第13話 ヒッキー事情


◇◇◇


「あるとき創龍は黒龍を後継者に決めた」


意外な顛末に、目を丸くする。

そんな偉大な最高神の後継者だったのか、あの中学生くらいの神様は。




「後継者に決めた基準をお父さんは教えてくれないんだけど…


まあとにかく、赤龍が激怒したらしい。



なぜなら、彼はてっきり自分が後継者になると思ってたから。



長男だし、自分は後継者に相応しいと思ってた。


なのに、だ。


そんな赤龍に愛想をつかしたのかもしれない、白龍は消えたらしい。




二番目の後継者として、創龍は黄龍を選んだ。



黄龍は神々の罪を断罪する、応龍という名前になった。


黄(オウ)→応(オウ)


面白いよね、漢字って。



でも、オウを王とみる地域もあって、一部では四竜の長とされてる。


まあ性格的にもそうだったらしいからね。


じゃあなんでお父さんが選ばれたのかっていうのが謎なんだけど。



黄龍にも赤龍は激怒。



自分が相応しいって、聞かなかったらしい。




平和大好き、脳内お花畑のお父さんは、どうにか赤龍となかよしこよしを企んだらしい。


どれも失敗に終わったらしいけど」



驪さんらしいやりくちで、ものすごく想像つく。


「ちなみに、異界があるよね。神々のゴミ捨て場の。ミサキくんたちがはいれないあそこは、創龍が作ったものさ。



罪人によって世界の向上を狙った彼は、罪人を集めた。


自分に打ち勝てるレベルのが欲しいと。


が、黒龍がいるから罪人なんていらない、と、黒龍にその管理を預けたらしい。



そして、こんなシステムが産まれた。



応龍が断罪した罪人→黒龍の異界へ、というシステムがね。


いつか罪人がいっぱいになってしまうから、こまめに黒龍は罪を許さなくちゃならなかった。


罪を許して、転生させてやらなくちゃならない。


地味に大変なことを受け継いだんだ、気の毒だよね」



驪さんは思ったよりも働き者だった。



「さて、もうそろそろ能力(信仰の神という能力)を譲ろうかというとき、創龍は新たな神話を産み出した。



否、産まれてしまったんだ。



もう世界は平和に満ちている。


新たな神話など、今は必要ではない。



なのになぜか。



一部の歪んだ罪人が“望んだ”のさ、新たな世界を。


歪んだものでも信仰の一種となってしまう。



そんな恐ろしい神話は不要だ、と創龍は考えた。



このまま産んでしまえば、罪人の思うがままの世の中になってしまう。




恐れた彼は、全身全霊を用いてその神話を封じた。


わかりやすく結晶にして。


なぜ結晶にしたかといえば、これまた向上を願う創龍の機転さ。



その結晶を奪えた罪人には、新たな神話を手にするだろう?


=その神話を手に入れるだけの力が必要なのさ。



偉大なる創造神、創龍が封じたものを手に入れるなんざ、並大抵の所業じゃない。



そんなことをする罪人なら、力も頭も能力もあるだろし、間違った世を作らないだろう。



そう考えて、彼はその結晶をまたもや黒龍に譲った。



買いかぶりすぎるよね、って思うよ。



結晶と共に、彼は完全に全ての権利を黒龍に与えた。



これでめでたく政権交代さ。



そして、創龍は結晶に使った力の残りかすで青龍になった。



隠居しても子供を見守れる地位にいたかったんだ。



だけど息子たちをたてるため、彼の神格は朱雀並み。


並べて、四神と言われるようになった。



権威の象徴とされるのは、創龍(青龍)が黒龍に全権限を授けたことから、だろうね。



よくわかってない人間たちも、そこらへんは理解したんだろう。


ちなみに応龍の神格は鳳凰と同じくらい。


鳳凰、霊亀、麒麟とならんで、四霊と呼ばれる。



朱雀、玄武、白虎、青龍と並べて五獣とする場所もあるけど、大抵は四霊。


四霊の中でも下だから、と思っていればいい。




赤龍は権威を与えられなかった。


その事実に憤怒した赤龍は、行動を起こす。





――黒龍の結晶について、人間や罪人、その他神々に広めたのさ」



驚きで目を丸くする。

そんな、そんなことしたらーー



「当然、皆その結晶を欲しがる」


だよね、そうなるよね。





「皆が皆彼を狙った。


命と共に、結晶を。



黒龍は決して弱くはなかった。



戦えたし、神格は最強だし。


しかし、応戦したらしたで、周りの神々や人間はいった。




『あいつは破壊神だ』と




もちろん違うさ。


負けたのを僻んだやつらの虚言さ。



だけど、脳内お花畑の彼を傷つけるには十分だった。




自分以外の生き物が怖くなった黒龍は、異界を作った。


誰もこれない場所へ逃げたんだ。


しかし、甘かった。


なんども色んな神々や人間が彼を狙い、異界にだって入ってきた。


ドア、洋風だったろう?


あれはやられた時に扉がぶっ飛んだから、急ごしらえで作ったからさ」



たしかに、サザエさんな玄関と旅館みたいな家内はあってない。あべこべな、変な場所にいるみたいだ。


それは数々の襲撃を受けてきて、倒しては修繕を繰り返した結果のものだったのだ。



「試行錯誤を重ねて、ようやくできたのがあの異界。



その場所で僕ら鳳凰を拾い、育てたんだ。



しかし、お父さんは海に出るのさえ嫌がった。


僕らが勝手に出ていくのも、初めは過剰なくらい心配したものさ。


そんな彼が出れるのが、光のない新月の夜のみ。



黒いお父さんを隠すのには打ってつけの闇だからね。




調べてみるといい。



『 黒竜は、光を苦手としている為、普段は光が照らされる事すら無い深い海底で孤独に棲みついており、光の無い新月の夜のみ、その姿を海底から現す』


って文献に書かれてるから。



海底、だろう?


あのトンネルを通って家へといくからね。




孤独に住み着く、忘れられた最高神。




それが彼さ」



悪意によって狙われ隠れてしまった最高神ーー


あの柔和な顔立ちからは想像もつかない、ヘビーな話だった。




「結晶を渡してしまおうと幾度も思ったらしい。


けれど、できなかった。


自分に全部を託した、買いかぶりな創龍を裏切ることになってしまう、と。


脳内お花畑の彼は、そう思ったんだ」



苑雛くんは、一気に喋って使ったのか、ふうと溜息をつきながら結界越しにアカネを見つめた。



「わかったかな、アカネ」



“わ、わかってるし!お父さんはすごいヒッキーなんだろ”


「…間違ってるようなあってるような」



うーんと眉をひそめる苑雛くん。


ヒッキー=引きこもりの意味である一応。



あむ、とふりかけがかかったご飯を口に運びながら、苑雛くんの説明を反芻する。




神様の神様であり創造神の、創龍。


信仰、神話を司るんだよな。


その創龍は、世界の神話の向上のために子供をうみ、また異界を作って罪人を集めた。


その異界は子供である黒龍に管理をまかせ、罪人の断罪は黄龍に一任した。


そればかりか創龍は“罪人が望んだ神話”を黒龍に守るように命じたあと、青龍に名を変え引退。


自分になにも与えなかったのに憤怒した赤龍は、黒龍の神話の結晶を世間に暴露。


黒龍こと驪さんは、追われる身となる。


そして隠れるために異界をつくり、鳳凰を拾って現在に至る。




壮絶なヒッキーの歴史だな。



「さすが苑雛さま、わかりやすい説明ありがとうございます!」


“んだよスズまでコイツの肩もつのかー?”


「い、いえ!そんなことは!」



拗ねてるアカネの機嫌を直すのに必死なスズだった。ドンマイ。


「…わかってると思うけど、お父さんのことは口外しないでね」


お願いするように見つめてきた苑雛の頭を撫でる。


「もちろん」



私利私欲にまみれた神様から、最高神を守らなくては。



最後のご飯を食べ終えて、箸を箸箱に入れる。



「…で?」


「何?柚螺」


「スズ、あれどうするの?」


「やだあのロリコン」



あのロリコン、とは言わずもがな宮下さんだ。


おれとスズがラブラブに食べさせあいをしてるのをみて、恋心をズッタズタにさせられた宮下さん。


屋上の隅っこで、羽をしょぼんと下げながら、ネガティブの王道・体育座り。


「驪さんの話、聞かれてもいいの?」


“ あー、宮下は私ら鳳凰と昔から仲良くてな。信用もしてるし口も固いし多方の事情は知ってるしで、大丈夫だ”



彼は昔から鳳凰や龍たちとかかわり合いがあるらしく、驪さんの話は別に聞かれてもいいらしい。



耳をすませばほら、


「スズちゃんが人間と…スズちゃんが…人間と…スズちゃんが…共に語り合ったというのに…人間めぇ…柚螺めぇ…スズちゃんが…人間とぉ…ひっぐ…」


うわあ、見た目いかついオジさんが泣いてるよ。



「ところでアカネ、なんでこんなに陰陽の本が散乱してるのかな?」


“あ?それはぁ”


「あああアカネさまっ!私がわるうございましたっ」



スズがびっくりするくらいな速度で過剰な反応を見せた。


ナィーブになりすぎじゃないか、とも思うが、それほどのことなんだろうな、きっと。



「スズ?どうかしたの?」



頭を司る苑雛くんなら知ってそうな気がするんだけど。



「スズ、話したら?アカネだって敵打ちたいんだろうし」


“おう!スズの話聞いて余計にムカついた。殺してー!”


「アカネさま…」



憤怒してるアカネにじいんと来たらしく、感動に涙してる。



そのときで、キーンコーンとチャイムが高らかに響いた。


授業開始の10分前のチャイムである。



「あ、僕昼休み終わっちゃった」


「おにーさん学校が終わったわけじゃなかったんだ」



ああ、そっか。


てっきり苑雛くんは学校が終わったと思ってたのか。


「ご飯を食べる時間だったんだ」


お弁当箱を掲げると、「なるほど」と笑みを見せる。


「僕もさっき給食食べたんだ。別に食べなくてもいいんだけど、怪しまれるし」


「鳳凰だもんねぇ」


「僕がパジャマなのはそのせいだよ?本当はお昼寝の時間なんだ」



保育園児とかにはお昼寝の時間があったっけか。


いいなあ、俺も寝たい。


切に願いながら、手をふって彼らと別れる。



授業開始まで10分ある。



そっと、思考に身を委ねながら教室を目指した。



「……」




きっと、これからスズは嫌な思いをする。



過去を苑雛くんに話して、もしかしたら泣くのかもしれない。



そのそばにいてやりたいと願ったが、生憎学生の身。


学業を疎かにはできなかった。


恋愛感情などではない。


ただ、あのすがる目に、どうしようもなく胸が痛んだんだ。



まるで、家族が傷ついたような痛みだった気がする。



スズのあのひたむきさに、心を大きく揺さぶられてる自分がいることに驚いた。


僕は感情的な方だ、だから、主従愛という普通に生きてれば出会えない愛情のあり方に感動してるだけかもしれない。


ただ、あのスズが泣いたり悲しい思いをする場面は、見たくないと思ったんだ。

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