第5章 第1部 RESTART
#頼える仲間たち
時刻は11時35分。
キースの運転するワンボックスカーでサンクパレスに到着し、リズワルド本部の宿舎に荷物を運び入れるウィルソンとマイル。
「その様子だと、心配要らないみたいだな?」
「僕一人じゃ何にも出来ないよ…、皆が助けてくれるおかげだから」
「そうか…、元気そうで何よりだ」
ネルソンが玄関先で出迎えてくれた。
2年前までの弱々しい雰囲気は薄れ、若干"ゴードン団長"の顔付きに似て来ているようだ。
「ウィルには俺たちが居るから大丈夫だ。
ネルソンこそ、泣きべそ掻いてないみたいだな?」
にやついた笑みを浮かべ、ネルソンをからかうマイル。
「は?べ、別に泣きべそ掻いてないし…」
ムスッとした顔で答えるネルソン。
「まぁ、いいや。今まで通り、お前たちの部屋は残してあるから、好きに休んでくれて良いぞ」
「おぅ」
「分かった、ありがとう」
「運転お疲れさまだな、キース。
車の運転なんて俺っちには分からんけどな」
「まぁ、慣れるにはもう少し練習が要るけどな…」
リーガルが車を運転してサンクパレスまで帰ってきたキースを労っている。
リーガルはキースから受け取った荷物を玄関に投げ入れている。
先に自分の荷物だけ持って宿舎に入ったシエルとリオンが階段を降りて玄関にやってきた。
シエルとリオンの間には見覚えの無い女の子が立っている。
「ネルソンってば、なんで新人が入ったこと教えてくれないのよぉ…」
「ねぇねぇ、この子"ルシアちゃん"って言うんだって!キース覚えてる?ネルソンが昔助けた女の子だよ?」
リオンがキースにその少女に見覚えが無いが聞く。
「え?あ~、ネルソンが蛇に噛まれた時の…、で?ネルソンが誘拐してきたってか?」
キースが思い出した様子でネルソンに聞いた。
「誘拐じゃねぇよ!ルシアが入団したいって志願してきたんだよ!」
「"ルシア•ハーベスタ-"です…。5年前、森の中で迷っていた時にネルソンさんに助けた頂いたので、恩返しにと思って、去年の秋にサーカス団に志願しました。よろしくお願いします」
ルシアはこくん、と小さくお辞儀をして挨拶をする。
「助けた女の子が恩返しに来るなんて、どこかのおとぎ話みたいだよな?でも本当なんだ、ルシアはリズワルド本部の歌姫担当なんだ」
ネルソンが自慢気に話す。
「歌姫なんだね。よろしくルシアさ―ん?」
「ぁ…」
僕がルシアさんの目を見て話し掛けようとした時だった。
僕とルシアさんの間に、磁石が反発するような…、ふわふわとした違和感を覚えた…。
その違和感はルシアさんも感じ取ったようで…。
「ん?どうかした?2人とも固まって…」
異変に気付いたシエルがウィルソンとルシアの顔を交互に見る。
「いや…なんでも…ないよ?」
「はい…、大丈夫です…」
メンバー一同、大丈夫じゃないだろ…、な空気が流れる。
5年前。僕はリーガルから後日話を聞いただけで、実際は会ったことは無い、ネルソンが森で助けたという銀髪ストレートヘアの小柄な10歳くらいの女の子。
どことなくアリシアに似ているような気がする。
「なんだよ。目と目が合う~、か?」
変な空気を断ち切るようにマイルが割って入る。
「なんだ?…それ」
ネルソンが聞く。
「姉さんのスマホからよく流れてるやつ…だろ?」
「あぁ…最近流行ってるわね」
「まぁ、いいや。玄関先でいつまでも話してないで荷物置いて来いよ。少し休んだら、後で墓参り、行くんだろ?」
ネルソンがしびれを切らして、別の話題を提案してきた。
「あぁ、ごめんごめん…。お墓参りは行くよ、お供え物も買いに行かないと」
と言ってウィルソンは荷物を背負い直す。
「私たちはルシアちゃんとお散歩してくるから~」
リオン、シエル、ルシアが階段を降りて来る。
「わかった。まだあとで―ね」
ウィルソンの前を横切る3人。
…やっぱり、反発するようなふわっとした感覚が伝わる。
(…やっと会えたね……お兄ちゃん)
(!…え?…)
突然耳に届いた声に驚いて、身体が固まった。
今の声は…、ルシアさんから…。
シエルとリオンの間に居る1人の少女は、ウィルソンを横目で見ながらクスッと静かに微笑む。
3人は外へ出て行った…。
____________
各自、部屋に荷物を置き、宿舎での久々の休暇を取る。
2階、ライザの部屋のドアを開けるキース。
「おぅライザ、元気そうだな」
「あ!おかえりキース兄、待ってたよ!」
両手にダンベルを持つライザがキースに近寄る。
「相変わらず汗臭せぇ部屋…、換気しろよ…、新しい女の子に嫌われるぞ?」
ライザの部屋の中には、ベンチプレスやランニングマシンなどの筋力を維持するための器具が置いてある。
「え!あ、臭かったか?わりぃ今窓開けるから」
ダンベルをベッドに放り投げ、窓を開ける。
「新しい女の子ってルシアのことだろ?普通に喋ってるよ、すごい物静かな子だけどさ」
「へぇ~、意外だな」
「リーガルよりは話し掛けやすいってことじゃね?知らんけど」
「ん?なんだ、俺っちがなんだって?」
部屋の前を通り掛かったリーガルが部屋を覗き込む。
「え!?いや、なんでもねぇよ?」
「俺運転して頭使ったから、腹減ったぜ。食堂行こうぜ?もうすぐ昼食だろ」
「はい」「うい~す」
ウィルソンは食堂に顔を出していた。
厨房には昼食の準備をするアイラさんとライアンの姿があった。
「おはよ-、久しぶりライアン、アイラさん」
カウンター越しに厨房を覗き込み2人に声を掛ける。
「ウィルソ~ン!久しぶり元気そうだね!」
「おぉ、おはよ!また一段と男らしい顔になったネ!」
「え~、そうかなぁ」
アイラからの意外な褒め言葉に少し照れるウィルソン。
「そういえば、もうルシアちゃんには会った?」
ライアンが聞く。
「さっき玄関先で会って挨拶した…よ?」
「そっか、あの子もウィルソンみたいに動物の声が分かるんだってさ。シロナともすぐ打ち解けたみたいだよ?」
"シロナ"はライアンの新しい相棒。
サーカス団を本部と支部に分けた際、新しく加入したホッキョクオオカミだ。
「そうなんだ…、あの子も…」
僕の他に動物の声が分かる人に今まで会ったことが無いけど…、あの違和感は…、何なんだろう…。……やっと会えたって…。
「ん?どうかした?」
「あ…いや…。ありがとう教えてくれて。
昼食のあと、皆でお墓参り行く予定しているから、2人にも先に言っておこうと思ってね」
「そか、分かったぁ」
「久しぶりに皆集まるカラ、今日のメニューは"イズミル•キュフテ"と"ローストターキー"と"バクラヴァ"だヨ!」
アイラさんはコンロで煮込んでいたキュフテの深鍋の取っ手を持ち、僕に見せてくれた。
「アイラさんの作るキュフテ、僕大好きなんだぁ、楽しみだよ。後で"バクラヴァ"のレシピ教えて欲しいな、うちのお店のメニューの参考にしたいからね」
「おう、それは嬉しいな!了解シタヨ!それじゃぁ、皆を呼んできてくれ、あとは盛り付けるだけだからさ」
「分かった、皆を呼んでくる」
ウィルソンは皆を呼びに行くため、食堂をあとにした。
____________
「たっだいまぁ!!」
「ただいま…帰りました…」
「お土産のマカロン!買ってきたぞ~」
外に散歩に行っていたシエル、リオン、ルシアも宿舎に戻ってきた。
「おかえり、さっき調べていた専門店の?」
「そうそう、めっちゃ綺麗なお店だった!」
「人気の"フランボワーズ"と"ピスタチオ"買ってきたから、1人1個選んでね」
リオンはお店のロゴの描かれた紙袋から個包装になったマカロンを1つ取り出して見せてくれた。
「ありがとう。昼食の準備は出来てるから、食堂に来てね」
「は~ぃ、OK~」
「じゃぁ手洗いに行こっか、ルシアちゃん」
「はい」
シエルはルシアと手を繋いでいる。
女性メンバーは打ち解けるスピードが早い。
シエルの"頼れるお姉さん"の雰囲気は、年下メンバーにとっては心強いんだろうと思う。
「「いただきまーす!」」
12時30分。
リズワルド楽団のメンバー全員、食堂に集まり昼食を取る。
厨房カウンターを正面にして、縦2列に長テーブルが並ぶ。
左窓側の長テーブルに、出来立ての料理とリザベートの街の特産のワインやチーズ、先ほどシエル達が買ってきたマカロンなどで彩りを飾る。
大皿にこんもりと盛られたキュフテをアイラとウィルソンが一人一人の小皿に取り分けて配っている。
「働き者だな…ウィルソン」
ネルソンが横目でウィルソンの手際の良さを見ていつぶやいている。
「え?あ、なんかね…、ここで飯炊きしてた時の癖が抜けなくて…」
キュフテをよそった皿をネルソンの前に置く。
「私は良いゾ。そのままで居てくれても」
アイラさんが誇らしげに笑っている。
アイラさんはルシアちゃんの分のキュフテを皿によそう。
「どうぞ、お食べ~」
末っ子を可愛がるおばあちゃんみたいにデレデレなアイラさん。
「ありがとう…ございます」
こくん、とお辞儀をするルシア。
「ネルソンも見習って飯炊きやってみたら?」
ネルソンの向かいの席に座るリオンが、フライパンで炒め物をするジェスチャーをしながら言う。
「ネルソンが出来るのは、鍋でお湯沸かすぐらいだよな?みんなが寝静まった後、1人でカップ麺食べてるんだぜ?なぁ、ネルソン」
ネルソンの右隣に座るライザが言い触らす。
「ぅ…知ってたのかよ…。パスタぐらいは茹でれるぞ?俺でも」
自信はないけど、自慢してみた。
「じゃぁ、明日の朝食はネルソンの作る"ペペロンチーノ"で決まりね!」
リオンの隣に座るシエルがキュフテを突き刺したフォークでくるくると円を描きながら言う。
「なにぃ!なんでだよ!」
「1人前じゃないからな?全員分だぞ?よろしくなシェフ」
キースが追撃する。
「ルシアちゃんも食べたいって!ねぇルシアちゃん?」
「え!?…あ…、はい…食べてみたいです」
シエルの隣に座るルシア。
急に話を振られびっくりしたが返事をした。
「マジかよ…アイラさんもい―」
「団長の作るパスタ、楽しみだナ~」
ネルソンの語りかけを遮ったアイラは窓の外を遠い目をして眺める。
「ぅ…、じゃぁライアンでもいいから…な?」
「"じゃぁ"ってなんだよぉ!僕が手伝ったら意味無いだろ、ネルソンのパスタが食べたいんだぞ」
ネルソンと同い年のライアンは少し強気に話せる仲だ。
世界中を旅して食べた料理を参考にしている宿舎の料理はどれも美味しい。
アイラさんの料理の指導は本格的だから、ライアンも今では料理の腕が一段と上達したのだろう。
ライアンが調理を担当したローストターキーは、香辛料の味付けも、パリパリの皮と旨味の凝縮した肉の焼き加減も抜群の出来映えだ。
「このローストターキーはライアンが担当したんだって」
「マジか…、すげぇ上達したじゃんライアン」
キースがローストターキーの出来映えを誉める。
「そ、そうかなぁ…。アイラさんの教え方が上手いからだよ」
「ライアンが遠征先で作る飯も美味いんだ。ライアンの料理の腕が上達したのは確かだぞ」
「そっか…、よかった」
リーガルがライアンの料理の腕を誉める。
「ってことで、明日の朝食担当はネルソンで決まりね」
「…分かったよ…、やるよ…明日だけな」
…ルシアも食べたいって言ってるみたいだし…、
仲間の絆を深めるには必要かもな…。
「ところでウィルソン」
「うん?」
「今後の目標とか、あんのか?」
ネルソンが急に話を切り替えた。
「目標か…、借金の返済じゃなく?」
「親父さんの借金を返済しないといけないのは分かってる。ただ、それだけが目標じゃ、いつか押し潰される時が来る…。父さんみたいに…」
「お?マジモードネルソンだな?」
キースが感じ取った話の切り替わり。
メンバー一同食べる手を止める。
19歳とはいえサーカス団の現団長。
ネルソンが真面目な話をする時は皆、静かに聞き入る。
「じゃぁ、借金完済した後は?"パイユ•ド•ピエロ"は閉店してサーカス団に戻るか?アリシアとの生活はどうする?」
「それは…」
確かに、借金完済のためのお店の立ち上げだったけど、その後の生活のことを考えていなかった。
「マリーさんや新しく入ったスージーって子だって、屋敷で生活出来なかったらどうする?」
「あんまりウィルを追い込まないでよ?ウィルだって考えながらやってるわよ…」
「俺たちは客寄せをしているだけの居候みたいなもんだけど、俺たちだってあの屋敷で生活出来ることは感謝してるぞ」
シエルとマイルがウィルソンを気遣う。
「別に追い込みたいわけじゃねぇよ。ウィルソンが"楽しく取り組めるような目標"を立てろってことだよ」
「楽しく取り組める…目標か…」
美味しい料理を提供してお客様を笑顔にするのはとてもやりがいを感じられるけど…。
「"半年後にはこうなりたい"、"2年後にはここまで知名度を上げたい"、とか近々の目標さ」
「それはそうかもな。ウィルソンは、自分の気持ちを後回しにしがちだからな」
「要するに、ネルソンが言いたいのは"自分のための夢を叶えろ"ってことだ」
リーガルがネルソンの言いたい事をまとめる。
「俺っちたちも2年前から少しずつやり方を変えてな。各地で開催されるフェスティバルに参加する方向に変えたんだ。その方が知名度が上がる」
「今までのように、初めて訪れた街で客寄せから始める必要が無くなったってことだ。メンバーも半分に減ったわけだしな」
世界中を旅して、新聞や雑誌に取り上げられるようになったという"実績"があるから出来たことなのだ。
今までの仲間たちと活躍のが無ければ、成し得なかったこと。
「ウィルソンは"ミシュラン"って聞いたことアルカ?」
「聞いたことは…あるよ?料理を評価する格付け…でしょ?」
「ウィルソンの料理の腕は確かダヨ。私が教えなくても充分目指せる目標だと思うゾ」
「ミシュランか…」
「"パイユ•ド•ピエロ"はまだオープンして2年でそんなに知名度も無い。だが"ミシュランガイド"に掲載されるようになれば、世界的に有名になるかも知れないってことだな」
「確かに…、せっかく綺麗なお屋敷でお店をしているのだから、挑戦しなきゃ勿体ないわね」
シエルはスマホを取り出しミシュランについて調べる。
「スージーみたいに、ウィルに弟子入りしたいって志願してくるヤツも増えるんじゃね?」
「客寄せ希望の子とか来てくれるかもね」
マイル、リオンもミシュランを獲得した先の未来を想像し、意欲を見せる。
ただ闇雲に借金返済のためのお店の経営だけでは、行き詰まる時が来るかも知れない。
ネルソンはお店のことも、僕の心身のことも、心配してくれている。
「そうだね、目指してみるよ。ミシュラン」
「おぅ!その意気だウィル。俺たちも付いてるからな!」
ウィルソンの左隣に座るマイルが肩を組む。
「ただ隣で見ているだけじゃ居られないからな。俺たちは"チーム"なんだから」
話題の踏ん切りが着いたところでキースが自分の皿に乗るローストターキーをフォークに刺しながら言う。
「ウィルソンなら出来るって、僕信じているからね!」
「私たちも協力するゾ!これから教える"バクラヴァ"だって、盛り付けを工夫すればミシュラン狙えるようになるゾ」
ライアン、アイラさんも応援してくれる。
「頑張ってください、ウィルソンさん」
ウィルソンの向かいに座るルシアも、優しく微笑んで言葉を掛けてくれる。
「俺っちたちはこれからも家族なんだ。いつでも頼りに来いよ」
「そうだ。ただ本部と支部に分けただけの話だからな」
リーガル、ライザも温かい言葉をくれる。
「これで父さんにも、良い報告出来そうだな」
「ありがとう、みんな」
前向きな仲間たちの言葉に励まされる。
心から思う。頼もしいチームだ。本当に。
13時20分。
昼食の時間が終わり、後片付けをする。
ライアン、ルシア、シエルはテーブルの下膳、
ウィルソン、アイラ、リオンは調理器具、皿洗いを担当している。
「はい、お願いリオン」
積み重なった食器がシエルから渡される。
ここの厨房には食洗機は無いので、皿洗いは全て手洗いになる。
「はいよ~」
二層シンクの左側。
リオンがシンクに浸け置きした食器の汚れをスポンジで落とす。
リオンからアイラに手渡された食器を右側のシンクですすぎ洗いをする。
アイラからウィルソンに、手渡された食器を布巾で水気を拭き取り食器棚に戻す一連の作業。
「その腕時計良いナ!自分で買ったのか?」
ウィルソンの左手首の腕時計に気が付いたアイラ。
「あぁこれ?カリーナから貰ったんだ。"誕生日のプレゼント"にって」
「へぇ~、カリーナにねぇ…」
何やら意味あり気は反応をするアイラさん。
「で?左手小指のリングは何だョ」
「これはアリシアとお揃いのピンキーリング…だけど?」
「どっちかにしろよぉ!悪い男ダネェまったくぅ」
濡れた手で肩をパシッと叩かれた。
「え…だって…」
「リオンはどう思う?はっきり決めて欲しいよナ?彼女の立場なら」
「え?わたし?。わたしだったらぁ」
ズゥーンと空気が重くなる。
「二度と指輪が外れないように小指と薬指縫い付けちゃうかなぁ」
…ゴクリ。 生唾を飲む。
「えぇ…何それ怖い…」
「…ほらな?指輪を贈るってことは、それぐらい本気じゃないといけないってことダゾ?」
2人してリオンの発言に少し引いてしまった。
「なんてね!カリーナの旦那さんが許しているから、別に良いんじゃない?」
にぱっと表情が戻ったリオン。
「お願いします」
ルシアも下膳した食器をリオンに渡す。
「ありがと~」
「イイネ~癒しダネェ~」
ルシアの背中を温かい目で見守るアイラおばちゃん…。
「そういえばさ、ルシアさんって1人でここに訪ねて来たの?親子さんと一緒にとか?」
「1人で来たのョ~、朝6時なんて早い時間にさ。ご飯作ってあげたヨネ、お腹空いてたみたいだったし」
「そう…なんだ…」
ネルソン助けられて5年も経ってから、1人で恩返しに…ってこと?
「どうしたの?ウィルソン。やけにルシアちゃんのこと気にするね。やっぱりあれか?ロリコン魂に火が着いちゃう感じか?」
「…ロリコンじゃないってば」
…ロリコンなのか?僕…。
「ルシアちゃ~ん。ウィルソンが"ルシアちゃん大好き"だってぇ!」
布巾でテーブルを拭いているルシアにリオンは呼び掛ける。
「え…あ、あの…」
「なにぃ!?浮気者ロリコンピエロめ!ルシアは私が守るわよ!」
「僕も手伝うよ姉さん!」
何やらヒーローごっこを始めたシエルとライアン。
ルシアを隠す様に並んで立ち、指の拳銃を向けられた。
とりあえず乗ることにする。
「ふははは、そんな拳銃私には効かぬわ。行け!我同志たちよ」
持っていた食器で片目だけ隠してシエルとライアンを睨んでみる。
両隣のリオンとアイラさんに目配せする。
「いつから仲間だと錯覚シテイタ?」
「観念しろロリコンピエロ!」
首筋に銃口が向けられていた…。
「なに!?……まさか…裏切ったの―」
「何遊んでんだお前ら!墓参り行くんだろうが!」
「なんだ?盛り上がってんなぁ」
墓参りに行く準備を済ませたネルソンとマイルが食堂に顔を出した。
「今ロリコンピエロを倒しに行くところよ。片付けはだいたい終わったわ。すぐ出発できるわよ」
「こっちも拭いた食器、棚に戻したら終わりだから、みんな先に玄関で待ってて良いよ」
シンクの中に皿が無いことを確認し、貯めていた水を抜く。
「おっけ~、あとよろしくウィルソン」
「頼りになるネ大将!」
リオン、アイラが身に付けていたエプロンを外し厨房を出ていく。
「あとよろしくねウィル~、行こっかルシアちゃん」
「ぁ、はい」
シエルがルシアの手を引いて食堂を出ていく。
「ありがとうウィルソン、手伝ってくれて。
すごく助かったよ」
テーブルを拭いた布巾を厨房に持ってきて、シンクで水洗いをするライアン。
「いいんだよ。僕がやりたくてやってるんだから。ライアンもお疲れ様」
「それよりさ…」
ライアンが顔を近づけ耳打ちをする。
「ルシアちゃんが気になるんでしょ?動物の声が分かる者同士だから」
サーカス団の猛獣遣いを任されているライアンには、僕が動物と話が出来ることは話している。
「なんか…違和感を感じるんだ」
「違和感?僕には動物の声は聞こえないけどさ、頭の中に入ってくるんだったっけ?」
「ルシアちゃんと頭の中で会話…出来るみたいなんだ、動物の声が分かるみたいに」
「言葉で交わさなくても会話できちゃうってこと?!すごいじゃんウィルソンたち!」
自分には無い能力を持った二人の話は、僕にとっては憧れであり、羨ましい。
「でも、"近づいちゃいけない"みたいな反発する感覚があるんだ、ルシアさんと目が合うと…」
「いいじゃん近づけなくて、ウィルソンにはアリシアちゃんって子が居るでしょ。3股はダメだよ?」
水気を絞った布巾をハンガーラックに掛けるライアン。
「3股って…」
「モテる男はツラいねぇ~、ってね。
ほら、僕たちも出かける準備するよ」
「…うん」
ルシアさんのことは気になるってだけで、アリシアのことを想っていないわけじゃないんだけどな…。
ウィルソン、ライアンも食堂をあとにして、お墓参りに行く準備をするため部屋に戻った。
_____________
時刻は14時。
黒やグレーのおとなしめなジャケットやガウンコートに身を包んだリズワルド楽団一同。
ゴードン団長の葬儀後、メンバー全員で墓地を訪れるのは4年ぶりになる。
宿舎から20分ほどの距離にある共同墓地に歩いて向かうことにした。
「たまには良いだろ、皆で歩いても。新しい店とかも増えてるんだろ?」
「"スターレックスコーヒー"のお店増えたなぁ、俺は甘ったるいチョコドリンク苦手だけど」
キースがライザにサンクパレスの近況について聞いていた。
「リザベートにもあるよな、スターレックスコーヒー。ウィルは好きだろ?チョコドリンク」
「あるね、常に行列出来てるみたいで、僕はまだ行ったことないけどね」
「じゃぁお墓参りの帰りにスタレ寄ろう!さっきのマカロン屋さんもっかい行きたいかも!」
「中の甘酸っぱいソースが美味しかったですね」
シエルとルシアがマカロンの感想を話している。
「レジャーシート持って来たし、今からスタレでコーヒーとかケーキとか買って、霊園でゆっくりしようぜ。皆で集まる時間なんてめったに無いからな。その方が団長もレオンも喜ぶだろ?」
マイルがネルソンに提案する。
「まぁ、他の参拝者に迷惑掛けなければ大丈夫だろうけどな」
「まじ!?じゃぁわたしキャラメルモカにする!」
シエルがスマホでスタレのメニューを検索していた。
「これでウィルもスタレデビュー出来るな」
「そうだね」
「お前ら…さっき昼飯食ったばっかだぞ…」
つい30分前に昼食を済ませたばかりの腹にまだ詰め込めるのか…、とキース嘆く。
「甘いものは別腹よ。ねぇルシアちゃん」
「わ、私はホットココアにします」
ルシアもシエルのスマホを一緒に見て欲しい物を決めているようだ。
「他にどこか寄る予定あるか?」
ネルソンがウィルソンに尋ねる。
「お花屋さんに行ってカーネーション買わないとね」
お墓参りの際、墓石には白色のカーネーションやユリの花をお供えする習慣がある。
「レオンには羊乳を買って行こうよ」
ライアンがレオンの墓石に供えるための羊乳を買いに行くことを要求した。
「うん、わかった」
ゴードン団長の墓石とレオンの墓石は隣り合わせに建てられている。
「あとこれも、せっかくだから団長のお墓にかけてあげよう」
と言ってリオンがショルダーバッグから取り出した物。
「ネルソンなら分かるでしょ?」
「これ…父さんが好きだった…お酒か」
リオンが持って来たのはリザベートの酒屋で買った"梅酒"だった。
「わたしとシエルでめちゃんこ探し回ってさぁ、やっと見つけたんだよぉ。団長が飲んでたのと同じ梅酒だぞ!」
「おぉ!その酒、俺っも好きだったぜ」
「懐カシイわねぇ、私も好きだったワ、その梅酒!」
リーガル、アイラさんが梅酒の瓶のラベルを見て反応する。
ゴードン団長は団長室の本棚に梅酒の瓶を隠していたつもりかも知れないけど、メンバー全員この梅酒の存在を知らない者は居ないのだ。
花屋で白カーネーションを買い、チーズ屋で羊乳を買い、スターレックスコーヒーでそれぞれドリンクとサイドメニューを買い霊園へ向かう。
各国からの移民が多いサンクパレスの霊園は、
仏教、カトリック教、道教など様々な宗教や供養方針に対応している国際的な霊園となっている。
小高い丘の上にある霊園は、ライラックやツツジの花が咲き乱れる、穏やかで落ち着きのある場所だ。
「久しぶり、父さん」
"Forever in Our Hearts Gordon Gilga"
"In Loving Memory León"
ゴードン団長とレオンの墓石の前にやって来たメンバー一同。
ネルソンがカーネーションの花束をゴードンの墓石の上に手向ける。
「元気に走り回っているかなレオン」
羊乳の小瓶をレオンの墓石の上に置くウィルソン。
ネルソン、ウィルソンが墓石にお供え物を置いた後、一歩下がり距離を置く。
メンバー全員墓石を囲うように並んで立ち、目をつぶる。
胸の前で十字架を作り、心臓の位置で拳を握り、
1分間の黙祷を捧げる。
「よし!黙祷も済んだな。リオン。持ってきた梅酒出してくれ」
「はいは~い」
とキースに言われたリオンがショルダーバッグから梅酒とおちょこを取り出しキースに渡した。
バレンタインデーのチョコレート作りに使った梅酒は、まだ瓶の7分目ほどまで入っている。
「おちょこで一杯ずつ、墓石に掛けてこうぜ」
先にキースが手本を見せるように、おちょこ並々に梅酒を注ぎ、ゴードン団長の墓石に梅酒を振り撒いた。
「ほい、リーガル」
「あいよ」
キースからリーガルに梅酒とおちょこが渡される。
「全員で酒を酌み交わすことも出来なかったからな。せめて一緒に飲んでるフリだけでもしとかねぇとな。ライザ」
リーガルからライザに梅酒が渡される。
「どこの酒が美味いとか、辛口が良いとか、語り合う楽しみもあったかもなぁ。次アイラさ―ってあれ?アイラさん居なくね?」
梅酒を渡そうとしたライザがアイラが居ないことに気付いた。
「ほんとだ…居ないね」
「一緒に霊園入って来たよね?てかさっきまで居たよね?」
黙祷をしている時は、確かに隣に居たけど…、と首を傾げるシエル。
「トイレか?」
「ぼく探して来るから、皆先にやってて」
「わかった、ありがとうライアン」
ライアンはアイラを探しに行くため、その場を離れた。
ライアンとアイラの番を飛ばしてリオンに梅酒が渡された。
________________
アイラを探して霊園を歩くライアン。
ゴードン団長とレオンの墓石のあるキリスト教の宗派の区画から少し離れた仏教宗派の区画。
小さな墓石の前でしゃがんで合掌をするアイラの姿があった。
「居たアイラさん。…このお墓は…」
「あぁライアン。これは私の親友のお墓ダョ」
アイラさんは首から下げていたネックレスを外して僕に見せてくれた。
ゴールドの楕円形の写真付きのペンダントだ。
写真には3人の人物が写っていた。
アイラさんとアイラさんと同じ背格好の金髪の女性と…ゴードン団長の3人が写る…。
「団長も写ってる!?すごい若い!隣の女の人がアイラさんの親友?」
「そう、私の親友で、ネルソンのお母さんダョ」
「ぇ…」
昔を懐かしむように、寂しげにはにかんで見せたアイラさん。
「この写真はネルソンが生まれるもっと前に撮った…、最後の写真ダヨ…」
アイラさんともう1人の女性は歯を見せてにっこり笑っている。
二人の後ろで恥ずかしそうな表情で腕組みをする団長が写った写真。
「このお墓がお母さんのお墓だってネルソンに教えないの?」
「まだ、"その時"じゃないナ。まだ中途半端ダロ?ネルソンは」
「まだ具体的な目標も掲げてないからね…」
確かに…、ゴードン団長なら、"まだ早い!"って怒鳴るかもしれないな…。
「だから私が両親に代わって、あいつを見届けないといけないんダヨ」
そう言ってアイラさんはペンダントを首に着け直した。
するとアイラさんは肩掛けていたポシェットから小さなガラス瓶を取り出した。
「それは?」
「私とメイシンが使ってたお揃いの香水さ」
"林 美星"と彫られた墓石の文字。
ぼくにはその文字の読み方が分からなかった。
でも、ネルソンのお母さんのお墓なんだね。
アイラさんは墓石の角に香水の瓶をコチンとぶつげ音を響かせた後、香水を墓石にひと振した。
甘いバニラのような匂いが鼻に届いた。
「戻ろう、皆のところに」
「…うん」
香水をポシェットにしまい、アイラとライアンはウィルソン達の元へ戻ることにした。
ネルソンの母親の墓石のある仏教宗派の区画から戻ってきたアイラとライアン。
「ぁ、アイラさん。どこに居たの?」
「久しぶりに来たから、景色を観てたんだ」
ウィルソンの問いに答えるアイラ。
「ほら、次、ライアンの番だよ」
シエルからライアンに梅酒が渡される。
「ありがとうシエル」
アイラはキースとリーガルに目線を送って小さく頷いた。
キースとリーガルは"あぁ、なるほどな…"と察しが付いた。
「団長みたいな猛獣使い…なれるかな…」
「十分上手くやってるぜ?ライアンは」
「そうかなぁ…はい、次アイラさん」
「あいよ」
梅酒がライアンからアイラに渡される。
「う~ん、懐かしい匂いダネ」
おちょこに梅酒を注いで匂ってくる梅酒の芳醇な香り、昔の楽しかった日々を思い出す。
(もうじき…あんたそっくりになるさ)
アイラは口には出さず、心の中でゴードンに語りかけた。
墓石の角におちょこ軽くを当て、梅酒を振り撒いた。
「ウィルソンはもう済んだの?」
「僕はもう終わったよ。あとはネルソンだけ」
「じゃぁ、ほらネルソン」
「ありがとうアイラさ―」
「ネルソンは、目標掲げないのか?」
「え?…俺?」
アイラからの不意な質問に戸惑ったネルソン。
「お前ウィルソンのばっかり目標言わせて自分は言わないつもりか?それは虫がよすぎるぜ」
キースがネルソンに今後の目標を発言するよう促す。
「俺の掲げる…目標…」
「ここ、大事だぞネルソン」
「私たちはウィルの目標に協力する側だけど、リズワルド楽団の団長はネルソンなんだからね」
双子姉弟がネルソンを励ます。
「ほら、ぐいっとあんたも飲んで、誓いの言葉を言うんダヨ」
おちょこに梅酒を注ぎ、ネルソンに渡す。
「え…良いのかよ、俺が飲んで…」
「あんたの親父さんが好きだった酒の味だ。それを理解して、これからを生きて、越えてみせろ」
ネルソンの左隣に立っていたルシアがネルソンの手を静かに握って優しく微笑んだ。
…俺が目指す…これからの目標。
ネルソンはおちょこに注がれた梅酒をみつめ、意を決し一口で飲み干した。
「全世界にリズワルド楽団の名を轟かせ、世界各地に笑顔を届けて、リズワルド支部を作るぞ!」
ネルソンは目標を掲げ、父親の墓石の角におちょこを軽く当てた。
不意にネルソンと墓石の間に冷たい風が通り抜け、ネルソンは顔を上げた。
すると目の前に…。
「見ていてください、父さん」
墓石の上にあぐらをかいて座るゴードンの姿があった。
ゴードンは歯を見せニカッと笑って見せた。
ネルソンも父親の真似をして、歯を見せ笑って見せた。
"それ"はネルソンだけに見えたのか、周りに居る皆にも見えたのか、ゴードンはおちょこに注がれた梅酒をぐいっと飲み干した後、静かに消えて行った。
「よし!これで皆済んだ―」
しゃがんでいたネルソンはパンっと膝を叩き立ち上がり、皆の方を振り返った。
皆の顔がにやけていた。
「…なんだよ…」
「お前もそんなふうに笑えるんだな。初めて見たぞ」
「その笑顔で世界中周れれば、夢は叶うかもね」
キースに続いてリオンがネルソンの笑顔を見た感想を言った。
「期待してるぞ団長!」
リーガルがネルソンの背中をバンと叩く。
「おう!まかせろ!」
皆に励まされ、勢いまかせて声高らかに決意を言葉にする。
「それじゃぁ、広場でレジャーシート広げてお茶にしましょう!ルシアちゃんもありがとうね」
「はい!」
シエルがルシアの手を引き先頭をきって歩いて行く。
「姉さん食べることばっかりかよ…」
「なに?マイルが買ったスコーンも食べてあげても良いけどぉ?」
「は?ダメだし俺のだし!ネルソンのドーナツなら食べても良いぞ」
「は?ふざけろマイル!」
「はいはい、わかったから落ち着けネルソン」
双子姉弟が場の空気を和ませる。
ウィルソンがもう一度ゴードン団長の墓石の方を振り向く。
「見ていてください、団長」
墓参りを済ませた一同は霊園をあとにし、隣接する市民広場でティータイムを過ごした。
_____________
時刻は17時40分。
"Near, far, where ever you are
I believe that the heart does go on."
優しい春の風に歌声を乗せ、静かな時間が流れる、夕日傾き始める午後。
「ぁ…もう、そんなに早く出たいの~」
お腹の中の赤ちゃんに優しい話し掛けるカリーナはキッチンで夕食の準備をしていた。
ダーリンが帰ってきて、すぐ食べられるように、ダイニングテーブルに食器を並べていく。
臨月に入りいつ陣痛が来てもおかしくないとは産婦人科の先生からは言われている。
「ふふ…ありがとう、ぽんぽん」
お腹の中で、一生懸命足を動かしているのが分かる。
生命というものに直に触れ、愛おしい気持ちになる。
夕食の準備が終わり、カリーナは椅子に腰掛ける。
エコー検査の画像では、この子の性別は女の子だということが判明している。
ダーリンには生まれてくるまでナイショなの。
名前も私が決めて良いみたい。
「あなたのお名前ねぇ…どんな名前が良い?」
とカリーナはお腹の中の赤ちゃんに話し掛ける。
"Once more, you open the door
and you're here in my heart and
my heart will go on and on."
お腹の中に居る時から歌声を聴かせると赤ちゃんもリラックスするんだって、先生が言ってた。
花壇のハイビスカスが風そよぐ、白を基調としたスクエア型の建物。
ここはシンクローズにある、カリーナが夫"グラジス"と一緒に住む別荘。
玄関の扉が開く音がして、カリーナは玄関に向かった。
「おかえりなさいダーリン」
「ただいまカリーナ、…うーん、いい匂いだね」
カリーナがグラジスからカバンを受け取る。
キッチンから漂ってくる料理の匂いに気が付いた。
「今夜の夕食はラタトゥイユにしてみたの!荷物お部屋に置いてきたら夕食にしましょ!」
「そうだね、ありがとうカリーナ」
グラジスはカリーナの頭をぽんぽんと撫でる。
カリーナはにこっと笑った。
ダーリンは私より6歳年上で、いつも優しく接してくれて落ち着きがあるの。
髪はダークブラウンな色で大人びているが、雰囲気も言葉遣いもウィルソンにそっくりになんだよね。
ダーリンの笑顔を見る度、ウィルソンとの楽しかった日々を思い出してしまう。
私の脳内でだけ美化されているだけかも知れないけれど…。
"この人が本当にウィルソンだったらな…"なんて考えてしまう時があるの。
悪い事なのは分かってるし、ダーリンのことは好きなのは間違い無いけど。
でも…、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけないよ。
ホテルのフロントで再会したあの日、ウィルソンに会えた事が本当に嬉しかった。
リズワルドで一緒に居た時と同じ接し方をしても、全く変わらないウィルソンの対応が嬉しかった。
一度は諦めて、忘れようとしていた恋心に、再び光が灯ったのを覚えてる。
去年の夏にダーリンとの子供を授かって、もうすぐ出産を迎えるのは不安でちょっぴり怖いけど、とっても嬉しいの。
ウィルソンもアリシアちゃんもシエルやリオンも、みんなが祝福してくれて、嬉しかった。
でも、私がウィルソンの事を頭に思い浮かべたり、リザベートのお屋敷に行こうとする度、お腹の中の赤ちゃんに、お腹の中をつねられているように痛みが走るの。
それはまるで、お腹の中の赤ちゃんが、"もうウィルソンに会わないで!忘れて!"って言っているみたいに…。
この子が産まれて私が母親になったら、今まで通りの日常は、戻って来ないかもしれない。
どうしよう…、決心が着かないよ…。
#それは蜃気楼のように
時刻は20時。
サンクパレスで休暇を楽しむウィルソンたち。
食堂での夕食の時間も終わり、各自、自室や共有ラウンジでくつろいでいる。
「ルシアちゃんお風呂入ろ~」
「はい、シエルさん」
「私も~」
この短時間でずいぶん仲良くなったシエル、リオン、ルシア。
ルシアにはシエルとリオンが必ず付いて、3人で行動している。
ウィルソンはまだルシアと直接的な会話が出来ないでいる。
親御さんのことや頭の中でお互いの声が分かること、磁石のように反発する感覚も。
気になることばかりだ。
「な、なぁ…ウィルソン…」
たどたどしくネルソンが話し掛けてきた。
「どうかした?」
「ペペロンチーノって…どうやって作るんだ?」
「え?」
まさか、ネルソンが僕に料理を教わりにくるなんて思わなかった。
「ライアンは教えてくれねぇし、アイラさんはもう寝ちまったから、頼めるのお前しか居ないんだ!頼む、ルシアに美味しいって喜ばれたいんだ!」
顔を真っ赤にして僕に頼み込むネルソン。
「良いよ。僕で良ければね」
ネルソンがルシアさんを喜ばせたいって気持ちは良く分かる。
「じゃぁ、キッチンに移動しよう」
「おぅ」
____________
~脳内BGMはお料理系で~
ウ「ネルソンはパスタは茹でれるんだっけ?」
ネ「まぁ、茹でた麺にレトルトのソースかけるぐらいなら…」
ウ「わかった、分りやすく教えるからね」
ネ「おう」
~ウィルソンが教える!
くせになるペペロンチーノの作り方~
用意する材料は、
•乾燥パスタ麺 ゆで時間6分~8分 200g(2人分)
•お湯 2L
•食塩 20g
•にんにく 2片
•オリーブオイル 150cc
•パンチェッタ(ベーコン) 60g
•アンチョビ缶 10g
•ハラペーニョ(とうがらし) 1ヶ
•イタリアパセリ乾燥 2g
•ブラックペッパー 適量
•フライパン •レードル
•菜箸 •ザル •キッチンタイマー
•それじゃあ、まずは鍋にお湯を沸かそう。
お湯は2L、沸騰したら食塩を20g入れるよ。
•鍋のお湯が沸くまでの間に材料を切って行こう。
•パンチェッタを5mmほどの細切りにする。
•にんにくを2片、細かくみじん切りにする。
•アンチョビ10gを細かく刻む。
•ハラペーニョ1ヶは横に二等分する。
•沸騰して食塩を入れた鍋にパスタ麺を茹でる。
包装袋に表示されているゆで時間より1分早くお湯から上げるよ。
•パスタ麺を茹でている間に、フライパンにオリーブオイル150ccをひき、にんにくとパンチェッタを入れ中火にかける。
•オリーブオイルが温まり、ふつふつと泡が立ってきたところでハラペーニョを入れる。
•オリーブオイルが沸騰し、にんにくにもパンチェッタにも良い焼き目が付いたら、ハラペーニョを取り出し、アンチョビを入れる。
ネ「ハラペーニョは香り付けってことか」
ウ「そうだね」
•パスタを茹でているお湯をレードル1杯掬いフライパンに入れオリーブオイルを乳化させる。
(麺のでんぷん質と油分が混ざり白くなること)
•1分早く茹でて上がった麺はザルに流し、水気を切り、フライパンのソースと絡ませる。
ウ「1分早く上げて、にんにくやパンチェッタ の旨みを麺に吸わせるんだよ」
ネ「すげぇ旨そうだな…」
•最後にブラックペッパーとイタリアパセリをお好みで振り、深みをプラスして軽く和える。
お皿に盛り付けて完成だよ。
マ「うわぁすげぇ旨そうな匂い!」
リー「ペペロンチーノか!どれ味見を…」
マ「俺も!」
マ•リー「「!!うめぇ!うめぇぞ!」」
ウ「よかった」ネ「よっしゃ!」
そうして、出来上がった2人前のペペロンチーノをマイル、リーガル、ネルソン、ウィルソンの4人で分けて食べた。
キッチンに広がったにんにくの匂いがシエル達にバレないように換気をして、ネルソンの料理の練習は無事終了した。
___________
21時15分。
少しだけ開けた窓の隙間から涼しい風が入ってくる。
ウィルソンは自室の机に向かい、アイラに貰ったバクラヴァのレシピに目を通していた。
部屋の照明は着けていない。
机に置いてあるスタンドライトの灯りだけ。
コンコン…、と扉をノックする音。
「…どうぞ?」
ご丁寧にノックをしてから部屋に入ろうとする人なんて、うちのサーカス団に居たかなぁ…。
と僕は戸惑いながら返事をした。
「まだ、起きていますか?」
扉を少しだけ開けて部屋の中を覗き込んできたのはルシアさんだった。
「…うん、もう少し起きているけど…、どうしたの?」
ルシアさんと対面で会話をするのは初めてだ。
座っている椅子の向きを変え、ルシアさんの方に身体を向ける。
ルシアさんが静かに部屋の中に入り扉を閉めた。
「"お兄ちゃん"と…お話しがしたくて」
「お兄ちゃんって…僕のこと?あ、ごめん。暗いよね。照明着けるね」
「このままで、大丈夫だよ」
「…そう?」
窓から差し込む月明かりとスタンドライトの明かりだけ。
僕はルシアさんとは初対面のはずだけど、お兄ちゃんなんて呼ばれるような接し方もしていない。
「僕のこと、知ってたの?」
「うん、ずっと前から知ってるよ。私が生まれる前から…」
「それって…、どういうことなんだろうか…」
話がよく見えてこない。
生まれる前から知ってるって…。
「君のお母さんは…誰なの?」
ルシアさんは椅子に座る僕にゆっくり近づいてくる。
磁石のように反発する感覚はもう無い。
けど、こめかみの辺りがジリジリと痛む。
「私のお母さんの名前は、カリーナっていうの」
「……ぇ…」
何を言っているのか理解が出来なかった。
確かに今は妊娠中でもうすぐ出産予定だ。
でも、こんなに大きな子どもが居るなんて、あり得ない。
「私が、未来から来たって言ったら、信じる?」
「みら…い?」
信じがたい話しではあるけれど…。
「私のお母さん…、私が4歳の時に死んじゃうんだ~、私ね、お母さんのこと大好きだから、死んで欲しく無いの。だからウィルソンお兄ちゃんに助けて欲しくて」
「僕が…助ける?」
目の前の10歳ほどの少女の、子どもの様な無邪気な笑顔には、悲しみと哀れみが交差する。
ルシアさんが未来から来たと言うなら、僕にこれから起きることも、知っているってことなの…かな?
「じゃぁ…どうしてカリーナは死ぬことになるのかな?」
今は実際、ちゃんと生きているカリーナの、亡くなる時の話なんて、正直聞きたくないけれど…。
「お母さんが死を決意したのは、ウィルソンお兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんの結婚が決まったから…かな」
「アリシア…と」
ルシアさんにはアリシアのことなど話していないはずなのに、"アリシアお姉ちゃん"と親しげに呼んだ。
僕とアリシアが結婚することは、カリーナにとっては死を選んでしまうような、絶望的な…こと。
「私は…、ウィルソンお兄ちゃんが、お母さんを助けてあげられなかった未来から来たの」
「僕の行動で…カリーナが死なないで済むってことなの?」
ルシアさんは何も言わず、こくりと頷いただけだった。
僕にしか伝わらない頭の中での会話。
磁石のような反発は、決して交わることの無い世界線の存在だからなのか…。
はっきりした答えなんて分かる訳もなく…。
「ほら…、もうすぐお母さんから着信が来るよ」
「…え?」
と優しい笑みを浮かべ、机の上の僕の携帯電話を指差したルシアさんの身体は、白い光に包まれみるみる薄れていく…。
ピリリリリリリ―、と着信が鳴る。
着信画面にはカリーナの名前と電話番号が記されていた。
「…また後でね。ウィルソンお兄ちゃん」
「ちょっと待っ―」
蛍が飛び立つように無数の光が天井まで舞い上がり、にっこり笑ったルシアさんは、そのまま姿を消した。
鳴り続ける着信音。
本当にカリーナから着信が来た。
「もしもし?カリーナ?」
「"ぁ…、ウィルソン…出て…くれた…"」
聞き慣れたカリーナの声。
でもその声は息が荒く苦しそうな弱々しい声で。
「どうしたの?苦しそうだけど…」
「じ、陣痛…来た、みたいなの…。はぁ…ぅ、ウィルソンに…傍に居て欲しいなぁ…なんて…ね」
「カリーナ!しっかり!今どこに居るの?!」
「シンクローズの…総合…病院…に来て…欲しいなぁ…、っ!…お願い…します…」
「わかった!」
カリーナに一言そう告げて、僕は部屋を飛び出した。
__________
「カリーナ!車の準備は出来たからな!もうすぐだからな!しっかり!」
カリーナの最初の陣痛が始まり30分が経つ。
産婦人科の先生から聞いた予定日より、6日も早く陣痛が始まった。
病院へ向かうため、ガレージから車を出してすぐ移動出来るように、玄関の前に駐車したグラジス。
「ごめんね…ありがとう…ダーリン…」
カリーナはスマホを片手にお腹を擦りながら深呼吸をする。
陣痛には波があると聞いた。
会話をする余裕が出て、カリーナの表情は和らいでいる。
初めての出産、初めての陣痛。
産婦人科の先生の話で聞いただけで、想像も付かない。
ダメだ。カリーナが陣痛の痛みに耐えているのに、俺がしっかりしないでどうする!
「歩けそうか?」
「ちょっと…怖いかも」
引きつった笑顔のカリーナ…。
無理はさせない方が良い。
椅子に腰掛けた状態のカリーナの横に膝立ちになり太ももの下と背中の下に腕を入れ身体を密着させる。
「ゆっくり、深呼吸してろ」
「…うん」
カリーナの身体に負担を掛けないよう、ゆっくり身体を持ち上げお姫さま抱っこをする。
「ごめんね」
「謝るなよ。当たり前だろ夫なんだから」
玄関の扉を開け、車の後部座席に仰向けに寝かせ、ブランケットを掛けた。
「ありがと、ダーリン」
「大丈夫だ。俺がついてる」
カリーナの頬にキスをして、運転席に乗り込んで車を走らせる。
____________
ウィルソンは2階の自室から1階のラウンジに顔を出した。
お風呂から上がり、髪を乾かし終わったであろうシエルとリオン、そしてキースがサラミを肴に晩酌を始めようというところだった。
「キース!お願いがあって!」
「どうしたウィルソン。そんなに慌てて…」
「カリーナが陣痛来たって…。シンクローズまで来て欲しいって!」
「え!カリーナが!?ついに出産かぁ」
「マジかよ…」
「そうなんだ。キース、運転頼めないかな…」
「うっ…。しょうがねぇか、急用だからな」
酒の入ったグラスに口を付けようとしていたところをなんとか踏みとどまったキース。
「私たちも行こうよシエル!」
リオンが催促する。
「ダメよ。私たちが付いて行っても…邪魔なだけでしょ」
「なんでよシエル~」
「カリーナには私たちの連絡先も教えてる。でもウィルソンにしか連絡が来ていないってことは…、そういうことでしょ?」
「まぁ、カリーナならあり得るな」
「お願いねキース。シンクローズまで!」
「おう!ナビは頼んだぞウィルソン」
「わかった。ありがとうキース」
キースがソファーから立ち上がり、二人でラウンジを離れようとした時だった。
「ウィル!」
シエルに呼び止められた。
「うん?」
「あんたには、アリシアちゃんが居るんだからね。しっかりしなよ!」
冗談気の無い、真剣な表情でシエルは言った。
「…わかった!」
シエルからの言葉の意味は"ケジメを付けろ"ということだと分かった。
ウィルソンとキースは宿舎を出て、車に乗り込んだ。
カリーナが待つ、シンクローズを目指して夜道を進む。
車での移動中も10秒程の陣痛が2回あり、その度にカリーナは後部座席で悲痛な声を漏らす。
「大丈夫、大丈夫。カリーナは強い子だから」
「…うん」
車を走らせること15分。
シンクローズ総合病院の正面入口に付いた。
「ゆっくりで良いからな。身体起こせるか?」
「痛みにも慣れてきたから…、歩いてみるね」
「…そうか」
カリーナの額に汗が流れる。
"無理するなよ"や"頑張れ"のような励ましの言葉は、これから出産を迎えるカリーナを不安に追い込んでしまう。
手を引いて、傍に居てやることしか出来ない不甲斐なさに駆られる。
時計の針は21時47分を指していた。
昼間の様子とは違い閑散とした院内をゆっくり歩く。
総合案内窓口で受け付けをして、エレベーターで3階に上がり、産婦人科のナースステーション前のベンチにカリーナを座らせる。
「入院手続きしてくるからな」
「うん…、ありがとう」
"必ず…来てくれるよね…
待ってるからね…ウィルソン…"
_____________
「ここからシンクローズまで何㎞あるんだ」
「286㎞ってナビには出てるよ。シンクローズ到着まで5時間50分だって」
「おぉ…出産なんて良く分かんねぇけど、着いた頃にはもう生まれてんじゃねぇか?」
「そう…かもね」
車も疎らな夜の国道を走る。
移動距離や時間をナビで改めて記されると、気が遠くなるような気分になる。
馬車使って移動していた時は、街から街まで短距離の移動だけで済んだため、距離や時間を意識したことがなかった。
「ごめんねキース、無理を言って運転してもらってるんだから、休みながらで良いからね」
「まぁ、200㎞以上走るんだから燃料も足りねぇよ。給油のタイミングで少し休憩するさ」
扇形のアナログメーターのメモリの針は2/4辺りを示している。
「シエルはあぁ言ってたけどな、決めるのはお前だからな。カリーナとこれからどういう付き合いをしていくかは」
ウィルソンとカリーナが昔から仲が良いのは、サーカス団の全員承知の上だ。
だから、第三者の俺たちが"もう会うの辞めろ"と止める訳には行かないんだ。
「これさ…、僕ひとりで決めて良い問題じゃないと思うんだよ…」
「ケジメが着けられないからズルズルと今もこうしてウィルソンに会いに来る、カリーナが悪いって?」
ウィルソンとキースしか居ない車内。
ウィルソンの沈黙で暗く静まり返る。
「そうじゃなくてさ…」
「カリーナもリズワルドの仲間であり、"家族"だって言いたいんだろ?お前は」
ずっとゴードン団長の傍に居たウィルソンはしっかりゴードン団長の意思を継いでいる。
"どんなに離れていようが忘れない限り俺たちゃぁ家族だ"
不意に団長の言葉を思い出す。
「ルシアさんが言っていたんだ。僕の言葉でカリーナの運命が変わるって…」
「ルシアさん?…誰それ」
「え…」
再び車内に沈黙が流れる…。
_______________
その頃、リズワルド宿舎のラウンジでは…。
「どうした?お前らぽけーっとして…」
「キースは居ねぇの?晩酌してたんだろ?」
ネルソンとマイルがラウンジに顔を出し、ソファーに座るシエルとリオンに話し掛けた。
「カリーナに陣痛が来たから、シンクローズの病院までキースがウィルソンを送って行っちゃったよ」
右手に持ったお酒の入ったグラスは結露して汗をかいている。
リオンが天井に目線を向けたまま、無気力な話し方をする。
「ねぇマイル。私たち。今日1日…誰かと一緒に居た?」
リオンに続いてシエルも上の空でボソッとマイルに聞いた。
「誰かって何?昼飯食って、スタレ行って、墓参りしただけ…だろ?」
「本当に、それだけだった?」
「どうした姉さんもリオンも…」
「そういや俺もさ…」
ネルソンもソファーに座りテーブルの上のサラミを一枚取り、口に入れ話し出した。
「明日の朝ペペロンチーノ作る約束してた…よな?」
「そう…だったわね」
「さっきウィルに教わってたペペロンチーノは旨かったぞ」
マイルもネルソンの横に座りサラミを手に取った。
L字型のソファーは4人が座り、埋まった。
「俺さ…、何であんなに料理したいって思ったんだろうな…」
「"団長として決意した証に"じゃなかったっけ?」
マイル以外の3人は、何か心に穴が空いたような、ついさっきまでの温かい気持ちが急に冷め切ったような、頭の片隅にも残っていない、思い出せない虚無感にさらされていた。
「さっきシエルと一緒にお風呂入った時…、他に誰か…居た?」
「やめてよ…。2人だけ…だったでしょ…」
本当に、ついさっきまで…。
「墓参りなんて慣れないことしたから疲れたんだろ?寝ろよ。晩酌終わり!…な?」
3人の落ち込みようは普通じゃないのはマイルにも分かった。
が、マイルの心にも引っ掛かる、忘れてしまった思い出せない何か…。
「…うん。片付けようリオン…」
「そうだね…。明日のペペロンチーノ楽しみにしてるね、ネルソン」
「ぉ…おぅ」
_____________
「ネルソンが森の中で助けた女の子だよ。リズワルドに入団したいって志願しに来たでしょ?」
「今日1日そんな奴居たか?墓参りの時は?」
「…そんな…」
信じられないキースの言葉に動揺してしまう。
ルシアさんの事を覚えていない?
まだ生まれていない存在だからなのか?
じゃぁ5年前にネルソンが助けたのって…。
「ネルソンもアイラさんも可愛がってた小さな女の子だよ…。キースも会ったんでしょ?5年前に…」
キースとリオンとネルソンは同じ遠征組だったから、会っているなら今の時代に生きているんじゃないのか?
「5年前の話だろ?ネルソンが蛇に噛まれたの。
なんでその子が今になってリズワルドに来るんだよ。宿舎の場所なんて教えないだろ、ネルソンだぞ」
信号機が赤に変わりブレーキを踏む、前方の車との車間距離が縮む。
「…そうだね」
じゃぁ、カリーナをお母さんと呼ぶあの子はいったい何なのか…。
「ちょっと寄り道してみるか?車で移動してるんだから時間かからねぇだろ?」
「寄り道?どこに?」
「"サリスキン"って街だ。ネルソンが女の子を助けた森がある。ナビで調べてくれ」
「分かった」
キースに言われた通り、"サリスキンまで"と検索をかける。
「今居る地点から122㎞、2時間18分だって」
「よし!決まりだな」
___________
入院手続きが終わり、個室の病室に案内される。
「次の陣痛までの間隔が短くなって来ますので、5分間隔で長く痛みが続くようになったら、分娩室に移動しましょうね」
「はい、宜しくお願いします。座ろう、ゆっくりな」
「うん」
ベッドにカリーナを座らせる。
「急変や破水が起きた場合でも、慌てずに、ナースコールで呼んでくださいね。余裕があれば食事を取っても構いませんよ。出産は体力勝負ですから、一緒に頑張りましょうね」
「ありがとうございます」
優しく寄り添ってくれる看護師の言葉に励まされる。
看護師が軽いお辞儀をして退室した後、病室に2人だけの緊張と恐怖の混じった空気が流れる。
「…売店で何か買ってくるから、何か食べたい物はある?」
「もうちょっとだけ…、傍に居て…」
ベッドに座ったカリーナが不安げな上目遣いで顔を覗く。
「うん」
カリーナの横に座り、腰を擦る。
「名前、何にするか決めた?」
「まだ…、顔見てから決めようかな…なんて」
これから出産を迎えるカリーナを少しでもリラックスさせるための他愛もない会話。
「あ、トライフル!」
急に何か思い出したかのように声を上げるカリーナ。
「トライフルちゃん…って名前?」
「ぁ、違う違う…。今食べたい物だよ…。無いならプリンでもゼリーでも良いよ?」
なんだ…、そんなことか。
と安心して少し笑みがこぼれる。
「分かった。買ってくるから、横になって待ってな」
「うん、ありがとう」
カリーナの頭をポンポンと手を乗せ、顔の輪郭に合わせ頬を親指で撫でる。
緊張がほぐれたのか、柔らかい微笑みを浮かべ見送るカリーナに小さく手を振って、病室のスライドドアをゆっくり閉めた。
カリーナを病室に1人残してしまうから、ナースステーションの看護師に数分ほど抜けることを伝え、1階の売店に向かった。
第1部 RESTART 終 第2部へ 続
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