第12話 いい友達になれる


 C・ワイズから手紙で指示されたとおり、リアムはセントクレア公爵邸の中で一番眺めの良い、居心地の良い部屋を用意した。


 扉口から中を眺めたオリヴィアは呆けたように動きを止めてしまった。体の横でぎゅーっと拳を握り、なぜかちょっとだけ爪先立ちになっている。


 そうして喘ぐように微かに口を開けてこちらを見上げ、訴えかけるように見つめてから、またゆっくりと正面に視線を戻している。


 これを三回ほど繰り返した。


 ――三回これを繰り返されたリアムは、二回目まではなんとか耐えたものの、三回目には口元を手のひらで押さえ、込み上げてくるものをこらえなければならなかった。


 ……なんだこれ。顔が熱い。


「気に入った?」


 リアムが尋ねると、オリヴィアはキラキラした目で部屋を眺めながら答える。


「素敵ね……! こんなに素敵な部屋を見たのは生まれて初めて。壁紙の色が好き。紫がかったような、淡いピンク? ゴールドで柄が入っているのね」


「華やかだけれど、全体のバランスは落ち着いて見える」


「そうね。このお部屋はどの部分から作ったのかしら? 足し算と引き算が完璧だと思う」


 子供の頃から見慣れているから、ここまで感心したことがなかったのだが、言われてみると確かに、これ以上のバランスはないように思える。


 オリヴィアの興奮は収まらない。


「それにすごく広いわ! 五百人くらいでかくれんぼができそう」


「さすがに五百人も入らない」


「入ると思う」


「絶対無理」


「試してみたらどうかしら」


 どこまで本気なんだか。リアムは笑んだまま、小首を傾げてみせた。


「あいにく僕は五百人も友達がいない。メンバーが集まらないよ」


 リアムがそう言うと、オリヴィアがこちらに顔を向けた。


「あなたはお友達が多そうなのに」


「そうでもない」


 ふと、なんとも言えない侘しさを感じた。雲が陽光を隠して、不意に影が差したような気分だった。


 この部屋は兄のお気に入りだった。彼が自室として使っていたわけではないのだが、よく友人を招いて、くつろいでいたのを思い出す。


 招いていた相手について、まだ子供だったリアムは『兄の友達』だと思っていたけれど、たぶん違ったのだ。


 ふたりは長椅子に並んで腰かけていた。適切な距離を置き、居心地の良さそうな空気が漂っていたのをよく覚えている。それぞれに手持ちの本に視線を落として、読書を楽しんでいたようだ。兄は時折顔を上げ、隣の彼に何か話しかけては、笑みを浮かべていた。いつも大人びていた兄が、あの時だけは年相応に見えた。


「僕の兄は少数派だった。多数派だったら、もっとずっと楽に生きられたかもしれない。……だって皆、少数派には当たりがキツいだろう? 僕は少数派の弟だから、友達を五百人も見つけるのは、大変なんだ」


 兄の件は皆に知れ渡っているというわけではなかったが、何かを嗅ぎつける輩(やから)は必ず出てくる。そして貴族というのは、ひとつ噂を掴んだら、それを何倍にも膨らませて武器に変え、遠回りに攻撃してくるのが得意だ。


 弟の自分も巻き込まれて、たくさんの傷を負った。


 つらい気持ちが噴き出してきて、オリヴィアについ愚痴をこぼしてしまった。


 けれどすぐに口にしたことを後悔した。……こんなこと、言うんじゃなかった。


 思わず俯くと、何かがそっと腕に触れてきた。――隣に顔を向けると、オリヴィアが励ますように手を伸ばしていた。


「……ねぇやっぱり、友達は五百人もいらないわ」


「そうかな。多いほうがよくないか?」


「そんなにいたら、名前を覚えるだけで大変よ」


「かもね」


「ひとりかふたりいれば、それでもうラッキーだと思う。なんならひとりもいなくたって、生きていける」


「ずいぶん数が減ったね」


 五百からゼロへ。けれどゼロになってみれば、一のありがたみが分かるかも。


「……僕たちは、きっといい友達になれるよ。君が友達になってくれたら、僕はラッキーだ」


 手を差し出した。……恋人同士だったら、オリヴィアの肩に手を触れ、そっと抱き寄せていただろう。けれど彼女とはそういう関係にはなれない。だから握手を求めた。


 彼女は微笑んで、そっとリアムの手を取った。


 ふたり、穏やかな表情で握手をする。


「……私たちは、きっといい友達になれるわ」


 オリヴィアの瞳が少し寂しそうに見えたのは、なぜだろう。


 たぶん互いに気づいていた。……近いようで、遠い。


 近いような錯覚を起こすから、寂しくなるのかもしれない。


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