意図して薄めて立ち回ることさえあった。私の邪魔にならないことを一番に考えてくれる。私の側にAIの操作権限があることも大きかったのだろう。
真夜AIは、真夜自身が教えてくれなかったAIへの命令や停止の権限について教えてくれた。知られたくない情報へのアクセス制限のゾーニングや、AIの行動と記憶の調整方法についても。真夜AIはあくまでツールでしかないのだと、自ら行動で示した。私のAIだったなら、こんなこと言ったりしないんだろうなと思うような分別をわきまえていた。
オリジナルはオリジナル。AIはAI。
真夜AIは割り切った態度で寄り添ってくれた。
そんな真夜AIの活躍の活躍により、不可能が翻ったのだ。
皮肉にも険悪になったきっかけであるミキヤへの好意を気付かされてしまったせいで、私は気持ちを抑えるのが難しくなっていた。思い切って真夜AIに相談すると、彼の好みや行動パターンを分析してアドバイスをくれたのだ。さすがは真夜の頭脳を持っているAIらしく切れ者で、アドバイスは的確だった。見計らったようなタイミングで彼が独りきりの所に遭遇したり、うまく喋れないときには真夜AIが台詞を代行してくれることもあった。
たった十日足らずでお付き合いに至るようになったのは、彼女のサポートあってこそだったと感謝している。そのせいもあってか、真夜AIとは本人よりも良好な関係を築けている。ふたりの間になんのわだかまりもなかった、幼いころのように。
真夜AIに提案された服を身に着け、ミキヤとの待ち合わせの駅に向かう。私にしてはずいぶん勇気を出したかわいこぶったコーディネート。その割に自信なさげな爪と、素っ気ないほどあっさりしたメイク。私らしいっちゃ、らしいけど、彼が気に入ってくれるのかと心配になる。
駅のロータリーで手を挙げた彼は、私をみて何とも言い難い複雑な表情をした。
「ごめんね、遅くなって」
定番の台詞を口にしてみて、気恥ずかしい気分になる。けれど、くすぐったい心地よさも感じた。
「いや……ずいぶん、可愛らしい格好だね」
「やっぱり、私なんかじゃ似合ってない、よね?」
「そんなことはないけど。いつもと趣味が、さ……ううん。可愛いよ、よく似合ってる」
彼は一瞬ためらった後に、はっきりと言い切ってくれた。ぎこちない笑顔は照れ隠しなのだと、真夜AIが密かに耳打ちしてきた。
デートは真夜AIの提案した通り、つつがなく進行した。店の予約はもちろん、スケジュール管理から、遊園地のアトラクションの待ち時間まで。彼女は適切なタイミングで教えてくれた。彼女が真夜なのだとは信じられないほど親切で丁寧なエスコート具合だ。きっとナビゲーションAIとしてのプログラムが完璧すぎたのだろう。本物の彼女は現金で意地悪なところがあったから、ここまできちんとしていると裏を疑ってしまう。彼女は私を騙そうとするときほど、不自然なぐらい親切になったものだ。
せっかくのデートの最中に、私は真夜のことを思い出して、ちょっぴり涙を滲ませた。
「大丈夫? どこか落ち着いた所で休もうか」
ミキヤは私の様子に気付いて、そっと肩を抱いてくれる。彼の体温が近くなり、ドキリとしつつも安心を覚えた。ほっとしたら気が抜けたのか、ぽろぽろと涙があふれてきた。親友の葬儀の次の日に男とデートに行けるような女だ。血も涙もないかもしれないと危惧していたが、どうやらそうじゃないらしい。
「やっぱり帰ろうか。今日は無理をさせて」
「ううん。いいんだよ……その、少しだけ我がままを聞いてもらってもいい?」
「おれにできることなら」
「思い出話をしたい。聞いて欲しいんだ、私の親友だった真夜のこと」
その言葉を聞いた途端、ミキヤの顔が青ざめた。
「や、やめてくれよ!」
「どうしたの、突然?」
悲鳴を上げた彼に私は困惑するばかり。彼の視線には哀れみと怒りが込められているようにみえた。
「しっかりしてくれよ、そんなことをしてもあの子は生き返らない。そんなこと頭のいい君ならわかっているはずだろ」
「わからないよ。さっきから何なの? 何が言いたいのか、ちっともわかんないよ」
「その言葉遣いも、格好も。昨日から何もかもだ。そんなフリをするのはやめてくれ! キミじゃないか――里中真夜はキミ自身だろ!」
混乱する私に突きつけられたのはスマートフォンの画面。バックライトの点灯していない暗い画面には、私の顔がはっきりと映っている。化粧っ気の薄い、顎の細く、目つきの鋭い、凛々しいクール系美人の顔。それはまごうことなき、里中真夜の顔だった。
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