脳内彼女

志村麦穂

第1話 彼女の葬儀

「やっぱり無理かも。どんな顔したらいいかわからない。きちんと泣けなかったら変かもしれないし……棺桶に入っているんでしょ。ちょっと怖いよ」

 雨脚が強くなっていくなか、いくつもの傘が数珠並びに歩いて行く。黒い制服、白い靴下。同じクラスの連中は参列するような雰囲気になってしまったから、特に仲良くもない女子や名前も定かでない男子までいる。みんな一様に神妙な顔を張りつけて、見事に悲しそうなカンジだ。私も鏡の前で練習してくればよかった。それとも、その時がきたら泣けたりするのだろうか。

 お腹痛くなってきたかも。みぞおちの下。胃の底が針でつっつかれているみたい。

 そのうち破裂してしまうかも。

 田舎特有のだだっ広い駐車場の葬儀場に近づくにつれ、鬱鬱とした気分が増してくる。

『嫌ならいかなければいいのに』

 耳元で囁きが聞こえる。傘に入る範囲には誰もいない。骨伝道のイヤフォンのように雨音でかき消されない、嫌にクリアな声。

「そういうわけにはいかないよ。おかしいでしょ、一番仲良かった子がお葬式に来ないなんて。弔辞だけはなんとか断ったのに」

『ちょっと薄情なんじゃない?』

「嫌に決まってるよ、死んだ実感もないのに。親とか、同級生を泣かすためだけの手紙を読むなんて。あそこで泣けなかったら、微妙な空気になるんだから」

『お葬式で唯一盛り上がる所でしょうに』

 声はさしてがっかりした風もなく、終始面白がる調子だ。声だけなのに薄らにやけ顔が容易に想像できた。文句を言おうとして、彼女の表情が死に顔とダブって言葉を詰まらせる。私自身どう対処していいかわからなくて、現実と脳内のギャップにフリーズを起こしてしまうのだ。

『残念だよ……一生に一度しかない“自分”のお葬式なのに』

 頭のなかの声は言う。事実、私の頭のなかにしか響かない声だ。

 もう耳で聞くことができないのかと思うと、寂しいような気もする。妙な気分だった。死人の声が耳元でしゃべりかけてくるというのは。

『どうしても無理そうなら私が代わりに出てあげてもいいよ。むしろ、出てみたいし。生前葬みたいなものでしょう』

「悪趣味なんだから。気持ち悪くない? 死んだ自分の体なんて」

 とか言いつつも、私にとってはありがたい提案だった。一も二もなく、交代を容認する。とっとと体の主導権を渡して、自分だけの心の部屋に閉じこもりたかった。時間が解決するなんて気休めを言っていたかった。せめて、私の混乱が収まるまでは。どうか放っておいて。

『終わったら呼ぶよ……原稿用紙10枚にまとめた感想でも提出しようか』

「いらない。目立たないように、うまいカンジにやって」

 人の気を知ってか知らずか、相変わらずの揶揄い口調で返してきた。まったく、自分の事だというのに、他人事みたいに。呆れたものだ。

 眠るような感覚で、体の表面から意識を引き離す。心の、奥へ奥へと沈んでいった。自分のなかに引き込まれるなんて、まったくもっていい時代になったものだと思いながら。

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