クリスマスの魔法
立花 ツカサ
クリスマスの魔法
街はクリスマスシーズンで、煌びやか。
でも、今私は上京して都会と言われる場所に住んでいるが、恋人もいない仕事漬けの日々を過ごしている。
この街は矛盾している。
恋愛なんてする暇はくれないくせに、人からは恋人もいないかと言われる。
なんなんだこの矛盾に満ちた世界は。
嫌いだ。
「おっひさー。今度の金曜空いてるか〜?」
「おっす。夜なら空いてるっすよ〜。ゲームやる?」
「嘘つけ。」
「なぜに?」
「だってクリスマスじゃん。ど田舎から都会へ出て行って、花の人生を生きているお前には、彼氏の一人二人いるだろ。」
「それは、私が二股をかけるようなクソ女だと?」
「いや、田舎から出て行って垢抜けて、人に好かれるようになったかと。」
「馬鹿にしてんのか?」
「半分」
このやりとりをしているのは、地元に残って真面目に働いている同級生の遥佳だ。
一見すると女のような名前だが、かなりモテる男だ。
クリスマスだからって楽しめるわないだろ。
こっちは休み取ってる人の穴埋めで忙しいんだから。
「東京出張でそっち行くから、会おう。」
「まじか。あんなど田舎の会社が東京へ進出か・・・」
「馬鹿にしてんな。」
「OKです。でもお前こそあの可愛い彼女は?」
「一ヶ月前振られた〜」
「おつ〜」
「おつで〜す(笑)」
こんな会話をしながら夜が終わり、金曜日(つまり恋人たちのクリスマスの日)が始まったのだ。
この日は思ったより過酷だった。
たくさんの案件がなぜか舞い込んでくる、日にちを間違った今はここのいない人のフォローで謝罪に行き「クリスマスなのに」なんて女社長にズタボロに言われ、上司からは仕事を押し付けられ・・・
最後の最後には、「なんでお前は、こんだけの仕事こんなにかかってんの。ほかの奴らは全部やって今日休んでんだよ。そんなんだからお前は彼氏ができねーんだよ。」と、上司に言われた。
いつもなら心の中で鼻で笑って「最後の一言いらねーだろバーカ」ぐらい言えた。
でも、今日はただ俯いているだけで、服を悔しくて掴むなんてできないくらいに辛かった。
やっと仕事が終わり、久しぶりにスマホを開くと10通ぐらい遥佳からLINEが来ていた。
「東京つきました。」
「仕事終わったー!」
「どこで飲む?」
「どうした?」
などなど
感情なんてなかった。
「今日は疲れたからごめん。また今度会おうね。」とだけ返信した。
すると、ピコンッと返信がすぐに来た。
「もう、お前の会社の下まで来てんだけど。」
「じゃあ、帰れ」
と送ると、「お前と会ってからな」と返ってきたので、仕方なくエレベーターに乗ってエントランスまで降りる。すると、外にスーツにコート、グレーのマフラーを身につけたスラッと背の高い男性が立っていた。
出て行って「おーい」ぐらい言おうとすると、先に出て行った数人のおしゃれな女子3人が遥佳に話しかけているのが見えた。
「あ〜ナンパされてるな。」
遥佳は、東京でもモテるということが証明されている。
別に、嫉妬なんてしないが。
「あれ、話しかけてやった方がいいのかな?」
と思っていると、何か遥佳が言った後3人が離れていくのが見えた。
できれば会いたくなかったので、後ろの方を歩いて行こうとすると、
「おーい。俺を無視していくつもりか?」
と遥佳がニコニコの顔で振り向いた。
「ごめん。」
「仕事、お疲れ様。」
頭に手を乗せられそう言われて涙が溢れそうになった。
「もう、辛いです。助けてください。」と言えたなら、私はどれだけ楽になれただろうか。
「えっどうしたどうした・・・」
私の顔をじっと見つめてくるので、顔を背けて涙を拭くと、
「とりあえず、鍋でも食べ行こ。俺、1時間もこんなとこで待ってたんだぞ。」
「嘘・・・」
驚いて遥佳の方を向くとまたくしゃっと笑って
「嘘です。30分くらいかな。」
と言った。
「ごめんごめんごめん・・・」
もう、力が入らず、うずくまってしまうと、遥佳が私の背中をさすりながら自分もしゃがんでくれた。
「あーあーあー謝んないで。大丈夫だから。本当にどうした?」
そのまま、動けないでいると遥佳は無理やりだが私を立たせてくれた。
「顔色悪いね。歩ける?」
頷くと、私の体を支えながらゆっくり歩いてくれた。
「家まで送るよ。」
ぎこちなくタクシーを捕まえて私の家の近くまで送ってくれた。
私の家まで、歩いていくと、
「じゃあ、夕飯作ってやるよ。」
と言った。
「いやいやいや、ちょっと待って。もう大丈夫だし、帰っていいから。てか、私の部屋にちゃっかり入ろうとしてるでしょ。」
と言うと
「そうだけど何?」
「恥ずかしいんですけど・・・」と小声で言うと、「ごめん何言ってるかわかんないわ〜」と言い、私の手の中にある鍵をさっと勝手に取って、私の部屋へ「お邪魔しまーす」と言って先に入ってしまった。
「あぁ〜・・・」
続いて自分の部屋へ入ると、もう遥佳は上着を脱ぎ、台所で自分の手を洗っていた。
「本当にいいから。」
「俺がやりてぇんだよ。」
にこっとしながらそう言う姿は、なんというか、彼氏感というのか、かっこいいと言い切ってしまっていいのか、と言う感じだった。
「冷蔵庫開けるぞ」
「はいよ」
もう、こいつは止まらないと思ってお任せすることにした。
「あっ私のでよかったらエプロン使って」
冷蔵庫の隣にかけている暗い紺色のエプロンを取って渡すと、
「おっ。やっと素直になったな。サンキュ」と言ってあの誰にでも振りまき、男女関係なく惚れさせるスマイルを私にまでやってきた。
「じゃあ私支度するからね。」
台所は任せて、私は服をダル着に変えて、化粧を落とし、台所に出て行った。
すると、そこには懐かしい香りがあった。
「おっ支度終わったか。お前さ、見栄張ろうとか可愛くいようとか俺の前で思ったりしないわけ?」
私の格好を上から下まで見てそう言ってきたことに少し腹がたった。
「しょうがないじゃん。今更、緊張とかしないし、もう私疲れちゃったし。」
遥佳は「あっそ」と言っただけだった。
覗き込むと、たまごうどんができそうになっていた。思わず
「美味しそう。」
と言うと、遥佳は「だろ。あとちょっとだから待ってろよ。」と言った。
二人掛けの小さなテーブルに二人がつくことはこれまでに数えるほどしかなかったので、それだけで私は幸せな気持ちになった。
「いただきます。」
「いただきます。」
湯気の漂うたまごうどんを前に私は、とても心がほっと温まった。
一口汁を飲むと、ホッとする出汁の香りと温かさが身体中を駆け巡る。
「はぁ・・・おいし」
思わず口に出すと、「そっか。」とだけ遥佳が言った。
うどんは形が崩れる前の口に運ぶ前にとろけてしまいそうな、私の大好きな柔らかさだった。なぜなら、このうどんは「冷蔵用」のものを冷凍しているので、生地の重なった部分がほろほろと崩れる。
「美味しいけどさ、お前の好み結構独特だよな。このレシピお前に教えてもらった時、めっちゃ驚いたもん。」
「美味しいんだからいいでしょ。」
卵の優しい味と、体をどんどん温めていく生姜の味が、私に温かさを思い出させてくれた。
どんどん私の目にはなんの意味があるのかわからない涙が浮かんでくる。
服の袖でぐいぐいと涙を拭きながら私はうどんを食べ続けた。
その姿を、先に食べ終わった遥佳に見られていると分かりながら、食べ続けた。
食べ終わり、「ごちそうさまでした。」と言うと、遥佳がおもむろに立ち上がり、私の隣に来ると私を優しく抱きしめてくれた。
「えっ・・・」
「本当に、お疲れ。俺は、お前が頑張ってることちゃんと知ってるから。大丈夫だから。」
遥佳の声は優しくて、ホッとして、もっと涙が溢れてくる。
「辛い・・・たすけて・・・」
「そっか・・・どうしてあげたらいい?」
「寂しい・・・」
分かっていた。これは、遥佳に攻撃されていると。
手のひらの上で転がされるように、私は言葉を発している。
私は彼に堕ちている。
「俺がいるよ。」
「いつもはいないじゃん。」
「じゃあ、ずっと居ようか?」
「うん。」
ほとんど反射的にそう答えると、遥佳は少し私から離れてちゃんと私の顔を見て
「えっ即答・・・意味ちゃんとわかって言ってる?」と聞いてきたので「ん?」と返すと顔を赤らめながら目を逸らし
「一緒に居たいって意味なんだけど。」
「あっ・・・」やっと私には、遥佳の言ったことの意味がやっとわかった。
「それってさぁ・・・告白?」
「・・・うん。お前、振る?」
「でもさ、遥佳って地元で働いてるでしょ?」
純粋な疑問だった。ずっとなんか一緒に居られるわけない。
「転勤・・・だって。こっちの方に親会社があるから。」
「へぇ。なるほどね。」
自分が一緒にいたいと言ってしまったことを恥ずかしく思いながら、オーバーに頷いて見せると遥佳は目を細めながら
「で?返事は?」
と聞いてくるので
「よろしく・・・お願いします。」
と言うと、「ありがと。」と言ってもう一度抱きしめてくれた。
大人になって初めて、クリスマスが私にとって幸せなものになった。
「ねぇ、会社の前で何てあの3人に言ったの?」
「教えるわけねーだろ。」
ある居酒屋
「今年も彼氏なし。」
「ほんとだよ。それでこのザマよ。」
「クリスマスに居酒屋、女3人で飲むなんて・・・」
「あのイケメン、ちゃんと好きな人と会えたかな〜」
「『俺、好きな人待ってるんでごめんなさい』って真っ直ぐすぎる。推せるわ〜」
「分かる分かる・・・」
「うまくいったかな〜」
「うまくいったかな〜」
「うまくいったかな〜」
クリスマスの魔法 立花 ツカサ @tatibana_tukasa
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