第4章 第1部 エーデルワイス


リズワルド楽団を脱退し、故郷のお屋敷で

"パイユ•ド•ピエロ"をオープンしたウィルソン•ウィンターズと港街で出会った少女、アリシア•クラーベルのその後の物語である。


お店のオープンから2年の時が経ったある日―。


時刻は8時40分。

リズワルド楽団の双子姉弟の姉、シエルが

屋敷の廊下を歩いている。

キッチンのドアの前を通り掛かるとキッチンから声が聞こえてきた。

 

~脳内BGMはお色気系で~


「…ゆっくりで…いいんですよ…、焦らないで…、優しくです…」


「すごい…、どんどん…膨らんできたぁ…」


「…わ、わたし…、なんか熱くなってきちゃった…」


「ウィルの…、もっと大きく…してあげるね…」


「そんなに大きいの…入りませんよ…」


(えぇ~!!…キッチンで何やってんのぉ??)

シエルがキッチンのドアに近づき聞き耳を立てる…。

(ま、まさかねぇ…)

「…シエルお姉ちゃんも…呼ぶ?…」

(えっ、私?…)


「みんな…でやった方が…、楽しいよね…」


「シエルさんも呼んで…一緒にハメましょう…」


「私…、ウィルの…、もっと欲しい…」


「わたしも…欲しい…」


バタン!

「アリシアちゃん!まだ早い……よ?」

シエルが勢い良くキッチンのドアを開け、キッチンの中に入る。

キッチンのダイニングテーブルに集まる、アリシア、マリー、リオンの姿があった。

「あ、シエルお姉ちゃん。今呼びに行こうと思っていたの」

「シエルも作らない?バレンタインデーのお菓子」

「…ぁ……、お菓子ね……」

はは…、私はいったい何を想像していたんだろう…。

「はい、シエルさんのエプロンです」

マリーからエプロンが手渡される。

「あ、ありがとうございます…」


今日は2月13日、バレンタインデーの前日であり、ウィルソンの20歳の誕生日。


「今ね、チョコチップマフィンを作ってるんだぁ」

オーブンで焼き上がったのは小さな紙カップに入ったチョコチップマフィン。

鼻の頭に小麦粉を付けたアリシアがマフィンをもってシエルに近づく。

「あら、すごく美味しそう」

「えへへ…。あとは可愛くラッピングをして完成だよ!」

「シエルはどうするの?ウィルソンにあげる物決めてる?」

リオンがシエルに聞く。

「ウィルはねぇ…、クッキーやケーキよりチョコレートが好きなのよ、あぁ見えて。だから…、"ウィスキーボンボン"なんてどうかなぁ…、

ウィル今日誕生日じゃない?20歳だし、お酒の入ったチョコレートとか」

「いいねぇ!お酒入りチョコレート!」

リオンがシエルの案に賛同した。

「ウィスキー…ボンボン?」

初めて聞く名前に、アリシア頭の上に?が浮かぶ。

「アリシアさんはまだ食べられませんが、一緒に作ることは出来ますから、楽しみにしていてくださいね」

マリーがアリシアにもお酒入りチョコレート作りを楽しんでもらえるように優しく話す。

「うん!私はマフィンのラッピング終わらせちゃうね!」

アリシアはピョンピョン跳ねながらテーブルに戻る。

「じゃぁリオン、一緒にチョコレートに入れるお酒買いに行こう!」

「OK!行こう行こう!」

リオンは着ていたエプロンを脱ぎ、キッチンを出ていくシエルの後を付いていく。

「気をつけていってらっしゃいませ」

マリーが2人を見送る。

「さぁ、私たちはマフィンのラッピング頑張りましょうね」

「うん!」

______________


シエルとリオンはお屋敷の正門を出て、坂道を下りていく。

「チョコレートの中に何のお酒を入れるか、だよねぇ…」

「20歳のお祝いも兼ねて、ワインなんてどう?」

リオンがチョコレートの中に入れるお酒を提案する。

「ワインかぁ…、私ワイン苦手なんだよねぇ…」

「いや、別にシエルが食べるチョコレートじゃないし…、ウィルソンにあげるんだから」

「でも味見はするでしょ?リオンを食べたいよねぇ?」

「まぁ…、食べてみたいけど…」

「私はねぇ、梅酒が好きかなぁ」

「あ!分かる分かる。あれでしょ」

「「ゴードン団長の梅酒!」」

2人が同時に発した言葉は見事に一致した。

「団長室の本棚に隠してあるのよね。それを団長はおちょこで一杯飲んでから寝るのよ」

「そうそう、団長が寝た後に忍び込んで、飲みに行ってたなぁ…、懐かしいね」


―「おい~!誰だ俺の酒飲んだやつぁ!希少な酒なんだから遠慮しろよなぁ!」

「"飲むな!"じゃないんだね…」

「ごっつあんです団長!」     ―


「懐かしいね…。もうすぐ5年かぁ」

「今度サンクパレスに帰ったら、お墓参りに行かないとね」

「そうね…」

楽しかった思い出は何年経っても薄れることはない。笑い話にして盛り上がれば、団長もきっと喜んでくれるわよね。

「その梅酒をチョコレートに入れたら良いんじゃない?」

「そうしよう!酒屋さんならなんでも揃っているから、見つかるかもね」

「試飲し過ぎて泥酔なんてしないでよぉ?」

「大丈夫だよ。 …たぶん……」


※お酒は20歳になってから。


シエルとリオンは坂道を下り、市街地にある酒屋を目指し歩く。


_____________


時刻は13時50分。


「「ありがとうございましたぁ、またお越しくださいませぇ」」

食事に来られた最後のお客様を、

マリーとウィルソンが玄関で見送る。

ウィルソンがシェフを務める"パイユ•ド•ピエロ"は、

open10時30分、lastorder13時45分、

close14時00分となっている。

予約制で18時から21時までディナーも楽しめる。

リザベートの街人以外にも、他の街からも足を運んでお客様が来店する。

客足が途絶えないのはとても有り難い。


アリシアはリビングルームで客席のバッシングを行っている。

マリーが玄関先に出すcloseの看板を準備する。


ガチャ、カランカラーン

「ウィルソーン、居るー?」

「カリーナさん、こんにちは~いらっしゃい」

突然ドアを開け入店してきたカリーナにマリーが挨拶をする。

「こんにちはマリーさん」

「カリーナさんいらっしゃいませ~」

聞き覚えのある声が聞こえ、アリシアが玄関に顔を出す。

「あ、アリシアちゃんにもこれ、バレンタインデーのクッキーだよ。マリーさんもどうぞ~」 

ピンク色の和紙袋とリボンでラッピングされたクッキーをアリシアとマリーに手渡す。

「わー、ありがとうカリーナさん!」

アリシアはお菓子を受け取りにこっと笑う。

「私まで頂いちゃってよろしいんですか?」

「良いんですよぉ、いつもお世話になってますからね」

「そうですか…、ありがとうございます」

マリーはお礼を言い、ペコっとお辞儀をした。

「待っててね、今ウィルを呼んでくるから」

アリシアがウィルソンを呼ぶためキッチンに向かった。


カリーナからのバレンタインのお菓子を受け取り、お礼を言い頭を下げたマリー。

カリーナのお腹が大きくなっていることに気づいた。

「どんどん大きくなっていますねぇ、今何週目に入ったんですか?」

「今、18週目にはいりましたね~、順調に育っているみたいですよ」

「それは良かったです~。楽しみですね」

3年前にホテルのオーナーである男性と結婚した

カリーナ。

その夫との間に子供を授かることができたのだ。


このお店がopenした当初は"週1で通うから!"と意気込んでいたカリーナだが、ホテルの仕事も忙しく、妊娠したこともあり、このお店への来店は月1回程に留めている。

年が明けた1月の上旬に妊娠の報告も兼ねて、

旦那さんと一緒にこのお店に足を運んでくれた。


「玄関で立ち話もなんですから、中に入ってください」

「は~い、お邪魔しまぁす」


#



ガチャ…、再び玄関のドアが開いた。

「たっだいまぁ!」

「いまかえったぞぉ!」

ふらふらになりながら肩を組むシエルとリオンが玄関に入ってきた。

「あ、シエルさんリオンさん、おかえりなさ―」


「おぉ~カリーナぁおはよおっ!元気そぅだねぇ!」

へろへろに酔っぱらうシエルがカリーナに絡む。

「ぉ…おはようシエル、リオン…、ごきげんだね…」

「いや~、良いお酒がいっぱいあってぇ、良いお店だったよぉ~」

「はぁいマリーさぁん、ちょこれぇとに入れる梅酒っ!買ってきたぜぇ」

リオンがお酒の入った茶色の紙袋をマリーに手渡す。

「あ…、お疲れ…様でした…、大丈夫ですかお二人とも…」

「だいじょ~ぶよぉ、げんきげんきぃ!」


タンタンタンと廊下を歩く音が聞こえてきた。

するとアリシアとウィルソンが玄関にやってきた。

「お待たせ~、ウィル連れてきたよ~」


「よ、おつかれウィルソン」

カリーナの可愛げのないフランクな挨拶。


「ありがとうカリーナ来てくれて、いつも思うんだけど…、前もって来る時間教えてくれても良いのにさ…」


「いやぁ~それは無理だぜぇ、こっちだってホテルの仕事シフト制だから空いてる時間で来てるんだしさぁ、大きくなるお腹さすりながら」

カリーナは自分のお腹の膨らみをポンポン叩きながら言う。


「妊娠してるんだから尚更連絡が欲しいんだよ。途中で何かあったら心配するだろ」


ウィルソンが優しい口調で注意する。

「やだ…、何それイケメン……惚れちゃう…」

「ぅえぇ!」

アリシアがカリーナの言葉に反応して、ウィルソンの顔を見る。

「なんてね、今日はあんたの誕生日だから、連絡しないで来たかったんだよ」


「来てくれたのは嬉しいけど、心配はするよ」

ウィルソンは特に慌てた様子もなく平然と話す。

「はぁ…」

アリシアが安心のため息をつく。


「カリーナさんのお腹どんどん大きくなるね…、いつ産まれるの?」

アリシアがカリーナのお腹を見つめ言う。

「順調にいけば5月27日だって」

「そうなんだぁ、お腹触っても良い?」

「うん、いいよぉ」


アリシアはカリーナに近づき両手をお腹に添える。


「…もう少しで会えるよぉ、お姉ちゃんたち待ってるからねぇ」


優しく微笑んでお腹に居る赤ちゃんに話し掛ける。

 

(((……か、…かわいい……)))


その光景を目の当たりにした一同は目の前の"天使"に悶絶する。

「もぉ~めっちゃかわいいねぇアリシアちゃあん!ぎゅ~!」

あまりの可愛さに耐えきれずカリーナはアリシアを抱き締める。

「わたしもわたしもぉ、ぎゅ~」

リオンも2人に近づきアリシアの背中に回り込み抱き締める。

「く、くるしぃ…」

カリーナのお腹とリオンにプレスされる形になり、声を漏らすアリシア。

「あらあら、大丈夫ですかぁ」

マリーがアリシアの腕を引っ張り救出する。


「ちょうど良いやぁ、カリーナも一緒にお菓子作りやろ~よ」

シエルがカリーナをお菓子作りに誘っている。

「お菓子作り?いいね!やるやる!」

カリーナが飛び付いた。

「何を作るか決めてるの?」

「えっとねぇ、ウィルためのウィスキーボ―」

「シエルお姉ちゃん!言っちゃダメだよ!」

アリシアが慌てて止めに入る。

「あ…、そうだった…、とりあえずみんなでキッチンに行こう」

「OK!行こう行こう~」

廊下を渡りキッチンへ向かう。


「ウィルソンはダメでしょ!お外で良い子にして遊んで来なさぁい」

カリーナがウィルソンを玄関に押し返す。

「子供かよ…」

キッチンに皆が入りキッチンのドアが閉まる。


ウィルソンは1人玄関に取り残された。

「…バレンタインだもんなぁ…」

ウィルソンはボソッと一言呟いて玄関を出て行った。

___________


~脳内BGMはお料理系で~

 マ「それではいきましょう。

 超簡単!ボンボンショコラを作っちゃお~!」

 シ「いぇ~い」

 リ「ぱふぱふ~」

用意する材料は、

•お好みのお酒150cc(今回は梅酒)

•寒天粉4g

•板チョコ200g(カカオ70%以上)

•生クリーム50g

•ココアパウダー適量

•無塩バター15g

•お湯(湯煎用)  •製氷トレー

•氷水(冷却用)  •手鍋

•ゴムべラ    •耐熱ボウル    

•絞り袋     •スケッパー   

•温度計         

           よろしいですかぁ?

 ア「は~い!」

 カ「材料もそんなに要らないんだね」

 リ「今日買った梅酒はアルコール15度だって」


•まずは、事前準備として製氷トレーを冷凍庫で冷やておきます。

無塩バター15gを電子レンジで20秒加熱して溶かします。

溶かしたバターを製氷トレーの表面に塗ります。

指にバターを付けて塗っても構いませんが、

ハケなどで塗っても大丈夫ですよ。

バターを塗った製氷トレーを冷凍庫で冷やしておきます。

 シ「準備は大事だもんねぇ」

•中に入れるお酒のゼリーを作ります。

梅酒150ccを手鍋に入れ、寒天粉を入れて混ぜ

溶かしたら火にかけ沸騰させます。

 ア「これがアルコールの匂い…酔いそう」

•沸騰したら火を止め、氷水を入れたボウルに手鍋の底を付け荒熱を取ります。

•荒熱を取ったお酒ゼリー液をコップなどに移して冷蔵庫で冷やします。

•次はチョコレート作りです。

板チョコ200g(4枚~5枚)を細かく割り、湯煎で溶かします。

•完全に溶けてトロトロになったチョコレートに生クリーム50gを2回に分けて入れ混ぜます。

•温度計でチョコレートの温度を計りながら40℃まで下がるのを待ちます。

•冷凍庫から製氷トレーを取り出し、溶かしたチョコレートを型に流します。

•1分間そのまま放置します、すると冷凍庫で冷した製氷トレーの型の表面のチョコレートだけが固まります。

•固まり切らないチョコレートをボウルに戻します。

•スケッパーで製氷トレーに付いた余分な

チョコレートを削ります。

•固まったお酒ゼリーを絞り袋に入れチョコレートの中に流し入れます。

 カ「その上からチョコレートで蓋をするから

  お酒ゼリーは型の7分目くらいにしないとね」

•チョコレートを流した製氷トレーを少し高い

位置から落とし、チョコレートの中の空気を抜きます。

•冷凍庫で1時間程、冷やし固めます。

•冷凍庫から取り出した固まったチョコレートに

先ほどボウルに戻したチョコレートを上から

流して蓋をします。

•冷凍庫に入れ1時間後、製氷トレーの型から

外します。

(外れにくい時は、湯煎で製氷トレーの底を温めてくださいね)

•型から外したチョコレートにココアパウダーをまぶして完全ですぅ。

 マ「どうでしたか。わかりやすかった

   ですかねぇ」

 カ「うん、私にも作れそうだよ」  

•あとは可愛くラッピングしちゃいましょう。

 ア「みんなも作ってみてね!キラッ☆」

 リ「誰に向けて言ってるの?」 


※お酒は20歳になってから。


______________


時刻は18時20分。

「じゃぁ、私は帰るね」

カリーナの帰宅する時間になり、

ウィルソンとシエルが玄関で見送る。

「夜ご飯一緒に食べていけばいいのに…、

まぁしょうがないんだけどさ」

「明日も仕事あるからね…、また今度ね」

「気をつけて帰るんだよ。無理してお腹に負担かけないようにね」

「ありがとうウィルソン。はい、これ誕プレ」

カリーナはショルダーバッグから小さな紙袋を出しウィルソンに手渡した。


「ありがとうカリーナ」


「SKRGENじゃん!腕時計でしょ!」

紙袋に書かれた文字を見てシエルが飛び付く。

「そうそう!腕時計だよ!大事にしてねウィルスソン!」

「腕時計か、ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「うん、そうして。

じゃぁ、また近いうちに来るからね、バイバイ」

「バイバ~イ」

玄関のドアを開け、カリーナは帰って行った。


「よーし!ウィルの誕生日会だぁ~、じゃんじゃん飲むぞ~」

「さっきまでへろへろだったじゃん…」


3階にいるマイルとキースを呼びに行くため、シエルとウィルソンは階段を上がっていった。


____________


ウィルソンの父親であるダグラスが収容されているリザベート刑務所では、ウィルソンの母"メリル"が面会に訪れていた。

リザベート刑務所では月2回、30分間の面会が認められている。


受刑者側と面会人側とアクリル窓1枚の隔たりで仕切られたこの部屋での面会は、

形見の狭い私にとって…、何度と面会を重ねても、心の距離を詰めることはできないでいる。

情けない男だ…。


「今日でウィルソンは20歳になったんですねぇ…」

「そうだな…。お互い、実感が無いな…」

いまだに目を見て話せていない…。

毎月では無いが、メリルが私の面会に来る時はいつも楽しそうにウィルソンの話を聞かせてくれる…。

「つい最近再会したばかりようなものですからね…」

メリルには、アリアとの間にダニエルという息子がもう1人居たことは伝えていない。

ウィルソンという一人息子だけだと思っているだろう。

ダニエルとアリアの死も、私だけが背負えば良いのだから、これからも打ち明けることはしなければ…、この面会も続くが…。


「すまない…、ずっと独りにさせたな…」


「どうしたんですか…、私たちはちゃんと話し合ってから離れて暮らしたんじゃないですか…」

「それは…、そうだが…」


「ウィルソンが大きくなって帰ってきてくれた…、私はそれだけで幸せです…。

ダグラスさんは…、嬉しいですか…」

「私だって…、ウィルソンに再会できたことは嬉しく思う…。だから…もし…」


「はい…」


これから…、やり直しが利くのであれば…。


「もう一度。やり直さないか…私と」


「いまから……それを言っちゃうんですね……、

ほんと…、いつも勝手に決ちゃう…、罪な人ですね…」


そこが私の悪い癖だ…、また悲しませることになるな…。


「…いや…、すまない…、こんなことを言えた柄じゃないな…、忘れてくれ」


「…いいえ……、嬉しいです。…ありがとうございます…。…私は…、ずっと待っていますよ…、ずっと…」


「そうか…」


「では……面会時間も終わりなので…」


「あぁ…、気をつけて帰れよ」


「………はい」


メリルは椅子から立ち上がり、手記を取る看守の指示で面会室を出る。

その後ろ姿をダグラスは静かに眺める。

面会室のドアが閉まる。

メリルは面会室の前の壁に寄りかかる。


…その言葉を待っていたわけじゃ……

…ないけど…、…言ってもらえて…良かった…。


長い間独りにだったメリルの心に、暖かいな日差しが射す。


…あぁ……、神様…。…私……もう少しだけ……

夢を見ても……良いですか……。


メリルはしゃがみ込み、声を抑え涙を流す。

涙を拭うその白い華奢な手首には、何度も命を絶つことを考えたリストカットの傷痕の数々。


この刑務所に手作りのパンを届けることで

落ち込む気持ちを紛らわし、

無理にでも明るく振る舞っていないと

平常心を保っていられなかった…。


行方の解らない最愛の息子へ宛てた手紙は、

何度も涙と血で濡らし、何度も書き直し

踏み止まることのできたメリルの生命線だった。


もう…寂しい思いはしないで良いんだね…

……あなたのおかげだよ…、ウィルソン……

あなたは……私の宝物だよ……。


#


「「かんぱ~い!!」」


19時30分、ウィルソンの20歳を祝う誕生日会がリビングで行われていた。


「いや~、今日でウィルソンも20歳かぁ、これで俺たちの仲間入りだな!」

キースが缶ビールを片手にウィルソンの肩に腕をまわす。

「おかげさまで20歳だね、ありがとうキース」


「ウィルはこの屋敷の"大将"だから、これからもっと頑張ってもらわないとな!ほら飲め20歳!」

ウィルソンの持っている烏龍茶のグラスにビールを注ごうとするマイル。

「いや、まだ烏龍茶入ってるからこれ」

グラスに手で蓋をしてビールを注ぐのを阻止する。


「はいウィル!お誕生日様のケーキだよ!」

アリシアがホールのバースデーケーキを取り分け、皿に乗せ持ってきてくれた。

「ありがとうアリシア」

「えへへ」


「お?いつから"ちゃん"付けじゃなくなったんだよ」

マイルが2人に聞く。

「いつからだと思うマイルお兄ちゃん」

アリシアがマイルの質問を質問で返す。

「え?…このお店がオープンした時から?」

「ぶっぶー!違いまぁす」


「アリシアの誕生日だよ。9月25日」


「あ~、確かめっちゃお店忙しかった時期だったから10歳の誕生日会してなかったもんなぁ」


「庭園で食事するお客さんも多かったぜあん時は…、最後ら辺から腕上がんねぇの」

庭園で客寄せをしてくれていたキースが当時の状況を吐露する。

「9月23日から28日まで予約で埋まってたからねぇ…」


「私が誕生日会とかプレゼントは要らないから、"今日からアリシアって呼んで"ってウィルに頼んだの。ねぇ~」

「そうだったね」

アリシアとウィルソンが顔を見合わせる。


「「なんだ、ただの"天使"か」」


キースとマイルが同時にビールに口を付ける。

「て…、てんしじゃないですぅ」

顔を赤くして慌てるアリシア。

「アリシアちゃんも今日からウィルのこと"ダーリン"呼びにしてみたら良いんじゃないの?」

シエルがアリシアに提案する。

「それ本人を前にして言うの?」

とウィルソンがシエルに言う。

「ダ、ダーリンは……まだ早いっていうか…、

キャラじゃないっていうか…」  

アリシアがダーリン呼びを渋る。


「は~い!ウィルソンのチョコレート完成したよ~!」

キッチンからリビングにやってきたリオンの手には長方形の黒色の陶器皿。

皿の上にはココアパウダーを纏った一口サイズのチョコレートが縦8×横3の配置で盛られている。

「お、きたきた~!」

「食べたらビックリするよ~」

「ウィルのためにみんなで作ったんだぁ」

リオンがテーブルに置いたチョコレートのお皿をアリシアが持ち、ウィルソンの顔の前に差し出す。

「チョコレート?さっき閉め出されたときに作ったんだね、ありがとうみんな」

「俺たちも食べて良いんだろ?いただきまぁす」

マイルが我先にチョコレートを指でつまみ取る。

「あんた…ウィルが先でしょ普通…」

シエルが呆れ顔で注意する。

「ウィルもはい。あ~ん」

アリシアがチョコレートを一粒取り、ウィルソンの口に運ぶ。

「あーん」

…みんなの前でやるの恥ずかしいんだけど…。


「もっと詰めちゃえ詰めちゃえ!」

追加してシエルが3粒をウィルソンの口に入れる。


ギーンゴーン…。  


玄関のチャイムが鳴った。


「私が見て参りますね」

マリーが立ち上がり玄関に向かう。


玄関のドアを開けた。

「こんばんは~、賑やかですねぇ」

「メリルさん、こんばんは。

ちょうど今、坊っちゃまのお誕生日会を開いておりました。どうぞ、お入りください」

「はい、お邪魔します」

マリーとメリルがリビングに向かうと…。


「かっらー!!なんだよこのチョコ!

めっちゃ辛い!」

マイルはチョコレートを口にした途端、顔を真っ赤にし、喉を抑えていた。

マイルの顔から滝のように汗が吹き出る。


「あはは、それ当たり~。中にハバネロソース入れといたんだよ~」

リオンがマイルの様子を見て嘲笑う。

「…なんでそんな物……中に」


「ただチョコレート作っただけじゃつまらないからロシアンルーレットにしてみたのよ。食べてからのお楽しみよ」

シエルがチョコレートについて補足して説明する。

「へぇ~、面白いそうじゃん。俺もも~らい」

キースがチョコレートを取り、口に入れる。

「ん?なんかゼリーみたいなの入ってる…梅酒か?」

「そう。梅酒のゼリー入れたやつが本命」


「ウィルはどうだった?」

アリシアがウィルソンの顔色を伺う。

「………」

うつ向いて反応がない。

「大丈夫ですか坊っちゃま…、

…私は"やめた方が…"って言ったんですよ?…」

マリーもウィルソンの傍に駆け寄る。


 「……ほんと……かわいいったら……」


「ウィル?…」


「ないわねぇーー!もう食べちゃいたいわぁ!」

トロ~んとした目。

真っ赤な顔と妖艶な口調。

完全に人格が変わったウィルソン…。


「あ、効きすぎちゃったかな?」

「他に何入れたの?!シエルお姉ちゃん!」


「アリシアちゅ~しよ、ちゅ~」

ウィルソンは口をすぼめチューの口にしてアリシアに迫る。

アリシアは両腕を突っ張り棒のように伸ばし、ウィルソンの接近を阻止する。

「え?…ハバネロと梅酒とスッポンの血?」

「…お前らチョコレートに入れるもんじゃねぇからな!げほっげほ」

マイルが辛さに咳き込みながらツッコム。


ウィルソンの顔がスロットマシーンのように切り替わる。

「俺のもんだぜ……アリシア…」

ウィルソンのと唇の距離、30cm。


……あ、…でも…これは夢にまで見たシチュエーション……。

……ウィルと…キス……出来るんだぁ…。


アリシアもゆっくり目を閉じ、突っ張っていた腕の力を緩め――。


「アリシアちゃん伏せてぇ!」


  ズビッシャァアアン!!!


ウィルソンの横っ面にバケツの水をぶちまけたのはメリルだった。

水の衝撃により、

ウィルソンは横に倒れ気を失った。

近くにいたマイルにもバケツの水がかかってしまった。

「あらぁ、ごめんなさいマイルさん。辛いの収まったかしらぁ…」

「あ……これはどうも…」


「アリシアちゃん唇は無事ぃ?!」

メリルがアリシアのほっぺをむに~と引っ張り、目を覚まさせる。

「ふぇ?…あ、はぃ…」

「こんな酔っ払いに大切なファーストキスを

奪われて良いのぉ!?

ぜっったいシラフの方が良いでしょぉ??」

「え?…ま、…まぁ…」

酔っ払いでも良かったかのように目が泳いでいるアリシア。

横たわっているウィルソンの胸ぐらを掴むメリル。

「こらぁ~しっかれしろよ~ウィルソ~ン」

メリルの目がトロ~んとし舌も回らなくなっている。

「あれ!2粒減ってる!」

「お母さんもチョコ食べたんだね…」

キースとリオンがチョコレートが減ってることに気づいた。


「お~き~てよ~ウィルソン~ママがきたよ~」


ぐわんぐわんとウィルソンの頭を揺さぶるが一向に起きる気配がない…。


お酒に激弱だったことが判明したウィルソンの

お酒デビューは、たった4粒のチョコレートを食べたことにより眠ってしまい呆気なく幕を閉じた…。


____________


次の日、時刻は13時15分。

寝室のベッドの上で目を覚ましたウィルソン。

壁に掛けられた時計の時刻を確認する。

「えぇ!ヤバい!お店が!」

昨日のチョコレートを口に入れた後からの記憶がない…。

ウィルソンはベッドから飛び起き寝室の扉のドアノブに手を掛け――。

 …コンコン

扉をノックする音ともに扉が開いた。

「あ、坊っちゃま。おはようございます」

寝室に顔を出したのはマリーだった。

「ごめんマリー…。全然起きれなかった……

…お店は?…」

「無理なさらず休んでください。今日はメリルさんもシエルさんもお店を手伝ってくれています」

「…そうなんだ……」

「今は8名のお客様がお見えですよ。

坊っちゃまはお身体大丈夫ですか?」

「いや……なんともないけど……」

「そうですか……良かったです」

マリーは優しく微笑んだ。

「アリシアを呼んできてもらえる?」

「あ、はい。お待ちください」

と言いマリーは扉を閉めた。

ウィルソンはベッドの端に腰掛け、昨日の記憶を思い返す。 が、思い出せない…。


―待つこと10分。


扉が開いた。

「おはようウィル。呼んだ?」

「ごめんアリシア…急に呼んじゃって…」

「ううん、大丈夫。いま休憩入ったとこだから」

………少しの沈黙…。

「原っぱ…行こっか…」

「え?あ、うん…」


ウィルソンはコートとマフラーを羽織り、

アリシアはカーディガンとポンチョを羽織り

外へ向かった。


外の気温は-3℃。

太陽が雪の積もった原っぱを照らす。

くるぶし程まで積もったサラサラな雪。

はいた息が白くなる。

ウィルソンは右側、アリシアは左側を手を繋いで歩く。

ウィルソンの右手には紺色の小さな紙袋。

アリシアの左手にはお気に入りのショルダーバッグを持っている。

「…女の子に贈り物をするってあんまり機会がないからすごく悩んだんだけどさ…、

気に入ってくれたら嬉しいな…」

ウィルソンが右手に持っていた紙袋をアリシアに手渡す。

「あ、待って私が先に渡すね」

ウィルソンからの紙袋を受け取らず、アリシアはショルダーバッグからリボンでラッピングされた赤い箱を取り出した。

「はいっ。バレンタインデーのマフィンだよ。

…昨日頑張って作ったの」

バレンタインデーにお菓子を贈ることなんて、

今までなかったから…、すごい…、

心臓がぽくぽくいってる……恥ずかしい……。

「ありがとう。後でゆっくり食べるね」

「…うん」


「じゃぁ僕からも。

はい、アリシア。受け取ってくれますか」

「はい……これはなぁに?」

「開けてみて」

紺色の紙袋の中には貝殻をモチーフにした

純白のジュエリーケースが入っていた。

「"ピンキーリング"なんだけどさ…、

僕と一緒に付けないかなと思って……、

アリシアの10歳のお祝いも兼ねて…」

ジュエリーケースを開くと小さな指輪が2つ並んでいた。

「…………」

「ぁ、嫌なら無理しなくていいからね」


「…ううん……すごく………うれしいです…」

顔を上げたアリシアの瞳は潤み、穏やかな表情で微笑んでくれた。

アリシアはジュエリーケースから小さい方の指輪を一つ取り出し、右手の小指にはめてみる。

「ふふ……ちょっとぶかぶか…」

「え!うそ!サイズ間違ったかな…、

取り換えてこようか…」

アリシアの小指のサイズとリングのサイズが合わないとこに慌てるウィルソン。


「ううん…、これが良い……。

…この指輪が似合うようになるまで……

…私と一緒に居てくださいね……王子さま……」



どっちが年上なのか、たまに解らなくなるほど広い心で傍に居てくれるアリシア…。

こんな情けない僕だけど…、

一緒に居たいという気持ちに嘘はない。

これからも…。


「……約束するよ……お姫様…」



エーデルワイス 終





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