うどん処ねこや

三毛狐

第1話

 その猫は小麦粉をこねていた。

 慣れているようで、所作に迷いはない。


 ただのふかふかしたまっしろな長毛の塊ではないのだ。

 この道はもう長い、匠の白猫である。


「やってるかい?」


 ガラガラと店の横開きのドアから、お客さんが顔を出す。


「にゃ」


 白黒の短毛ではあるが柔らかそうな三日月の形をしたお客さんはバクであった。

 カウンター席に座ると、目の前で店主の料理を待つ。


「あんたの作るうどんが食べたくてね」


 悪夢ばかり食べていては胃の調子が悪くなるとお客さんが笑い、店主は感謝と尊敬の念をもって捏ねる。

 伸ばしてまとめて潰して成形し、切って麺とする。


 寸胴鍋に満ちたたっぷりの水で麺を茹でていく。


「うにゃうにゃ」

「大丈夫、待てるよ。悪夢は喉越しが悪いからね。やっぱり欲しくなっちゃうんだ」

「にゃにゃみゃ」

「なぁに。まだまだ現役でいけるさ」


 正直かなり歩き疲れていた。

 椅子に座って足を脱力し、この待ち時間を雑談と共にバクはゆったりと過す。


 猫がうごいた。


 透明感のある茹で立てのうどんで器を飾り、この疲れた顔の上客の前へと配膳する。

 汁からは鰹節の香りがモウモウと昇っていた。


「ああ、良い匂いだ。いただくよ」

「にゃ」


 言葉少なに次の仕込みに入る店主。

 口の中に喜びが入ることもあるのだと思い出すように、ひとくちひとくち味わって食べるバク。


「ありがとう。また来るよ」

「にゃにゃ」


 表情に生気が戻り、癒されたバクは白黒の毛艶も良くなっていた。

 ガラガラと店の横開きのドアから、お客さんが出ていく。

 

 すると、ちょうど景色が揺らいだ。


 白猫は手を止める。

 目覚めが近いのだ。

 つまり閉店である。

 

 両腕をあげて全身をほぐすように、にゃーん、と伸びをした。


 ………

 ……

 …


 温かな日差しに目を開けると、公園にいた。

 大きな木の枝の上で寝そべっていた。


 ここはお気に入りの昼寝スポットだった。


「う~ん」


 声に下を見ると、ベンチで寝そべっていた人間も目を覚ましたようだ。


「まぁ何とかなるさ……」


 良い夢でも見たのか、清清しい顔でスーツ姿の男が起き上がり去っていく。

 ここのベンチでは、色んな人間が頭を抱えていたり、一晩中寝ていたりもするので、珍しくはない光景だった。


 人間にも色々あるのだろう。


 少し経つと、ベンチには次の人間が座っていた。

 今度は女性だった。

 寝不足のようで、目の下にクマがある。かわいそうに。


「怖い……失敗したらどうしよう……でもチャンスが……」


 やがてベンチに腰掛けたまま静かになる。


 それを眺めると、白猫はひとつ欠伸をし、開店準備の為にまるくなった。

 まだ陽も高く、ポカポカと暖かい夏の日のことだった。

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うどん処ねこや 三毛狐 @mikefox

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