禁断の恋2

第1話 抱えきれない想いを抱いて


―――


「え?ウソ……」

 トイレの中で僕は呆然とした。力が抜けて壁に凭れると、そのままズルズルと座り込む。そして手に持っていた物をまるで汚れ物のように投げつけた。


「林崎!おいっ!どうした?開けろ!!」

 ドアを叩く音と同僚の森沢の声が遠くから聞こえる。僕は森沢に心の中で謝ると、投げ捨てた物体を見つめた。


「城田さん……」


 そこには妊娠検査薬が転がっている。

 そしてそれは、陽性反応を示していたのだった……




―――


 僕は林崎友成。高校の教師をやっている。生徒達の事で悩んだ時、友人の紹介でカウンセラーである城田章さんと知り合った。付き合い始めて色々あったが今では同棲して幸せに暮らしていた。

 それなのに何でこんな事に……



 事の発端は、僕が同じ高校に勤務する同僚の森沢に最近の体調不良を相談した事から始まった。


「森沢ぁ〜、どう思う?」

「う〜ん……胸やけに吐き気に倦怠感ねぇ……」

 僕の問いかけに、森沢は真剣な表情で顎に手を当てる。



 僕はここ二週間くらい、原因不明の体調不良に悩まされていた。

 胃の辺りが胸焼けしたようにモヤモヤしたり、突然の吐き気に襲われたり全身が酷く怠い。

 仕事には支障をきたしたくない、他の先生方や生徒に迷惑をかけたくない、そんな気持ちでなんとか切り抜けてきたが同僚の森沢には気づかれていて。

 仕事が終わった僕達は、森沢の行きつけのこの居酒屋に来たのだった。


「胃でも悪いんじゃないのか?それにお前、健康診断受けてないだろ。」

「うっ!まだ若いからいいんじゃないかな〜って……」

「はぁ〜……お前なぁ、いくら若いからって健康診断くらい受けろよ。」

「……はい。」

 眼鏡の奥の目に睨まれて慌てて頷いた。


「健康診断かぁ〜、あ、でもさぁ!」

「……何か嫌な予感がするな。」


 今日に限って症状が出ていないから油断していたのかも知れない。まだ二杯しか飲んでいない森沢に比べ、僕はすでに四杯飲んでいた。

 胡乱な目で僕を見る森沢を他所に、僕は残っていたビールを一気に煽った。


「何かこれってさ、妊娠の初期症状みたいだよね〜」

 最初は冗談というか笑い話のつもりだった。だけど口に出したら何だか頭がその考えに支配されてしまって……

 驚いた顔をした森沢を見た瞬間、僕の中で何かが壊れた気がした。


「あはは!な〜んてね。そんな訳ないじゃ〜ん。あ、でも今から買って試してみようか?」

「か、買うって……何を?」

「妊娠検査薬。」

「ぶっ!」

 盛大にビールを吹き出す森沢を見て大笑いする自分の顔が、森沢の眼鏡に反射して見えた……




―――


 そしてその後は嫌がる森沢を連れてコンビニに行き、妊娠検査薬を買った。男同士でそんな物を買う二人組を店員は怪訝な顔で見たけれど、今の僕にはそんな事は関係なかった。

 確かめたい、ただそれだけを胸に自宅へと向かったのだった。




―――


「はぁ〜……」

 一人になった部屋で僕はため息をつきながらソファーに座った。

 あの後、ドアを壊さんばかりに叩く森沢に負けてトイレから出てきた僕は、心配する彼に作り笑いを浮かべてこう言った。


『何焦ってんの〜?妊娠なんかしてる訳ないじゃん。冗談だよ、冗談。ただちょっと酔いが回ってきて具合悪かっただけ。』


 そしてまだ何だかんだうるさい森沢を、半ば強引に家から追い出したのだった。


「……どうしよう。」

 愛しい彼の顔を思い出す。そしてそっと自分のお腹を撫でた。そうすると不思議な事にそこから熱が発しているように感じる。僕はゆっくりとソファーに横になった。


 いつだったか、男性が妊娠したというニュースを見た事を思い出す。

 まさかとは思うが僕にもその人と同じ事が起きたのだとしたら?そこまで考えて僕はふるふると首を振った。


 検査薬で陽性と出たとはいえ、本当に妊娠したとは限らないし、そもそも男性が妊娠するなんてあり得ない。あんなニュース、きっとデマだろう。

 検査薬は確実ではないと聞くし最近の体調不良はただの風邪か胃腸炎に違いない。

 だけどそんな風に自分を慰めながらも、もしかしたらという期待を拭う事は出来なかった。


 もし本当の本当に妊娠していたら?

 今この瞬間にも、この僕の中で小さな命が鼓動を刻んでいたとしたら?

 城田さんとの子どもを生む事が許されたのだとしたら……?


 そこまで考えついた僕は、知らずに溜まっていた涙をそのままにしてギュッと目を瞑った。




―――


 城田さんを好きになった当初は、男の人を好きになった事に戸惑いを感じた。だけど城田さんと話をして顔を合わせる内に、そんな事は気にならないくらいに夢中になっていった。

 城田章という人、そのものの魅力に惹かれていったのだ。


 僕の告白を城田さんが受け入れてくれた時は本当に嬉しかった。でもその反面、男同士だという事の不安は少なからずあった。

 男の僕と付き合ったって結婚できる訳でもないし、子どもも産めない。だったら僕なんか相手にしないでちゃんと女の人と幸せになった方がいい。


 そう思ったのに欲張りな僕は、城田さんを諦める事は出来なかった。

 城田さんが傍にいてくれるなら結婚できなくていいし子どももいらない。二人でいられればそれでいい。


 ――そう、思っていた。思っていたのに。



「会いたいな……」

 最近は忙しくて中々会う事は出来なかった。会っても玄関先で立ち話とか事務所にお弁当を持って行ってすぐに帰るとかで、恋人らしい事などしていない。

 小さいため息をつくと、僕は突然襲ってきた睡魔に身を任せた。



 結婚出来なくてもいい、子どもなんていらない。そんなのは嘘だ。

 一生傍にいさせて欲しい。愛する人の子どもを産みたい。

 浅はかな僕は叶わないと知りつつも、そう風に思わずにはいられないのだ。


 そんな僕の切実な想いを神様は叶えて下さったのだろうか。

 幸せになってもいいのだと言っているのだろうか。


 僕はふっと自嘲気味な笑みを浮かべると、遠い世界に意識を飛ばした……



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