へらこい奴等

「総理、例の件はどうするんだい?」

「既に仕込みは終わった。後は美味しく頂くだけだよ」

 ハリー・シライ総理大臣とタロー・アサオ外務大臣兼副総理は東京・赤坂の高級料亭で密会していた。この二人は党内を牛耳る大物であるが国民のウケはイマイチだ。

 ハリー・シライはとにかく黒い噂が絶えない。故にネット上ではダー〇ィ・ハリーと呼ばれている。本家の方は汚い手を使ってでも悪を滅するのだが、この男は滅される側の典型のような男だ。企業癒着、裏金、買収から売国法としか思えない法案の強硬可決に至るまで、とにかくネタに事欠かない。

 対するタロー・アサオは政界随一のサラブレット。にもかかわらずとにかく口が悪い。暴言、世間の反感を買う非常識、無知等々舌禍が絶えない。マスコミはネタを提供してくれると大喜びだが国民はうんざりしていた。


「しかし世界を救った小麦の利権をそっくり頂こうなんて、ハリーは大した男だ」

「ヒントをくれたのはタローじゃないか。そもそもこんな金の生る木を無能な田舎者に持たせたままなんて国益に反するというものだよ。我々は国民のために正しく使おうとしているだけさ」

 シライは下卑た笑みを浮かべた。

「おいおい、田舎者って君の選挙区じゃねえか。君も選挙の時は県民アピールしているし。あのうどんを啜っているSNSは笑ったぜ」

「選挙対策って奴さ。俺は東京生まれ・東京育ちだからな。うどんだって向こうに行った時しか喰わんよ」

「俺も君のことを言えねえがな。豚骨ラーメンなんて写真を撮り終わったらすぐ箸を置くさ。あんなギトギトした庶民のエサなんか勘弁して欲しいぜ」

 はっはっはと楽しそうに故郷をこき下ろす。だが国会議員など所詮こんなものだ。

 酒を呑みながら一時間半ほど諸課題について話し合った二人は、それぞれ次の会合へと向かった。通常国会前の根回しや情報交換である。そしてこの通常国会こそが日本、いや世界中を巻き込んだ大騒動の序章であった。


 ◇


 通常国会が始まった。冒頭世界を驚かせる信じ難い発言が飛び出す。

 農業試験場を国家管理とし、過去に遡って開発された成果を全て国有財産とするというものだ。これは地球温暖化で農業が壊滅的となった日本の現状を鑑みれば『サヌキドリーム2626ツルツル』を狙い撃ちしたと言って過言ではない。

 しかも国内の小麦生産を第三セクター方式で一括管理し、個人の農業従事者は手を出せないというおまけつき。正直狂気の沙汰としか思えなかった。

 当然こんな法案を提出したところでマスコミの大糾弾と国民の反発にあって可決出来ないだろう。だがシライとアサオは奥の手を用意していた。


 ベーシックインカムだ。


 サヌキドリーム2626ツルツルは日本を一躍世界第一位の経済大国に押し上げるほどの富を齎している。だが現状では香川県の収入だ。色々手く尽くして有り得ない税を徴収しているが、国内小麦生産も含めて国家事業とすれば莫大な金が国家に舞い込む。これを財源に全世帯に対し国家公務員の年収相当額のベーシックインカムを支給するとぶち上げたのだ。

 更に教育、医療、保育、介護を全て無償化する。これが実現すれば地上の楽園の誕生だ。国民は生活の心配をすることなく自分の好きな事に人生を捧げられる。結果この国ではス〇ィーブ・ジョ〇ズのような天才は生まれないと言われた土壌は変わり、第二、第三の世界を救う奇跡を生みだすだろうと喧伝した。




 このニュースは日本のみならず世界中で連日報道された。国内ではダーティ・ペア、シライ&アサオの思惑通り大歓迎される。国民はシライ総理を熱狂的に支持し、マスコミは新たな国家モデルを創設したと絶賛した。

 これに対し海外では大きな懸念材料として報道された。現状カナメ知事は良心的な価格で各国に分け隔てなく小麦の種子を供給している。これが国家管理となれば戦略的に扱われる可能性が極めて高い。場合によっては軍事力より強い外交カードになるだろう。サヌキドリーム2626ツルツルによって一応の平穏を保っていた世界情勢が一気に暗転する危険性を孕んでいた。

 国会ではトントン拍子で審議が進む中、世界はカナメ知事とカガワ博士の動向に注目していた。

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