うつろいの社 番外編

文月 郁

いつかの星の夜に

 外に出ると、冬の夜気は思っていた以上に冷たかった。

 寒気は肌を泡立たせ、小さく歯が鳴る。

 ぐっと唇を噛んで、樂は本殿の縁側で膝を抱えて座りこんだ。

 夜空には点々と星が散っている。

 卯月神社の祭神・卯月の神使となって数ヶ月。神使としてのふるまいには少しずつ慣れてきたものの、刀の腕についてはなかなか伸びない。

 早く強くならなくては、今のままでは足手まといにしかならないのに。

「星を見るのもいいですけれど、ほどほどにしないと風邪を引きますよ」

 後ろからかけられた声に、樂は驚いてふりかえった。

 その弾みで、月葉神社での刀の稽古で受けた傷が痛み、樂は思わず顔を歪めた。

「卯月さま」

「温かいお茶でも飲みませんか?」

 返事をするより前に、どうぞ、と湯呑を差し出される。湯呑には、まだ温かい緑茶が注がれていた。

「何か困っていることはありませんか?」

「大丈夫です」

 首を横にふる。

 何も言えない、言ってはいけない。ただでさえ迷惑をかけている身の上で、これ以上、迷惑をかけてはいけない。子供ごころに、そう、思って。

 卯月は、そうですか、とうなずく――わけでもなく、小首をかしげた。

「そうですか?」

「……はい」

 うなずいて、緑茶をひとくち含む。

 じん、と腹が温もった。

「思い過ごしならいいのですけれど、なんだか無理をしているようでしたから」

 卯月の言葉が胸に刺さる。声を出したら湿った声になりそうで、樂は黙って首を横にふった。

「月葉様から聞きましたよ」

 びくりと樂の肩が震えた。

「稽古、頑張っているそうですね」

「はい。……でも、迷惑かけるばっかりで、強くも、なくて――」

 言いかけて、思ったとおりに声が震えた。

「気にすることはないですよ。月葉様も、少しずつ上達していると言っておいででしたし。それに、もしあなたたちにできないことなら、私が引き受ければいいのです」

 だから、あまり抱えこまないようにしなさいね。

 じわりと目が潤んで、樂は慌てて熱い茶を飲んだ。

 そっと頭に温かい手が乗る。

 微笑んだ卯月に頭を撫でられ、樂は面映そうに視線を落とした。

「そろそろ休みなさいな。疲れたでしょう?」

「ん……」

 言われたとたんに、瞼が重くなった。

 寝るなら部屋に戻らないと、と思ったものの、身体が言うことを聞かない。

 かすかに、おやすみなさい、と優しい声が聞こえた気がした。

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