第二葉 お袋

 「お袋が死んだときによう、おまえお袋の棺桶にのせてくれって花束を持ってきてくれたろう。身内の誰もそんなこと考えないのに、すぐ燃えてなくなるもんを、お前はよう、それが俺にはとってもうれしかったというか、有り難かったというか、ほんと感謝してもしきれんと思うとるんだ。あんときはお前と俺と死んだ兄貴の息子の三人だけで見送ったなぁ。誰も来んかった。よう覚えとる」

 「そんなこともありましたねぇ」

 「お袋からはよ、親らしいことは何もしてもらえんかった。子どもの時は、そりゃ怨んだよ。大人になって分かったけどよ。戦争でおやじ亡くして、戦後は親戚からお前が家の当主になれって勝手に押しつけられてよ。だいたい嫁に来たのになんで当主なんだよ、おかしいだろ? でもお袋は文句を言わず、戦後のバッタバタの家を女手一つで守り切った。子どもを育てきった。すごい女だよ。いくら明治の女はすごいったって、こんな女はいないよ。子どもには一切弱みを見せなかったけど、子どもは子どもなりに察するところがあってさ、あの時代女だけで生き抜くなんてできるもんじゃない。どんなにつらい、悲しい、人に言えない苦しみを耐え抜いたか、それを思うと今でも涙が出てくるよ」

 里山は、「涙。」と書き留めた。

 「俺は、自分で言うのもなんだけど頭が良くってさぁ、俺の通っている中学にあの当時有名なよう、名物校長がよう、わざわざ中学まで来てさぁ、転坂くんを是非うちの高校にって言ってきたんだよ。あのとき県の統一試験というのがあって、俺一番だったから・・・・・・」

 「えっ、そうだったんですか?」

 「おう、そんときは頭がいいことで有名だったんだよ。ところがよ、そこまで言うならと思って行った高校がよ、これが馬鹿ばっかりで・・・・・・」

 里山は、「馬鹿ばっかり。」と書き留めた。

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