必ず君を見つけるから。

弥生

第1話 赤く染まる世界から

 後藤ごとうすぐるは病室から見える鮮やかな紅葉に想いを寄せていた。

 庭一面を染めるその色に、過ぎ去った過去を思い出す。


 半世紀以上も前の記憶だ。

 すべてが赤く染まり、ただただ枯れゆくしかなかった世界。

 けれども、もう戻ることは叶わない世界。


 ふっと皺だらけの口元を緩める。

 きっと誰に言っても信じてもらえないだろう。

 傑は十代の半ば、もう七十年も昔に一度だけ神隠しに合ったことがある。

 神隠しと言っても三日間ほど。

 親からはただの家出だろうと怒られた。

 されどその三日間は……傑にとって生涯忘れられない出来事となった。


 世界を救ってほしい。なんて、人に乞われたのだ。

 忘れることなど出来はしない。


 異界から招いた者にしか入ることのできない聖域がある。そこで枯れた大樹を燃やし、新たな芽を芽吹かせてほしい。

 そう乞われた傑は世界の境界まで護衛騎士に見守られ、短くも濃い冒険をした。


 なんで異世界の騎士ってのは、あんなにも美形なのだろうな。

 今でもはっきりと騎士の事を思い出すことができる。

 美しい金髪に深い海のような瞳。

 赤に染まった世界では、彼の持つ碧色は鮮明だった。

 十代半ばの異邦人。それも特出した能力を何も持ち得なかった平凡な少年に仕えた美貌の青年騎士。

 平凡だった当時の自分は、なんだか特別な……選ばれた人間になったようで、たった三日間の旅路だったのに、随分と舞い上がってしまったのだ。



 (一生僕の騎士でいてくれる?)

 (もちろんです。世界を救う救世主、私のすべては御身のために)

 

 元の世界に居場所がなかったために、自分を肯定して受け入れてくれる彼の言葉は、世界を救う使命以上に興奮したものだった。


 この世界を救って、国に戻り、騎士と生きよう。

 憧憬とも恋心とも呼べないような、なんだかふわふわとした感情に振り回されていた当時の青臭い思い出。


 今思い返してもあれは初恋だったのか、よくわからない。


 けれども、元の世界よりも騎士の隣を迷わず選べる程には、あの頃の自分にとって彼の存在は大きかったのだろう。


 聖域にたどり付き、境界から先に入ることのできない騎士と別れて一人大樹の元へ向かった。


 枯れた大樹に託されたフェニックスの炎を灯せば、呆気ないほどに世界の再生は果たされた。

 灰へと戻った大樹の地には、青々とした若葉がひっそりと生まれていた。


 赤く染まる世界に晴れ渡る青い空や森の緑、いくつもの鮮やかな他の色が戻り、世界は救われたのだと、境界で待つ彼の元へと急いだ。

 笑顔で迎えてくれた騎士に、自分も役目を終えてほっとしたように笑いかけたのだった。

 彼の胸に飛び込むために、笑顔で駆け出した。


 だが結局のところ、その世界にとって自分は異邦人でしかなかったのだろう。

 再生の伊吹に歓喜した大樹の精霊が、役目を果たした自分を元の世界に戻そうなんて。

 あと数歩の場所にいる彼に、必死に手を伸ばす。

 こんな別れは想像していなかった。


 たった三日間。

 されど三日間。

 

 彼と分かたれるのが、胸が張り裂けそうになるほどに辛かった。


「スグル様! 必ず、必ずや貴方の側に──」

「ラスター! 僕は、僕は……!!」


 伸ばした手は空を掴み、ほんの僅か届かなかった。


 我に返るとそこはいつもの家の裏の雑木林で。

 三日も異世界にいたというのに、世界はちっとも変わっていなかった。

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