第41話クソ野郎
そこからの戦いは、特に記すことのないほど呆気なく俺が勝って終わった。勝負が始まると特に何の策略もなく、ただただ運だけでじゃんけんに勝った。だから俺のBブロック決勝戦の戦いは省くこととする。
「さぁ! いよいよ長かった試合も最後の戦いです。果たしてどちらの手に、ルナフィギュアは渡るのか!」
会場のお姉さんたちが立っていた舞台の上で、俺と篠原は相対する。まさか二人とも勝つとは思わなかった。特に俺の方は、なんでここにいるんだ? 本当に物欲センサーは存在するんだなとどうでもいいことを思っていると、篠原が近づいてきて、耳元で囁く。
「それじゃあ新藤くん。チョキを出しなさい。私はグーを出すから」
そんなことを言われ、別にどっちが勝っても同じだろと思うが、そういえばこいつはどんな手を使ってでも勝負に勝つような奴だったなと思った。
なんで篠原はオタクくんのためにここまで卑怯な手を使ってじゃんけんをしているのだろうと疑問に思っていたのだが、もしかしたらフィギュアなんてどうでもよくて、最初っから勝負に負けたくなかっただけなのかもしれない。俺は「分かった」とだけ発して、お姉さんの掛け声とともにチョキを出す。
結果はまあ言わずもがな。俺がチョキを出して負けた。何の盛り上がりもなくあっさり負けるが、それでも会場は盛り上がっていた。どうやら篠原が勝ったことに、オタクたちが喜んでいるようだ。
「おめでとうございます! それではお姉さん。これをどうぞ!」
会場が盛り上がるなか、司会のお姉さんは手に持っていた美少女フィギュアを篠原に渡す。箱ごと美少女フィギュアを受け取った篠原は、どこか安心したような安堵の表情を見せたのちに、箱からフィギュアを取り出すと、オタクくんをちょいちょいと手招きする。
手招きされたオタクくんは、勝手に舞台へ上がると物欲しそうな顔をして、篠原が持っているフィギュアに目を向ける。
「おお、篠原殿! まさか本当に勝ってくれるとは。拙者、涙が出るほど嬉しいでござるよ」
「そう? 別にどうってことないわよ。それよりもほら。この子、ものすごく可愛いじゃない。あなたが欲しがる気持ちもわかるわ」
舞台で勝手に喋り始めた二人。そんな二人をお姉さんとか他の係員の人たちは特に止めようともせず、ジッと見ていた。
多くのオタクたちから視線を集めるオタクくんと篠原は、それでも会話を止めようとせずに続ける。
「ものすごく精巧に作られているし、何より限定だし、喉から手が出るほど欲しいわよね」
篠原が柔和な笑みを浮かべて、オタクくんにフィギュアを渡そうとする。
「そ、そうなんでござるよ! だから早く、それを拙者に……」
オタクくんがフィギュアに手を伸ばそうとした次の瞬間……。
「ボキ!」
美少女フィギュアの首が、へし折れた。いや、この言い方は少々語弊がある。正しくは、へし折られた。そう、篠原が手に持っていたフィギュアを、オタクくんの目の前でへし折ったのだ。
唖然とする会場のオタクやお姉さんたち。そしてオタクくん。しかしその数秒後、一斉に「ぎゃあああああああ」と叫び声が上がる。
まさに阿鼻叫喚。オタクたちが、一斉に発狂してしまったのだ。
さすがだ篠原。オタクくんにやり返すために、わざわざこんな酷いことをするなんて。やられたら十倍で返す、執念深い女。それが、篠原三佳子なのだ。だんだん俺は、こいつの人間性が分かってきた。
執念深く、極度の負けず嫌い。勝つためにはどんな手でも使う。うん、ゴミ! とんでもないクソ野郎だ。でも清々しいクソ野郎で、胸糞が悪くなるタイプの方じゃない。
って、清々しいクソ野郎って何だよ! 俺は一人、自分の心にツッコミを入れていると、篠原は頭と胴体が繋がっていないフィギュアをオタクくんに渡すと。
「それじゃあ新藤くん。帰るわよ」
何事もなかったかのように淡々と言い放ってきた。どんなメンタルしてんだこいつ……。逆に尊敬するわ。
とまあ、多くのオタクたちから怒りを買ったところで、俺と篠原のじゃんけん大会は幕を閉じた。
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