第32話 爆弾
結論から言えば、やはりと言うべきか、当然の帰結というべきか、案の定、直輝の告白は失敗に終わった。
無論、告白までの流れ自体に問題は見当たらない。
遥香と二人きりにするという作戦は滞りなく遂行され、夕闇の中で幻想的な音楽を背に豪華絢爛にきらきらと輝くパレードを見ながらの告白は、それはそれは劇的でロマンチックで美しいものだったに違いない。
ただ、肝心の返事が「ごめんなさい」だっただけである。
景は作戦終了の合図を受けて向かった現場で、人混みの中で項垂れている直輝をさりげなく遥香から離して涼也と二人で慰めた。
切り替えの早いところが流石と言うべきか、パレードがフィナーレを迎える頃にはお通夜状態からすっかり立ち直って、景と涼也に向かって「おれは諦めないぞ!」と堂々宣言するくらいには元気を取り戻していた。
景は彼の逞しい様子に愁眉を開く。涼也も再び賑やかになった直輝に胸を撫で下ろしたようで彼の軽口に鼻で笑っていた。
三人はいつもの空気を取り戻し、すっかり暗くなった空の下で笑いあった。
景も直輝に元気をもらってこの瞬間だけは何もかも忘れて大笑いすることができた。男子の盛り上がりを遥香は少し気まずそうに、結衣は面白そうに、梨花と凛は不思議そうに眺めていた。
きっとこんな感じで彼らとは親友のまま大人になっていくのだろう。
パークのノスタルジックな夜景にあてられてか、それとも閉園が近づく寂しさを感じてか、あれだけ、家に帰りたいと思っていた先程までの自分が嘘のように、今は感傷に浸っている。
叶うなら、今日が終わらなければ良いのに、と。
だが、終わりは必ずやってくる。
一日歩き回った疲れに身を任せて惰性のように三人並んで歩いていると、騒いでいたのを羨ましく思ってか、もはや失恋なんてどこ吹く風の結衣が間に割り込んでくる。
「へい、ボーイズ! さっきから楽しそーじゃん! あたしも混ぜてよ」
「はん! 失恋してから出直してきなっ!」
「あたし昨日彼氏と別れたんですけど」
「……え、そうなん? あ、そういや昼にそんなこと言ってたな。すっかり忘れてたわ。なんかごめん……」
直輝と結衣の滑稽なやりとりに景と涼也は顔を見合わせて噴き出す。
普通、失恋したことを笑われたら怒り出して当然だが、彼らはそんなこと微塵も意に介さず、『我ら失恋同盟』などとその輪に入れられるのは御免被る全くもって不名誉な関係を築いていた。
景は改めて感じる。明るい人は好きだ、と。辛いことがあったとしても、いつまでもくよくよ悩まずにそのエネルギーを明日の希望へと繋げて、周囲の人も巻き込んで次の笑顔を生み出していく。
きっと彼らは後悔して立ち止まっている時間なんてもったいない、さっさと先へ進んで楽しく生きようと考えているのだろう。
景はそんな生き方を羨ましいと思う反面、自分がその考えを持つには一生かかっても無理だろうと諦めていた。
過ぎたことをいつまでもうじうじと悩んでいるし、浪費した時間の割に答えは出せず思考は堂々巡り。いっそ脳天をぶち抜けたらどんなに楽だろうか、と再三に渡って拳銃の入手を試みていた。
だから、へらへらと阿呆みたいに笑って軽口を叩いている結衣と直輝を皮肉なしに心から尊敬しているし、人間的に大好きだった。
そんな景の尊敬の念と好意を真正面から叩き割ったのが他でもない結衣自身だった。
「やー、それにしても直輝もなかなか無謀な賭けに出るよねぇー」
「うっせ!」
直輝が口をとんがらせるのを見て結衣がけらけらと笑う。
「だって春日井ちゃん景くんといい感じなのにそこに突っ込んでいくんだもん」
「…………え?」
「…………えぇ?」
結衣の口を塞ごうと手を伸ばしたときにはもう遅かった。
直輝は怪訝な表情で結衣と景を交互に見つめている。涼也は呆れ返った目で結衣を見下ろしていた。
「あっ、二人の間でどっちが付き合っても恨みっこなしな、みたいな約束とか無かった……感じみたいですね」
結衣は「あはははー、あ、なに梨花ー? 今行くー!」とかなんとか言いながら、呼ばれてもない梨花の元へと駆け足で向かった。
要するに、逃げたのだった。
最後の最後にとんでもない大爆弾を置き土産にしてくれたものだと景は小走りで離れ去っていく結衣の背中を睨んだ。
結衣の爆弾で景と直輝の間の地が焦土と化した後、闇も濃くなり、午前授業とはいえ、明日もまた学校が控えていることもあって少し早めの帰路へとつくことになった。
パークのゲートをくぐって駅までの道のり、直輝は普段と変わらないおちゃらけた振る舞いで騒いでいたが、景とは一切目を合わせようとしなかった。
それだけであれば、気にし過ぎている可能性もあったが、彼が電車で座る位置を見て、避けられていることを確信した。
車内の空席具合から四人と三人に対面で分かれれば全員座れそうだったので、景は三人側の方に腰をかける。
普段ならば、隣に直輝、その隣に涼也が座るはずだった。
だが、今日の彼は景から一番遠い対角の席へどかっと座り込んだ。直輝のまるで意地でも動かんぞ、という意志の強さの表れかのような座り方に景は思わず苦笑いを浮かべる。
仕方なく、移動しようかと考えていると、その様子に慌てふためいた結衣が機嫌を取ろうとでもしたのか彼の隣に座ってしまう。
おかげで、男女ならば綺麗に分かれたところを、景、涼也、梨花の三人と対面に遥香、凛、結衣、直輝というアトラクションでも見なかったようなごちゃ混ぜのわけのわからない珍しい組み合わせができてしまった。
アトラクションならまだしも、へとへとになっている帰りの電車でこれは厳しい。
実際、何ともいえない微妙な雰囲気が流れていた。やはり、皆、最後は気心知れた親友と語らいたいものだろう。
やがて、唸りを上げて発車した電車の轟音に合わせて、景は涼也にこそっと話しかける。
「直輝になんて言う?」
「さあな。俺は何も知らなかったという
直接聞いてはないが、察しはついていた、と暗に言っている。
眉ひとつ動かさずに、小賢しい言い訳を並べてみせた涼也に対して恨めしく思う。
それが罷り通るならば、自分だって遥香と懇意になっているとは一度も言ったことがない。全ては邪推して勝手に色めき立てた結衣に責任があると言っていいばすだ。
だが、事実として、遥香とは散歩友達であり、学校外で会っていることは揺るぎない。
それを恋愛脳の結衣によって「良い感じ」と評価された今、直輝に説明したとて納得してくれるとは到底思えなかった。
「奴も二、三日したら忘れるだろ」
涼也の希望的観測に呆れつつ、景もそうあって欲しいと願う。
彼は切り替え上手なタイプなので、素直に謝れば案外簡単に元通りになるかもしれない。
涼也の楽観に乗っかって、そう気楽に考えていたが、その予想はすぐに呆気なく裏切られてしまうのだった。
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