クリスマスの贈り物

兎猫まさあき

クリスマスの贈り物

「──クリスマスには、サンタさんが来るから、一年間お利口にするのよ」


 いつも私の母はそう言って、頭を撫でてくれていた。

 両親はいつも忙しそうにしており、普段は両親と会うこともかなわない家庭だった。

 私はそれでも、両親に認めてもらいたくて、両親と一緒の時間を手に入れたくて、ただひたすらに学業にいそしんだ。

 どんなに、努力しても、叶わない夢だったのなら、強がらずに初めから両親にわがままを伝えるべきだったのだ。

 幼いうちから両親の迷惑にならぬよう、両親から褒められる人間になりたくて、我慢の日々を続けていた。

 甘えることを知らぬ私は、後戻りできない所まで進んでしまっていたのだ。

 私は今、ベッドの上で動くことも出来ず、ただ点滴を打ち込まれるしか能のない悲しい人間に成り下がってしまった。

 どうやら、私はそう永くないらしい……。


       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆


「娘は……娘は助かるのですか!?」


 ある病院の診察室で夫婦と医師が話をしていた。夫婦のうち妻の方が声を荒げ、医師に事態の詳細を問う。

 外はカンカン照りで診察室にまで強い日の光が差し込み、セミの鳴き声が窓の外から響いてくる。

 医師は悲痛な表情のまま重い口を開き、詳細を説明する。


「お子さんは……残念ですが、一年も持つか……」


 彼の言葉に夫婦は苦しい表情を浮かべる。

 夫婦は家庭を保つためとはいえ、子供との時間をよく取ってることをしなかった。どうせ、後から取れるのだから、と。

 そうして、子供の異変に一切気付く由もなく、学校で倒れたとの連絡を受けてしまった。

 二人して駆けつけるも、子供はすでに手術を受けていた。

 脳に異常をきたし、運動能力を司る部位が圧迫され、急激に動くことが難しくなってしまった。

 動くことがままならない状態では、日常生活を送ることは到底できないことだろう。そして意識を失い、病院へと。

 脳の損傷は激しく、肉体的には健康でも、脳の機能が日に日に落ちていくことは容易に想像がついた。


       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆


 ──私は、ずっと病室の天井を眺めていた。思うように体が動かないので、一部の行動しかできなくなってしまった。

 看護師さんによると、学校で倒れてから目が覚めるまでどうやら一週間は経っていたらしい。それを聞いても全然そんな風には感じなかったが、自分の体が動かないということが一番の違和感である。

 どうしようも出来ない自分の非力さ無知さに嘆くことしかできなかった。

 出来ることと言ったらベッドの上で私はただただ動かない体を見つめるだけだった。

 目が覚めてしばらくして、両親が病室へ入ってきた。見せかけの笑顔を見せる母と何とも言えず声を押し殺す父。

 私は二人の様子と自分の体の状態を見て自分が置かれている現状について是が非でも察せざるを得なくなってしまった。

 あぁ、私は──。

 それから私は少しずつ、体を動かすリハビリを始めた。

 意味がないと両親から諭されたが、私はそれを信じたくなかった。

 絶対また体を自由に動かせるようになる、そう信じたかったのだ。

 月日は刻々と進み、季節は冬に近づいていた。そんな中、私は相変わらずリハビリに勤しんでいた。

 ここで頑張れば、クリスマスにはサンタさんが来る。どんな苦難があろうと、私は絶対に乗り越えて見せる。

 身体を動かして、少しでも、自由に動──。


「──!」


 私の体は限界を迎えていたようだ。私は成す術もなく、その場に倒れこんでしまった。


       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆


 倒れてから気が付くと時は過ぎ、クリスマスの日を迎えていた。外はまだ薄暗い。

 私は……何もできないの……?

 虚しさが胸の中をつんざき、涙があふれて止まらなくなってしまった。

 ふとそばに目をやるとそこには──。


「サン……タ……さん?」


 赤い服に赤い帽子、白いひげをつけた『サンタクロース』と呼ばれる老人がそこにはいた。私が気付いたことを認めると、サンタは口を開いた。


「──苦しいのに、君はよく頑張ったね。本当は子供の目の前に姿を現してはならない約束なんだが、私は君の頑張りをずっと見守ってきたよ。本当に、沢山の苦しみを乗り越え、リハビリを頑張ったね。とても偉いじゃないか。」


 サンタは私の頭を撫でながら、優しく微笑んだ。彼の優しさに私は、思わず再び涙を流してしまう。


「──私は、君の病気を治す力も、その苦しみから解放する力もない。だけど、これから君はもっと幸せになれると私が約束しよう。この約束が、君への今年のクリスマスプレゼントだ」


 サンタは小指を立てて私の目の前に差し出した。彼がしようとしていることを理解できた私はその小指に絡める形で小指をギュッと握った。

 そこから、私の意識はない──。


       ☆☆☆ ★②★ ☆☆☆


 その日の朝、看護師が回診で病室を訪ねると、そこには少女が冷たくなって動かなくなっているのが発見された。

 急いで医師を呼んだ看護師。医師の診察によると、近日で発生していた急激な脳機能の低下により、脳機能が完全に停止してしまったそうだ。

 遺族も呼び、医師は状況を説明した。

 余命宣告による予想よりあまりにも早い死に、遺族の落胆ぶりは計り知れない。

 冷たくなった遺体にすり寄る母親、声を押し殺して涙を流す父親、無力感は少女だけでなく、両親も感じていたことだった。

 専門知識もなく、ただ弱っていく娘の姿を見ていることしかできない。

 母はこんなことなら、ちゃんとそばにいてあげるべきだった。そうすれば、こんなことにならなかったのに──と悔やみ、父は仕事ばかりに打ち込むのではなく、娘との時間を取るべきだった──と悔やんだ。

 愛していたはずの家族は、冷たくなり、もう動かない。これほどまでに無力感を実感する事はないだろう。

 火葬をし、煙となり空の一部となった娘を見つめながら、両親は彼女のことを絶対に忘れないことを強く誓ったという──。

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