【打切り】放課後のアンデルセン

エコエコ河江(かわえ)

案1:ブリリアント文芸部のリセマラ

 部長がブラックだった。僕はツイッターにただ一言だけ漏らした。4月11日、日本人なら誰もが新生活を始める時期だ。


 どこで嗅ぎつけたのか、正義感に駆られた人たちが押し寄せる。「すり減る前に退職しましょう」

「退職代行サービスをしています」

「ブラックな部長、ぶぶと呼びましょうか」

真面目な人や茶化す人が集まった。


 僕は慌てて訂正した。「すみません、部長って会社のじゃなくて、部活のほうです」その一言のおかげで正義感あるコメントは減ったが、注目は逆に高まった。今度はおもしろい話題として。


 活動は週1回。水曜日の放課後に30分ほど集まり、投稿して、感想を語らう。


 生徒はいずれかの部活動に所属する。パンフレットにはサッカーやら華道やらを楽しむ写真が並んでいるが、僕はどれも興味ないし面倒なので、楽そうな『ブリリアント文芸部』の扉を叩いた。空いた時間で『プレイヤー・アンノウンズ・バトル・グラウンド』を遊ぶつもりだった。1週間のうち4日の2時間ほどが他との差になる。1か月なら32時間、これだけの優位があればドン勝つの数も、そこへ至る練習時間も、十分に増える。


 思い描いた計画は扉を叩いた衝撃で崩れ去った。地学室の隣で、準備室じゃないほうの教室。ノックの音と同時に、荷物が崩れるような音が聞こえた。もし誰かが巻き込まれていたら。助けにならなければ。


 駆け寄った僕の背後から袋をかぶせて、膝の下で留めた後、無抵抗な僕へ落ち着くように指示してから彼女は名乗った。


「ブリリアント文芸部へようこそ。私は部長の黒部長命くろべ・ちょうめい、3年のジョーカーとして知られているよ。入部してね」


 めちゃくちゃな人だと思った。動きは乱暴なのに声だけは優しくて、矛盾した情報が同時に流れ込んで、不気味で、怖い。確かに入学する前は、アニメみたいな先輩がいたらなあと期待したことはあったが、こんな形で叶ってほしくはなかった。主人公と敵対する人みたいな、てことは僕はやられ役Aだ。


 どうにか逃げよう。けれど、どうやって? 膝の下で結ばれたらうさぎ跳びになる。歩いても追いつかれる。足元が見えない。何かに引っ掛かれば怪我どころでは済まない。


「そんなに怖がらないでくれたまえよ。私はこう見えて、喰おうとかってつもりはないんだ」


 嘘だ。とっくに喰われてる。


「きみは入部してくれればいいだけ。この入部届けに名前を書いて、ね」


 チャンスはきっとここしかない。


「入部しますから、まずは解いてください」

「おお、うれしいね。即答してくれる、いい部員を持った」


 一人で感慨深そうに語るが、ここで反撃したら機を逃す。隙を見つける。袋を被っていても窓だけはわかる。扉は反対側だ。大丈夫、方向さえわかれば。


 考えはすぐに覆った。袋越しに右手を探して、ペンを握らせた。背後に回って、クリップボードを押し当てて、手首を掴んで、目当ての位置へ。


「あの、見えないんですが」

「自分の名前くらい見なくても書けるだろう。これまで何度だって書いてきたんだ。体が覚えているから、試してごらん」


 道が封じられた。逃げる隙がないし、偽名で誤魔化す手も使えない。


「どうした? 親の都合があるのかな」

「遠慮なく言いますね」

「私と君の仲だからね」

「初対面ですが」

「だらかだよ。何度でも『リセマラ』ができる。OBのようにね」


 個人の狂気でなく、育まれた狂気だったか。どう抵抗しようにも、先回りされる光景ばかりが頭に浮かぶ。僕は諦めて、名前を書くしかなかった。


「上出来だよ。綺麗な字だ。それじゃあ、行こうか」

「どこへですか」

「私の家だとも。そういう契約書だから」


 はめられた。抵抗もできないままで担がれ、黒部先輩の家へ運ばれたのだ。




 黒部先輩は顔を上げた。画面には僕の作品の最後が映る。読み終えたのだ。


「いかがでしょうか」

「きみは私を、こんな奴だと思っていたのかい。少し強引だったのは謝るが、これほどではなかったよ。そのあたりが気に入った点だ。嬉しいよ」

「ありがとうございます」

「口頭でも、文章ぐらい饒舌になってくれたらとは思うが、これは私の高望みだ。じっくりでいいさ」


 僕の一作目に、黒部先輩は応援ボタンを押してくれた。星評価はまだくれないけど。そういうものだ。『物語は完結するまでわからない。だから短くても完結させてくれ』卒業文集の一節を黒部先輩は何度も眺めていた。


「けれども、これはりせちには読ませられないね。あの子、こういうのをやたら気にするから」

「それは失礼しました」

「してないよ。あの子の問題だ。私やきみは知っておくだけでいい。それより少しだけ聞かせておくれよ。作中の私は、このあとのきみと何をするんだい」


 黒部先輩の微笑がやけに眩しくて、僕は目を逸らした。

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