崩壊の種

西野ゆう

第1話

「現代社会、地域社会、国際社会、社会福祉、社会性、社会主義、あとは、反社会的が出たな。他にないか?」

 教師は黒板に大きな文字で「社会」がつく言葉を書いている。最後の「反社会的」という言葉が出て、数分が過ぎた。もう充分だろうと、教師が自分に頷いたとき、一人の生徒が手を挙げた。

「お、まだあるか?」

 教師が手の動きで、生徒に立って発言をするように促した。

「社会復帰」

「お前じゃん」

 間髪入れずに隣の生徒から言われ、教室は笑いに包まれたが、教師は三度手を叩いて笑いを制した。

「インフルエンザから復活したのは社会復帰とは言わんだろ。ま、色々『社会』のつく言葉が出てきたが、最初に説明したように『社会』というのは人の集団であって、その集団内では、意識的であろうが、無意識的であろうが、その社会に属する人は互いに影響し合う」

 教師はそう話して、書き並べられた言葉をそこで一旦区切るように、黒板に長い縦線を引いた。

「じゃあ、英語で『社会』は何と言う?」

 教師が、先ほど「お前じゃん」と茶化していた生徒を指した。

「societyです」

「あ、そうだな」

 教師が頭を掻いていると、その「society」と答えた生徒はニヤついた笑顔を浮かべていた。教師の狙いを分かった上で、わざとそう「正解」を答えているのだ。英語ではなく社会科の教師が困っているのを見て満足したのか、その生徒がもうひと言加えた。

「形容詞では『social』ですね」

「最初からそう言ってくれよ……」

 教師は苦笑いしながら「ありがとう」と生徒に着席してもらい、黒板に書いた線の左側にカタカナで「ソーシャル」と書いた。

「じゃあ、次の質問は予想できていると思うが、『ソーシャル』のつく言葉を言ってみてくれ」

 生徒たちは教師のその言葉が終わる前に、顔と身体を自分の周りにいる生徒の方に動かし、生徒同士でその答えを言い合っている。

 教師は特に誰かを指名することなく、その場で上がっている言葉ふたつを板書した。

 ――ソーシャルメディア

 ――ソーシャルネットワークサービス

 そのふたつの言葉を書き終えると、教室も静かになっていった。どうやらそれ以外には何も思い浮かばないようだ。

「ソーシャルメディア。……そうだな、メディアって言葉を説明できるものは居るか? 二年の時に教えたぞー」

 不思議なことにこういう時、つまりは、発言する行為が成績には直接関係ないが、授業のスムーズな進行のために発言が必要な時、どのクラスにも二、三人その発言者役をする生徒がいる。その生徒間でアイコンタクトがあり、ひとりの女子生徒が手を挙げることなく立ち上がり、口を開いた。

「手段、媒体、といった意味ですが、大衆に向けた一方的なメディア展開……新聞、雑誌、テレビ、ラジオを使ったマスメディアとは違い、ソーシャル……互いに影響し、作用しあう社会の中での双方向的な……」

 頭の中に浮かぶ言葉を考えながら並べて発言していた生徒を、教師が「ちょっと待った」と、ジェスチャーを加えて止めた。

「『媒体』だけで良かったのに、それ以上言われると先生の仕事がなくなる」

 教室が笑いと、女子生徒に向けた拍手と、「さすがっ!」と冷やかす声で再び賑やかになったが、今度は教師もすぐにはその騒ぎを止めず、自然と収まるのを待った。

「さて、じゃあ今日の本題だが、もうひとつみんなの口から出た言葉のソーシャルネットワークサービスとは……」

 次々と挙がりだした手に、教師は両手を前に出し、なだめるような動きをして手を降ろさせた。

「その言葉の意味だけではなく、実際の役割を君たちがよく知っているのは分かっている。会員制、つまりはサービス利用にユーザー登録が必要なソーシャルメディアのひとつで、主にユーザー間、あるいは広くユーザー内でコミュニケーションをとる、言いかえれば情報を発信するサービスだな」

 教師はそこまで言うと黒板の方に振り返り、大きく「SNS」と赤いチョークを使って書き、さらに、黄色のチョークでアンダーラインを二本引いた。

「さて、予習はこれくらいにして、そろそろ映画を観ようか。知っているかと思うが、この映画は、旧アメリカ合衆国第四十九代、つまり最後の大統領が合衆国崩壊直後に出した本が原作だ」

 教師がリモコンを手にすると、黒板の前に黒いモニターが降りてきて、映像が映し出された。

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