第20話 イリーナの一念発起を応援しよう


「え~~~、イリーナさん?」


俺は横で正座したまま、あわあわしているイリーナに向き直る。


「あうっ・・・スライム殿がまたさん付けに戻ってしまった・・・。くっ、抱くがいい!」


「いや、呼び捨てしてもクッダクで、さん付けでもクッダクってどーいうことよ?」


もう天丼超えてカツ丼だよ、カツ丼。満腹どころか胃もたれダラダラだよ。誰か胃薬くれ!


「スライム殿の部下は優秀でたくさん報告をしているのに、私は何にも報告できない・・・くっ」


と言いつつガバリと立ち上がってダダーッと走り出す。


「こら、ちょっと待て」


俺はにゅいーんと触手を伸ばし、走り出したイリーナの首根っこを引っ掴む。


「ぐえっ!」


あ、喉が締まったようだ。


「あ、ゴメンゴメン。でもイリーナ、急に走り出してどこへ行くんだ?」


「スライム殿の部下に負けないよう、私も何か情報を仕入れて来なければと・・・」


何故急にそうなる? 確かにスライムの事を調べてきてくれるって言ってたけど。


よく考えたら、ポンコツのイリーナに調べものって、元から無理があったんじゃないかって思えて来た。尤も、ヒヨコ隊長たちがあんなにしっかりと情報取って来てくれると思ってなかったからな~。

ヒヨコより使えない人間イリーナ・・・くっ、哀れすぎて思わず眼がしらに熱いものが!


「で、急に走り出して、どこへ行くつもりだったんだ?」


「え~と・・・、ソレナリーニの町?」


「なぜに疑問形!?」


ポンコツ過ぎる! イリーナという女性は、どうもあまり深く物事を考えないようだ。

表面的に頭に浮かんだ内容ですぐさま行動を起こしてしまうっぽいな。

こういう人間は非常に扱いづらい。所謂「当てにできない」タイプだ。


「で、ソレナリーニの町へ戻って何を調べるんだ?」


「それは・・・スライム殿の事を調べに?」



・・・だからなぜに疑問形だよ。



「で、スライムの事をどうやって調べるの?」


「それは・・・冒険者ギルドの職員に問い合わせて・・・」


「ア――――ウツッ! ア―――――ウツッ!」


「ええっ!?」


「ギルドに俺の話をしたら、珍しい魔物がいるって討伐にくるでしょ!」


プンプンしてイリーナに説教する俺。


ギルドに相談、ダメ! 絶対!


「そ、そうか・・・、で、でも調査とか保護とかしてくれるかもしれないぞ!」


ふんすっと両手でグーを握るイリーナ。


「調査でも保護でも、連れて行かれて研究されたりするのは嫌だよ。自由だってないでしょ」


「そ、そうか・・・」


極端にショボンとするイリーナ。ちょっとかわいそうに見えて来たよ。


「私ではスライム殿の力になれないのだろうか・・・」


ぺたんと女の子座りした状態からこちらを覗き込むように見てくる。そんなに目をウルウルさせられると、ポンコツでもいいかって思えて来るな・・・何が?


「なれるとも。イリーナでなければダメな事だってたくさんあるさ」


俺はイリーナを元気づけるようにイリーナの肩に触手を置く。


「私でしかダメなこと・・・、わかったスライム殿! 初めてなのだが、優しく頼む」


と言って鎧の肩当てを外そうとするイリーナ。うん、まったくブレないポンコツぶりだ。わかってたけど。


「ちがうよイリーナ・・・。君にはこの世界の事を教えてもらいたいんだ。貨幣価値なんかも聞きたいし。貨幣価値なんかはやっぱり魔物の部下たちには聞けないことだしね」


俺は極力ニッコリした顔を作ってイリーナに話しかける。・・・俺、笑った顔ってどんなだろう? これもコミカライズ待ちだな、ハハ!


「わかった! スライム殿、私に任せてくれ!」


と言いつつガバリと立ち上がってダダーッと走り出す。


「こら、ちょっと待て」


俺は再びにゅいーんと触手を伸ばし、走り出したイリーナの首根っこを引っ掴む。


「ぐえっ!」


あ、また喉が閉まったようだ。


「で、イリーナどこへ行こうとしたんだ?」


「ス、スライム殿のために世界の事やお金のことを調べに行こうと・・・」


・・・ポンコツすぎない? 想像を遥かに凌駕するポンコツっぷりだな、おい。俺、この子とうまくやっていける自信ないわ~。


「イリーナよ。調べに行く前に、まず今、君が知っていることを話してくれるとありがたいが。だいたい、イリーナはお金持っていないのか?」


「そうか! スライム殿は天才だな! ちょっと待ってくれ」


と言ってガバリと立ち上がって三度ダダーッと走り出す。

今度は止めない。なぜならテントの方へ走って行ったから。

テントに駆け込んで、大きなリュックを持ち出してくる。

そして、戻ってきたイリーナはリュックをひっくり返し、俺の目の前にドサドサと荷物をぶち撒けた。


「何かいろいろ入ってるね・・・」


服やら下着やらもぶち撒けてますよ、イリーナさん?


「これだ! 私の全財産なんだ」


と言って布に撒かれた硬貨を見せる。やはり金貨、銀貨、銅貨のようだ。

同じ銅貨でも大きさが大小違うものがある。


・・・それにしても、出会って間もない俺に全財産をババーンと惜しげもなく見せてくれるイリーナ。俺へのゆるぎない信頼を感じればいいのか、どこまでも不用心なポンコツっぷりを嘆けばいいのか、もうワカラン。


「物価はどうなんだ? 例えば普通のパンはいくらで買えるんだ?」


とりあえず質問を続けよう。


「そうだな、普通のパンなら一つで銅貨一枚くらいだろうか」


ふむ、とすると感覚的に銅貨一枚で百円くらいか。


「銅貨は十枚で大銅貨一枚と同じ価値になるぞ。そして大銅貨十枚で銀貨一枚だ。銀貨十枚で金貨一枚。金貨十枚で大金貨一枚だ。私は持ち合わせがないが大金貨十枚で白金貨一枚になる」


ふむ、大銅貨が千円くらい。

銀貨一枚で一万円。

金貨一枚で十万円。

大金貨一枚で百万円。

白金貨一枚で一千万円か。


「通常の買い物は銅貨や銀貨を使う感じだな。高い買い物は金貨を使うイメージだ」


うん、イメージしやすい。後、大銀貨は無いんだな。


「わかりやすい説明ありがとう、イリーナ。貨幣価値はよく理解できたよ」


再び、イリーナの肩に触手をポンッと置く俺。ありがとうが伝わればいいけど。


「スライム殿・・・」


ウルんだ瞳で見つめてくるイリーナ。


『おおっ! やはりボスの嫁決定だな!』


『いやいや、ボスにはハーレムを築いてもらわないと! これからもガンガン行ってもらいましょう』


ローガにヒヨコ隊長、なに勝手なこと言っちゃってくれてるのかな?


『ボスの奥さんに決定でがんしょ? こいつぁ春から縁起がいーね!』


てか、お前のキャラなんだよ? 誰なんだよお前? 後でローガ、コイツの紹介しろよな! で、今は春だったのね?


「で、イリーナ。俺の事はヤーベと呼んでくれ。スライムは種族であって実は名前ではないんだ」


「おおっ! 真名を教えてくれるとは・・・クッ」


「いいから、それ」


クッダクを遮ってイリーナを止める。


「ヤーベ殿! 私は絶対ヤーベ殿の役に立ってみせるぞ!」


右手で握った拳を高々と突き上げ、いかにも我が生涯に一片の悔いなし的なポーズで宣言するイリーナ。


とりあえず気持ちだけ受け取っておきます。

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