魔法使いのクリスマス

八条ろく

魔法使いのクリスマス

 ここはイギリスにある田舎町〈ライ〉。この町ではどの家もクリスマスイブで賑わっていた。

 そんな小さな田舎町に建つ一番大きな家も、久しい客人を招いて、かつてないほどの活気を見せている。と言っても、元気な声を上げてはしゃいでるのは一人だけなのだが。

「アデル! 今日はクリスマスイブよ!」

 少女が興奮気味に年の離れた従兄に今日が何の日なのかを大きな声で伝える。その声は良く通る声質で、ロビーに反響し、二階までとどくほどだ。

 彼女はこの家の一人娘で、この町でクリスマスを祝うのが初めてなのだ。なので、店ではどんなものが売り出されているのか気になって仕方がなく、こうして興奮気味に目の前でツリーを飾り付けている従兄に話しかけている。

「楽しそうだねイヴ」

 クリスマスツリーのてっぺんに星を置いて、従兄——アデルは下へと視線を落とす。イヴとアデルの距離は五メートルほどあり、二人の会話はお互い少しだけ声を大きくして喋っている状態だ。

 アデルが飾り付けしたクリスマスツリーは大きく、普通の家庭の天井の高さを超えるほどあり、どうやってこの家に入れたのかも不思議な位だ。

 しかし、アデルにとってこの大きさのクリスマスツリーを用意し、家に入れることは容易かった。何故なら彼は魔法使いだからだ。彼の魔法にかかれば大きいものは小さく、小さいものは大きくする事が出来る。

「飾り付けなんて、お得意の魔法でちゃちゃっと終わらせちゃえばいいのに」

 脚立から慎重に降りるアデルに、イヴは少しつまらなさそうに口をとがらせて文句を言う。

「確かに魔法を使えば簡単だけれど、それじゃあ君と一緒に飾り付けをするっていう遊びができないだろ?」

「それもそうね!」

 ぱっと明るい笑顔を浮かべてイブはもう一度クリスマスツリーを下から上へと眺めみる。彼女自身もこんな大きなクリスマスツリーを見るのは初めてだった。

「さて……プレゼントもクリスマスツリーの足元に置いたし、飾り付けも終わった。ご馳走は家政婦さんが作るとして……」

「手が空いたなら私と遊びましょうよ!」

 段取りを確認しているアデルに、イヴはこの時を待っていたかのように食いつく。

「うん、そうだね。そうしようか!」

 何をして遊ぶか考えを巡らせるイヴ。

「外に行きましょう! 町もクリスマスの飾り付けをしているの!」

「いいよ。イヴが行きたい場所ならどこへでもついて行く」

「決まりね!」

 そうと決まれば。と、アデルは懐から銀の杖を取り出して一振りする。すると、イヴとアデルはあっという間に外套と帽子身に着け、外に出れる格好になった。

「わぁ、凄い!」

 自分の部屋のクローゼットの中に仕舞ってあるはずの外套があっという間に自分に着せられた事に、イヴは目を輝かせた。

「さ、行こうかイヴ」

 二人は仲良く手を繋いで町へと繰り出した。


 町は今日も変わらず活気に溢れており、アデルはこの雰囲気がとても好きだった。

「おや、アデルくんとイヴちゃんじゃないか」

 後ろから声をかけられ、二人は振り返る。目線の先には髭を蓄えた老人が柔和な笑みを浮かべて二人を見ていた。

「あぁ、呉服屋の店主」

「儂が仕立てた服、様になってるじゃないか」

「ありがとうございます」

 老人は以前アデルにスーツを仕立ててくれた人で、アデルは今もそのスーツを愛用している。質の良いスーツだったので、ロンドンで商売してみたらどうかと提案も一度したが、もう歳だし、この街が好きだから。と断られてしまった。

「お変わりなくお元気でなによりです」

「ははは、あれから半年しか経っておらんわ」

「私もアデルもこの町のクリスマスは初めてなの!」

「おぉ、そうか。そうだよなぁ……しかしロンドンとあまり変わらないとは思うぞ?」

 なぁ。と老人はアデルの方をチラリと見る。

「祝い方は変わらないですが、雰囲気はやっぱり違いますね……ライのがやはり温かみがあります」

 アデルが住んでいる場所はここから離れたイギリスの首都ロンドンで、大勢の人が住んでおり、目まぐるしい毎日を送っていた。

「そうかそうか。まぁ、楽しんでおくれ」

「はい、ありがとうございます」

 世間話もそこそこに、アデルは老人に会釈をしてイヴと共に再び町の散策を開始した。

「あ、イヴじゃん」

「魔法使いのお兄ちゃんもいる!」

 買い物帰りの少年達が二人を見るや近付いてきた。この少年達は以前アデルとイヴが魔女の元から救い出した子供で、その日以来、イヴとよく遊ぶようになった。今まではよそよそしくしていたが、自分の命を助けてくれた彼女に信頼感を抱いたのだろう。

「やぁ、久しぶり。あれ? 少し背が伸びた?」

「まぁな、俺達育ち盛りだから」

「そっか」

「お兄ちゃんは相変わらずのほほんとしてるね」

「あはは、そうかな?」

「アデルが間抜け面してるのはいつもの事よ」

 子供達は悪気なくアデルの事を言うので、アデルは苦笑を浮かべる。別に嫌な気分になった訳では無い。子供の素直な言葉に心当たりがあるから苦笑を浮かべているのだ。

 言葉のじゃれ合いもそこそこに、子供達はアデルの顔を真剣な眼差しでじっと見つめる。

「ん? 僕の顔になんかついてる?」

「お兄ちゃん魔法使いなんだよな?」

 改めて真剣な表情でアデルが魔法使いだという事を確認する。アデルはこの後に続く言葉が何となく予想出来た。今の季節なら子供が気にするのはある一点だろう。

「サンタクロースって本当にいるの?」

「あ! それ、私も気になってた!」

 少年達の言葉にイヴも大きく頷き、じっとアデルの返答を待つ。

 サンタクロースが本当にいるかどうか。彼らの質問にアデルはどう応えようか悩んだ。ノーとも言えないし、イエスとも言えない。なぜならサンタクロースは確かに存在するからだ。さらに言えば、アデルの知り合いにもサンタクロースが数人いる。

 しかし、彼らの存在や素性を晒すことは魔法協会で禁止されており、その理由は彼らが幻想に生きる存在だからだ。

 幻想とは現実になってしまえば消えるし、幻想そのものを否定しても消えるという、不安定な世界なのだ。

「難しい質問だなぁ……サンタクロースは僕も実際に会った事は無いんだよね。僕が聞いた話だと、ノルウェーとフィンランドの間の山に住んでるとしか……なんでもそこにはサンタクロースの国があるとかないとかって感じの、君達が知っているような夢物語しか知らないなぁ」

「なーんだ。魔法使いはなんでも知ってると思ったけど、案外何も知らないんだな」

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!」

「イヴ」

 少年の言葉に食ってかかるイヴを制すると、アデルはある事を提案した。

「そんなにサンタクロースに会ってみたいなら、寝ずに夜を過ごせばいいんじゃないかな?」

 確かに。と、少年達は瞳を輝かせ、今晩のサンタクロースとの対面に思いを馳せる。

 実際にそれでサンタクロースに会えるかは、この町を担当するサンタクロース次第だ。もし新人だったなら、出会えるだろうし、ベテランだったらそもそもプレゼントを貰えないで終わるだけだ。もし、アデルの知り合いだった場合は彼らは必ず夜に寝てしまうだろう。

「よーし! 絶対にサンタクロースを見てやる!」

「今夜は夜更かしだね」

 こうしちゃいられない。と、少年達はアデルとイヴに別れを告げて走り去っていった。

「ねぇ、本当に夜に起きてたらサンタクロースに会えるの?」

「それはサンタクロース次第だよ。遅くまで起きてる子供を悪い子だと見なせばその家には来ないからね」

 イヴに期待を持たせないよう、アデルは釘を刺す。実際に悪い子の元にはサンタクロースは訪れない。悪い子は純粋にサンタクロースを信じてないという事があるからだ。

「さて、どうしようか」

「うーん……あ、ちょっとこっちに付いてきて!」

 そう言うよりも早くイヴは歩きだし、アデルは慌ててその後ろをついて行く。急な坂道を下り、町の入口へとやってきた。

「これは……」

「凄いでしょ?」

 町の入口すぐの広場に春には無かった噴水が出来ており、今はその水が凍ってまるで芸術作品のようにキラキラと輝いていた。

「綺麗だね」

 そうでしょ? とイヴは笑い、アデルの手を掴んで再び歩き出す。

「あの噴水はね、アデルがロンドンに帰っちゃった後に来た魔法使いさんが作ってくれたの」

「僕の他に魔法使いが?」

「えぇ、そうよ? 燃えるような赤毛の男の人だったわ」

 イヴが上げた特徴に心当たりがあった。赤毛の男。それはアデルの友人であるブランドンだ。彼は優秀な魔法使いなのだが、家柄が騎士の家系というのもあり、魔法を扱う騎士という特殊な人物である。

「彼はすぐこの町を去ったかい?」

「まだいるわ。アデルが来るまで俺は滞在するって言ってたし。いまからその場所もに案内するつもりよ」

「僕がくるまで滞在するって……」

 馬鹿なのかな? と言いたかったが言葉を飲み込み、代わりにため息を吐く。

「ほら、以前雑貨屋だったここに彼は居るわ」

 イヴの言葉にアデルは案内された建物を見る。玄関ドアにはクリスマスリースが飾られており、明らかに人が住んでいるようだ。

「……」

 アデルが言葉を失っていると、突然玄関ドアが開き、見知った顔が現れる。マスカットのような黄緑色の瞳と目線が合う。

「……アデル!?」

 そう、今しがた出てきたこの青年こそが、アデルの友人のブランドンだ。

「やぁ、久しぶり。僕が来るまで滞在してるなんて……相変わらず暇そうだね」

「暇といえば暇だな」

 アデルの嫌味を軽く躱すと、ブランドンはイヴへと視線を移し、目線を合わすように屈む。

「レディ。アデルを連れてきてくれてありがとう。これはほんのお礼だよ」

 そう言って、イヴの小さな手に大きな包みを渡す。包みからは甘い香りが漏れており、その中身がお菓子だというのは子供のイヴでも直ぐにわかった。

「ありがとう。ねぇ、アデルのお友達も私の家でクリスマスパーティしましょうよ!」

「そうだね」

「そのお誘い。喜んでお受けしましょう」

 ブランドンが再び家の中に入ろうとするのを見かね、アデルは銀の杖を振るう。すると、あっという間に外套、帽子、手袋がブランドンに身に付けられた。

「あぁ、そういえばそんな魔法もあったな」

「君は攻撃系の魔法ばかり使うからね、忘れてるだろうとは思ってたよ……」

 アデルの言葉に苦笑を浮かる。

「それでは、案内をお願いします」

「えぇ、こっちよ」

 イヴは先に歩きだし、後ろの二人の会話に聞き耳を立てる。が、二人はこの町の店のあそこが良いとかそういう事ばかり話しており、聞き耳を立てているイヴは心底つまらないと思った。

 坂道を登り、町全体を見下ろせる高い位置に建つイヴの家へと帰ってくる。

「ここが私の家よ」

 イヴが玄関のドアを開けて中に入り、家政婦を呼ぶ。慌てた様子で階段を降りてきた家政婦は三人の外套を預かる。

「ライラ、こちらアデルのお友達の……」

「レーン・ブランドンと申します。どうぞよろしく」

 差し出された手にライラと呼ばれた少女は戸惑った。琥珀色の瞳を宙に泳がせて手を握るべきかどうか思考を巡らせる。

「ご、ごめんなさい……あの、その……」

「ライラ、これは友好の証でもあり、握手という挨拶でもあるのよ?」

「あ、挨拶ですか……で、では失礼します……」

 少女は恐る恐る差し出された手を握り返す。ブランドンは柔和な笑みを浮かべ、握り返された手を上下に振る。

 ライラという少女は恥ずかしげに直ぐに手を離して「失礼します」と外套を持って立ち去ってしまった。

「ごめんなさい、ライラは殿方と接したことがあまりない子で……お父さん相手でもああなの。でも、アデルの時は何ともなかったような……」

「レディ、それはアデルが俺と違って男臭くないからではないかな?」

 または何か魔法を使ったか。という視線をちらりとアデルに向けるが、アデルは首を緩く左右に振って否定した。

「この話はもうやめにしましょ? それより談話室でお話しましょうよ」

 と、イヴは二人の手を掴んで談話室へと案内をする。が、アデルは途中でお茶を淹れてくると言って、キッチンへと入っていった。

 案内された談話室はボルドーの絨毯にセピア色で統一された家具が置かれており、全体的に落ち着いた雰囲気を纏っていた。

「さ、そちらの椅子に座って」

 イヴに誘われるまま、ブランドンは椅子に腰をかける。それと同時に、部屋のドアがノックされ、アデルがトレーにティーセットとクッキーを乗せて入ってきた。

「おまたせ」

「この香りはアールグレイね」

「うん、今茶葉がこれしか無くってね」

 アデルはトレーを椅子の前に置かれている机の上に置き、ティーカップに紅茶を注いで出す。アールグレイの上品で華やかな香りが室内に充満する。

 淹れたての紅茶を口にしほっと一息をつく三人。少しの間心地の良い沈黙が流れた。

「そういえば、ブランドンはなぜこの町に滞在してたんだ?」

 そう口を開いたのはアデルだった。

 イヴからまだこの町に滞在をしていると聞いた時からアデルの中ではずっとこの疑問が抱かれていた。しかもよりによって、カラスの魔女が経営していた雑貨屋だった建屋を使用しているとの事だったので、尚更疑問が深まった。

「まぁ、疑問に思うのも無理もないよな。この小さな町に何があるのか心配なんだろう」

 どう話そうかとブランドンは目を閉じて頭の中を整理する。

「お前からの報告書を実は協会で盗み見てな……魔女と縁を持ってしまったこの町が心配になったんだ。魔女がいた土地には魔女が来やすくなるしな」

 ここでブランドンは話を一旦やめてアデルの顔を伺う。アデルの顔は何とも言えないような、腑に落ちないという顔をしていた。

「とまぁ、これは表面上の理由だ。悪い魔女の脅威から町を護ってましたっていう協会への。本当の理由は、お前に会うにはここで待つのが早いと判断したからだ」

「僕を待ってた理由は?」

「岩を見つけたって報告をしたくてな」

 岩という単語にアデルの目が見開かれる。海のような深い青色の瞳には驚きと期待が入り交じったようなそんな色が浮かんでいた。

 イヴはアデルのこのような反応を初めて見た。子供ながらにその岩は何か特別な物なのだろうと感じ取り、ブランドンの次の言葉を待つ。

「あの岩があったのはウェールズのスラダウ湖の近くの森だ。一応お前に頼まれた通り破壊を試みたが、俺のガラティーンを持ってしても壊す事が出来なかった」

 スラダウ湖とはウェールズにある湖で、かの有名なアーサー王が聖剣エクスカリバーを投げ入れたと言われている湖の一つだった。つまり、伝説上に生きる湖の乙女が住まう湖というわけだ。

「ブランドンさん、聖剣ガラティーンをお持ちなの?」

 夢中で話を聞いていたイヴは前のめり気味に、ブランドンへの興味を示す。この国の子供にも人気なアーサー王伝説に出てくる聖剣が目の前の人物が所有しているというのだから仕方ない。

「えぇ、俺はガウェイン卿の系譜の者なので」

 そういうとブランドンは手品のように、どこからとも無く聖剣を取り出してイヴに見せた。しかし、イヴが手を伸ばすと聖剣は光の粒子となって消えてしまう。

「レディ、刃物は大変危険な物だからそう無闇に触らないほうがいいですよ」

 ブランドンは柔らかな笑みを浮かべてイヴにそう忠告した。イヴは小さく「ごめんなさい」と恥ずかしそうに頬を赤らめて呟く。刃物が危ないなんてイヴより下の子供でも分かる事だ。なのに自分は言われてから気付いたものだから、彼女にとっては穴に入りたいほど恥ずかしい事だった。

「それで、岩の下にはいたかい?」

「ん? あぁ……声をかけてみたが反応は何も無かったな。もしかしたらもう魔法で抜け出してるのかもしれない」

「確かに、湖の乙女は岩にしか封印を施してないという話だから有り得るかも」

 難しい顔をする二人を交互に見て、イヴは岩の下には何があるのか興味が湧いた。

「ねぇ、その岩の下には何があるの?」

「それは」

「湖の乙女に封印された悪魔だよ」

 ブランドンの言葉を遮って答えたのはアデルだった。まるでブランドンの返答をイヴに聞かせたくないかのように言葉を被せる。

「悪魔……それが逃げちゃったって事?」

「まぁ、そんなところかな」

 怖いわねとイヴは紅茶を口に運ぶ。

 岩の下に封印されていたのは、悪魔ではあるが偉大な魔術師でもあった。湖の乙女の侍女にちょっかいを出しすぎた魔術師は、己が教えたありとあらゆる魔法を駆使されて岩の下に封印されたのだ。それ程厄介な魔術師だったのだろうと、アデルとブランドンは考えていたが、アデルがライに訪れる少し前に、「私は岩の下にいる。見つけて欲しい」と夢の中で頼まれ、アデルはブランドンにマーリンの岩を調べるよう頼んだのだ。理由は単にマーリンを見てみたいというのと、夢の中でアデルに「私の息子」と言っていたのが気になったからだ。

 助けろと言ってきたのに、自分から抜け出すなんて事はあるのだろうか? と、アデルは考えた。痺れを切らしたのか、あるいは別の誰かにも頼んでいたのか、湖の乙女に許してもらえたのか。真相は分からない。

 その時、談話室に置いてある柱時計が重く響く鐘の音を鳴らした。

 三人は時計へと目を向ける。時計の針は十七時を指しており、イヴは「もうこんな時間」とティーカップを煽って、中の紅茶を飲み干す。

「ダイニングに行きましょ?」

 ティーカップを置き、イヴは椅子から立ち上がる。他の二人も同じくティーカップを置いて椅子から立ち上がった。

「僕は紅茶を片してくるから、イヴの事はよろしくね」

「あぁ、分かった。さぁレディ、行きましょうか」

 ブランドンはイヴを抱き上げ、歩き出す。


 イヴの案内でダイニングにやってきたブランドンは、イヴをドアの前で降ろしてドアを開ける。

「ありがとう」

 イヴはドアを潜り、ダイニングへと足を踏み入れる。

「イヴ、お前が遅れるなんて珍しいな」

「お父様!」

 パタパタと走って自身の父親に抱き着く。

「ん? そちらの人は?」

 ドアを閉めて近寄って来たブランドンを見て、イヴに尋ねる。父親のヘンリー・ロングフェローはブランドンをじっと見つめ、少し前首を傾げる。

「どこかでお会いしたかな?」

「お父様、この方はレーン・ブランドンさんよ」

「ブランドン!」

 ヘンリーは慌てて居住まいを正し、咳払いをひとつする。

「お初お目にかかります、ロングフェロー殿。アデルの友のレーン・ブランドンです」

 そっと差し出された手を、ヘンリーは恐る恐る握る。

「国王の騎士であるブランドン様がなぜ我が家に……?」

「ブランドンさんはアデルのご友人なのよ」

「という事は魔法を?」

「剣術のが得意ですが、魔法も心得てはいます」

 ブランドンは柔和な笑みを浮かべて答える。その返答を聞いてヘンリーは国王に仕える騎士は魔法も扱えるのかと驚きを隠せない様子だった。

「伯父さん!」

「お、おぉ。アデル! よく来てくれたな」

 ダイニングに入ってきたアデルは自身の伯父に挨拶のハグを交わす。朝からクリスマスの準備をしていたアデルだが、伯父夫婦は今までのあいだ留守にしていたので、今日会うのはこれがはじめてなのだ。

「キッチンで奥さまに会いました」

「そうかそうか。ではもうすぐ料理が運ばれてくるな」

 席に着こう。とヘンリーは声をかけて自分の指定席へと着席する。アデルはブランドンを時分の隣に座らせる。イヴはアデルの向かいに着席した。

 全員が席に着くと、それを見計らったかのように、ハリエル・ロングフェローと家政婦のライラがクリスマスのご馳走を運んできた。

 七面鳥、ローストビーフ、サラダ、スコッチエッグ、シェパーズパイがテーブルに並び、大人にはそれぞれマルドワインが配られ、イヴだけはマルドアップルジュースが配られた。

「それでは祈りをしよう」

 アデルとブランドン以外は胸の前で手を組み、目を閉じて俯く。なぜ彼らは祈りをしないのかというと、魔法使いはキリスト教にとって異端だというのと、単純に彼らが信仰するのがキリスト教ではないからだ。

「さぁ、頂こう! メリークリスマス」

 ヘンリーの言葉を合図に、一同はグラスを掲げて「メリークリスマス」と声に出し、グラスを煽る。

「んー、美味しい!」

 マルドワインを口にしたブランドンは幸せそうな顔してほっと息を吐く。マルドワインとはホットワインにシナモンやクローブなどのスパイスを入れた飲み物で、イギリスではこの時期によく飲まれているホットワインだ。

 アデルとブランドンがクリスマスを祝うのは、イエス・キリストの降誕祭ではなく、あくまで冬至の祭りとしてである。なので先程の号令の時も、二人だけはメリークリスマスと口にしなかった。それは、別の宗派なのに祝うのは失礼なんじゃないかという気持ちからだった。

「そういえば、ブランドンは国王陛下の傍に居なくていいの?」

「あぁ、その事なら問題ないな。俺以外に優秀な騎士は沢山いるし、今の時代はどちらかというと平和だからな……俺が必要になる頃はきっと世界が大変なことになってるさ」

 マルドワインを飲みながらブランドンはつまらなさそうに言う。

「そのおかげでこうして旅ができるんだけどな」

 と、付け足してにっと歯を見せて笑った。

「そっか……あ、そうだ。明日ここを出たら僕を例の岩の所に連れて行ってよ」

「いいぞ」

 グラスをテーブルに置き、ブランドンは料理へと手を伸ばす。切り分けられた七面鳥にホークを突き刺し、大胆にかぶりつく。

「うん、美味い」

「お母様とライラが作ったのよ」

 テーブルクロスの下から這い出てきたイヴに二人は少し驚いた。が、アデルは手を差し出してイヴを立ち上がらせる。

「イヴ、座って食べないと行儀が悪いよ?」

「いいのよ、今日は特別な日なんだから。お父様もきっと許してくれるわ」

 満面の笑みを浮かべて、イヴは二人の間に立つ。

「ねぇ、私もあの岩に行ってみたいわ」

「イヴ、ウェールズはここから遠いからダメだよ。もっと大人になってからじゃないと」

「レディ。好奇心旺盛なのは大切ですが、その前にやるべき事があります」

「やるべき事?」

「ウェールズにはウェールズ語があるので、先ずはその勉強と、世間を知るのも大事です」

「うー……そっかぁ……」

 アデルとブランドンの言葉にイヴは肩を落として俯く。

「イヴが大きくなったら連れて行ってあげるよ。約束する」

「絶対よ!」

 アデルの言葉にイヴはパッと顔を明るくさせ、いそいそとまたテーブルクロスの下へと潜り混んで行った。

「約束なんかしてよかったのか?」

「構わないさ。彼女が覚えていたら連れて行ってあげる事にするよ」

「その頃にはお前はおっさんだけどな」

「まぁね」

 ブランドンの指摘に苦笑を浮かべるアデル。確かに彼の言うとおり、イヴが大人になる頃はアデルは三十過ぎになるのだ。


 それからパーティは盛り上がり、用意された料理が全てなくなった頃。プディングケーキが運ばれてきた。ブランデーがかけられ、ブランドンが炎の魔法で火をつけ、フランベする。

「ブランドンさん凄いわ」

 火が灯ったケーキを前に、イヴは大興奮して拍手をブランドンに贈る。それに対し、ブランドンは悪い気はしなかったので、得意気な笑みを浮かべる。普段の彼ならそんな表情を浮かべたりしなのだが、お酒が入ってる今は素が出てしまっている。

「火事にはしないでくれよ?」

「大丈夫、大丈夫」

 アルコールが飛び、火も消えたプディングケーキをライラが人数分均等に切り分け、それぞれに配る。

 ドライフルーツやナッツ、スパイスが入ったプディングケーキは香りが良く、三人はあっという間に平らげてしまった。均等に配ったので、おかわりは勿論ない。

 時刻は二十時。子供はもう寝る時間だ。イヴはおなかいっぱいになったのかうっつらうっつらとしており、今にも机に突っ伏して寝てしまいそうだ。

「お嬢様、寝るなら歯磨きしてからですよ」

 と、眠たげなイヴをライラが洗面所へと連れて行く。

「……なぁ、あのライラって子は何者なんだ?」

「さぁ? 名前からして中東の子そうだけど……何でも伯父夫婦が仕事先で見つけた子らしいよ」

「ふぅん……魔法を見ても怯えずに淡々とケーキを切り分けてたから魔女かなって」

 腕を組んで扉を見つめて考えるが、魔女だったらなんなのだという話ではある。しかし、良い魔女なのか悪い魔女なのか把握しておかねばならない。

「大丈夫だよ。悪い魔女だったら僕にだって愛想悪いさ」

「それもそうか……とりあえず、この町は魔女と魔法使いとの縁が深くなってるから用心した方が良い……そうだな……教会を建てた方がいいかもしれない」

 そう口にした時、ブランドンの中にある疑問が浮かんだ。この町のキリスト教徒は礼拝などはどうしているのだろうと。

「伯父さんに話してみるよ」

 アデルはそう言うと妻と談笑しているヘンリーのもとへと向かい、教会を建ててはどうかという提案をする。なぜヘンリーに話したのか。この町で一番の金持ちであるロングフェロー家の当主だからだ。教会を建てる資金の殆どはロングフェロー家が負担するだろうとアデルは考えた。

 教会を建てる事を提案すると、ヘンリーは巡礼の度に隣町まで行かなければいけないのは大変だと言って、検討してみると答えた。問題はこの町に来てくれる牧師がいるかどうかだ。ロンドンならもしかしたらいるかもしれないと思ったアデルは、ロンドンでライに来てくれる牧師を探すと約束をし、ブランドンの所に戻って検討してくれるという旨を話した。

「それは良かった。魔女の被害がこれで減ればいいが……と、そろそろサンタが来るな。お嬢さんはもう夢の中なんだろ?」

 ブランドンの問いかけにアデルは少し悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

「楽しい夢を見てるよ」

「よし、屋根に登るぞ」

 言うが早いか、ブランドンはダイニングを飛び出し、ロビーへと向かう。アデルも慌てて後を追った。


 アデルが寝泊まりしている来客用の部屋のバルコニーから屋根の上に登る。

 町を一望できるこの家の屋根からの景色はとても見晴らしが良く、各家の灯りが消えていく様子が見える。アデルは銀色の杖を取り出して空にその先端を向ける。すると段々と雪雲が空を覆い、はらはらと雪が降り始めた。

「寒っ、外套出してくれよ」

「仕方ないなぁ」

 アデルは軽く杖を振るい、ブランドンと自分に外套を纏わせる。

「今年は誰が来るかな?」

「さぁね。キング・オブ・サンタかもよ?」

「なんの面白みも無いなそれ」

「人の父親に対して失礼じゃない?」

 突如聞いた事の無い声が二人の背後からかけられる。二人が振り返るとそこには赤い衣装を身にまとった美しい少年が仁王立ちしていた。プラチナブロンドの髪にアンバーの瞳は何処と無く彼らの友人のシュトーレンを思い出させる。

「……誰?」

 アデルは首を傾げる。

「オレはクグロフ。シュトーレンの弟だ」

「弟さん!?」

 驚きを隠せない様子のブランドンをクグロフは鼻で笑い、手にしている白い袋からひとつのプレゼント箱を取り出した。

「これ、兄貴からアデルさんに」

「え? 僕に?」

「俺には?」

「お前には無い」

 初対面でお前呼ばわりされ、ブランドンは口の端を引き攣らせる。が、子供相手なので文句を飲み込む。

「で、こんな真冬に屋根の上で何してるの?」

 わざわざ外套を身にまとって屋根の上に出てきてる二人を不審な眼差しで見るクグロフ。

「今年のサンタが誰なのか気になってな」

「ふぅん。よかったね、新生の星のオレで」

「いや、別に……」

 得意げに胸を貼るクグロフに、ブランドンは少し呆れる。こんな弟を持ってシュトーレンもさぞ大変だろうなと、謎の哀れみさへ覚える。

「そういえばベルの音がしなかったけど……」

 サンタクロースといえば鈴の音を鳴らしながらトナカイに乗ってやって来るのが定石なのだが、クグロフは鈴の音無しでやって来た。しかも、トナカイではなくユニコーンにソリを引かせている。

「ベルなんて鳴らしたら隠密行動出来ないだろ? 最近の子供はサンタクロースを捕獲するのが好きだからなぁ」

「そういえば王子も今年こそは捕まえると意気込んでらっしゃったな」

「王室は親父が行くから一生捕まらないけどな」

「もしかして、子供達がサンタクロースを捕獲するからサンタクロースの数が年々減ってるの?」

 アデルの問にクグロフは悲しそうな、残念そうな表情を浮かべる。

「あぁ、そうさ。志願者も年々減ってるし、捕まって消えちまった奴もいる。オレ達サンタクロースは幻の中で生きてるからな……視認されて現実となったら消えちまうからな……はっ、こんな話をしてる場合じゃ無かった! プレゼントを配らないと」

 クグロフは白い袋の中のプレゼント箱に魔法をかけ、鳥に変身させると、それぞれの家の煙突へと侵入させ、子供達の枕元にプレゼントを配っていく。

「その魔法はシュトーレンが教えたんだね」

「こうした方が早いって兄貴がな。よし、じゃあ次の町に行くからじゃあな!」

 クグロフは慌ただしくソリに乗るとそのまま空を駆けて雲の上へと消えてしまった。

 受け取った箱は掌に収まるほど小さく、アデルは中身が何なのかすぐに分かり、リボンを解き、箱を開ける。

「……卵?」

 横から覗いてきたブランドンは首を傾げる。

「いいや、これは卵では無いよ。見た目は似てるけど魔法植物の球根さ」

「球根なのかこれ」

「うん。この球根をシュトーレンに探してもらってたんだ」

「お前色んなやつに頼み事してるな……まぁ、それ以上に頼み事を聞いてるんだろうが」

 やれやれと呆れると、ブランドンはそそくさとバルコニーへと降りて行ってしまった。

 アデルは再び杖を振るい、雪雲を退かす。すると月が顔を出した。

「さて、僕も寝ようかな」

 遠くにベルの音を聞きながら、アデルはしばしの間冷たい光を淡く放つ月を眺めみた。




おしまい。

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