新春の姉妹

清瀬 六朗

第1話 除夜の鐘

 川沿いの道に出てから、人通りはまったくなくなった。

 川の縁には柳の並木があり、柳のあいだにはつつじの植え込みがあった。その向こうから春髪はるかみ川の瀬音が聞こえている。

 川とは反対側には、道に向かって二階建てぐらいの庭付きの家が並ぶ。

 東京でいま愛里えりが住んでいる街でこれほどの広さの家に住んでいればいっぱしのカネ持ちということになるのだろう。

 でもここではこれが普通の「一般家庭」だ。

 どの家も、どこかの窓には明かりがついている。

 それがかえってさびしく見える。

 空は曇っている。

 そして、暗い。

 家並みを超えて単調な低い音が繰り返し響いてくる。

 気にしなければ聞き逃してしまうような音だけど、いちど気がつくと耳から離れなくなる。

 川の瀬音のほかは、その音と、愛里の運動靴が早足で地面を擦る音しか聞こえない。

 愛里は歩きながら息をついた。

 これが除夜の鐘。

 十八歳になるまでこの街に住んでいて、この街の除夜の鐘というものを初めて聞いた。

 しかも、この街で年を越すのは、二十歳になった今年が初めてだ。だから年を越すときの街の表情を、愛里はまだ知らない。

 川沿いの柳の並木は途中で終わっていた。

 そのいちばん端の柳の下には、愛里が小さいころ、「子猫のお墓」というのがあった。

 近くのどこかの家で子猫が死に、それをそこの子どもがここに埋めたのだろう。その後ろに「こねこここにねむる」とつたないひらがなばかりで書いた木切れの札が立ててあった。愛里は最初の一週間ぐらいはその字が「こねここねここねる」だと思っていて、何が書いてあるのだろう、とふしぎに思ったものだった。

 子猫のお墓は、いまは、もちろん、跡形もない。

 そのお墓のあったところを通り過ぎると、川の水辺に下りられる石段が造ってあって、その向こうに橋がかかっている。

 橋の向こうは道が細くなる。

 川沿いの並木が桜に変わる。

 まだまっすぐに幹と枝が上へと伸びているところで、桜らしく枝葉を茂らせるところまでは育っていない。

 愛里が高校二年生のころ、川沿いのだれかが勝手に植えたらしい。橋の向こうには柳の並木があるのにこちらには何も植わっていないのは寂しいという言いぶんだった。

 こんなところに桜を植えたら春髪川の護岸が崩れて危険だというので、抜くとかるとかいう話が出た。でもこちら側の住民のほとんどは反対した。せっかく、これからは春には桜の花が楽しめるようになると思ったのに、その楽しみも奪うのか。こちらの桜を抜くなら向こうの柳も抜け、というのがこちら側の住民の言いぶんだった。

 それで、一時期、大騒ぎになり、一か月ほど騒いで、しずまった。

 それで、けっきょくそのままということになったらしい。

 除夜の鐘の低い音はまだ続いている。

 その桜の木を何本か通り過ぎたところに、桜のなかに一本だけ紅葉もみじの木がある。

 この木は愛里が物心ついたころからここに立っていた。そんなに大きな木ではないが、まだ苗木から育ったばかりの桜と較べると堂々としている。

 その紅葉のところで右に曲がる。

 曲がった二軒めが愛里の家だ。

 何の変哲もない四角い箱のような家だ。

 この家が建ったころには、こういうデザインが新しかったのだと前にお父さんから聞いた。

 窓に明かりはついていない。

 玄関の引き戸を引いてみた。

 もちろん開くはずもない。

 愛里は、持って来た鍵で鍵を開け、自分の育った家の玄関に入った。

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