第31話 ジョルジェットのお店
辿り着いたのは、間口が広く、内装の素敵な店だった。客も結構入っているようだ。
ふたりは店先に佇み、一旦立ち止まる。
オリヴィアはゲルダお手製の地図を見おろし、呟きを漏らした。
「ええと……表口じゃなくて、ぐるりと回って、横手の小さな扉から入れ、ですって」
「ふぅん。なんでだろう」
ふたりは指示の通り表口を通り過ぎ、角を折れて裏路地に入り込んだ。煉瓦壁に沿って少し進むと、木の扉が現れる。
リアムが扉をノックする。待つほどのこともなく、内側から扉が開かれた。
出て来たのは五十代くらいの活動的な女性で、くっきりと濃い眉が印象的だった。黒髪を後ろでひっつめてお団子にしていて、前髪はパッツンと眉上で切り揃えている。
ものすごく個性的で、仕事ができそうなテキパキした物腰をしていて、不愛想。それでいてなんともいえぬキュートさがある。
彼女はリアムを素早く一瞥したあと、オリヴィアのほうに視線を移した。そうしてジロジロと頭の先から足の先まで、なんの遠慮もなく、不躾なくらいに長時間眺め回したあと、
「……これはいい」
と呟きを漏らした。
この時リアムはポーカーフェイスを保っていたものの、内心では『ゲルダ……』と恨みがましい呟きを漏らしていた。
……なんとなくロクなことにならない気配がプンプンするのだが。
ところがオリヴィアのほうは、なんとなく目の前の女性に好意を抱いていたので、ニコニコと笑みを浮かべて挨拶する。
「こんにちは、オリヴィアと言います。――それでこちらがリアムさんです」
「こんにちは。私はジョルジェット」
つっけんどんだけれど、悪気はなさそうな調子で女性が答え、片眉を上げる。
「誰かの紹介かしら?」
「はい、あの、ゲルダさんから、『服を買うならここに行きなさい』と言われました」
「ナイス」
ジョルジェットがにんまりと笑う。
これを見たリアムはすっと瞳を細める。
オリヴィアは相変わらずのニコニコ顔。
「――入って、入って」
「お邪魔します」
「こちらはバックヤードで、普通の客は入れないの。でもあなたは特別」
「ゲルダさんとは親しいのですか?」
「まぁね。下町の顔役はね、たいていゲルダと親しい」
オリヴィアは『ゲルダさんて本当にすごい人だわ』と考えていた。
ジョルジェットはオリヴィアをエスコートしながら、顎を引き、ふたたび彼女の体をジロジロと眺める。
「あなたもしかしてパールバーグに住んでいた?」
「ええ、よくお分かりですね」
「あなたのドレスって、はやりすたりのないデザインだけれど、パールバーグぽさがちょっとだけある。……あとちょっと……東のほうの感じ?」
「ええと、はい、バンクスふうですかね」
この服はパールバーグで買ったものだけれど、選んだのはオリヴィアだから、やはり本人の価値観が反映される。自分でも無意識のうちに、『故郷バンクス帝国でも浮かないデザイン』を選んでしまっていたのかも。
ジョルジェットに言われて、そのことに気づかされた。
「あー、はー、そう、そうか……バンクス」
ジョルジェットはうんうん、と頷いてみせる。
「あそこは結構保守的よね」
「かもしれません」
「ここイーデンス帝国も保守的、っちゃあ、保守的だけど」
「確かにジョルジェットさんのドレスは、私の好みです」
すっきりしているけれど、ちょっとした飾りは洒落ている。機能的で、シルエットが綺麗。
ドレスのスカート部分はちゃんとくるぶし上まであり、そう――確かに保守的なスタイルから逸脱していない。
「服屋をやっているから、私は個性的な服をあまり身に纏わないの」
「どうしてですか?」
オリヴィアはパチリと瞬きした。……なんとなく、服を売っている人って、服が大好きだから色々と冒険しているイメージがあった。
「私の店は色々な服を取り扱っているからね。――店主がすごく個性的な格好をしていると、客は『あ、ここはこういうテイストの服しか売らないんだ』と思っちゃうじゃない? 先入観を与えちゃうと、面倒で」
「なるほど」
「ただ、先入観を与えたほうが効果的な場合もあるから、良し悪しね」
ジョルジェットのお喋りは、聞いているとなんとなく楽しい。率直で、嘘がないからだろうか。
オリヴィアがにっこり笑ってジョルジェットを見つめると、彼女は右の口角をくいっと持ち上げた。
「……あなたって、なんか楽しそう」
「そうですね、楽しいです」
「陽気で可愛いお嬢さん――あなたは意外と、西のほうの服が合うと思う」
「西、ですか」
「よし、とにかく始めよう。服を準備するから――ていうか、一緒にこっち来て」
ジョルジェットはオリヴィアの手を引き、チラリとリアムを流し見た。
「お兄さんはあちらの席で待っていて」
「彼女を連れて行く気ですか?」
リアムは貴族ではあるが今は庶民のフリをしているし、店主が自分よりもかなり年上なので、丁寧な口調で尋ねた。
「そうよ。この子はこれから服を脱いで下着になるから、あなたは一緒に来られない」
明け透けな物言いをされ、リアムは言葉もない。
端正な青年が困って頬を赤らめたのを見て、ジョルジェットの瞳孔がクワッと開いた。その様子には、暗がりにいる猫みたいな危険性があった。
リアムは心配そうにオリヴィアを見送りながらも、この店はゲルダが紹介したから危険はないというのはよく分かっていたので、渋々テーブル席に着席したのだった。
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