第23話 天使からのお願い

 迎えた放課後、現代文教師に厳重注意を受けて、俺は二階の空き教室へと急いだ。

 教室前に辿り着き、辺りに誰もいないことを確認してから、一つ息をついてからドアをノックする。


「はいっ!」


 ノックすると、中から寺山さんの声が聞こえてくる。


「俺、新治だけど……」

「どうぞ、カギ空いてるから」

「し、失礼します」


 俺は緊張した面持ちで、スライド式のドアをガラガラガラっと開いた。

 教室内の中央付近の机に、寺山さんは腰掛けて待っていて、こちらへ軽く手を挙げてくる。


「やっほ、新治君。来てくれてありがと」

「いや、俺こそごめんね、遅くなっちゃって」

「ううん、平気」


 俺は後ろ手で扉を閉めて、ゆっくりと寺山さんの元へと向かって行く。

 寺山さんも机から飛び降りて、こちらへと歩みを進めてくる。

 そして、教室の後方で、向かい合う形になって見つめ合う。


「……」

「……」


 お互いに、無言のまま、謎の沈黙に包まれる。


「えっと……俺に話があるって言ってたけど」


 俺が切り出すように言うと、寺山さんが首肯する。


「うん! あのね、新治君に言いたいことがあるの」

「なに……?」


 期待してはいけないと分かっているのに、俺の心臓の鼓動はバクバクと高鳴ってしまう。

 緊張から、無意識に生唾を飲み込んでしまった。

 寺山さんは、自身のその豊満な胸元へ手を当てて、どこか恥ずかしそうに顔を赤くしている。


「あのね……」


 寺山さんの艶やかな唇から放たれる言葉の端々が、艶めかしく耳に響いてしまう。

 そしてついに、寺山さんは意を決したように息を吸いこんで――


「私を……男の人の視線から慣れさせてくれませんか⁉」

「……へっ?」


 寺山さんから放たれたのは、俺の予想を斜め上を行く言葉だった。

 てか、男の視線に慣れたいって、どういうこと!?


「えっと……寺山さんが何を言いたかったのか、よくわからなかったんだけど、もう少し詳しく事情を説明してくれるかな」


 俺が困惑しつつ尋ねると、寺山さんが顔を真っ赤にしながら事情を説明を始める。


「実はね、今度の文化祭で、ミスコンに出場することになったの」

「えっ⁉ 寺山さんが⁉」

「うん。それで、ミスコンって人前でドレス着たり、際どい衣装着たりしてお披露目しなきゃいけないでしょ? でも私、異性からのエッチな目で見られるのって苦手で……。だから、当日までに少しでもそういう視線に慣れておきたいの」


 来月行われる、可愛美かわみ高校文化祭のメインイベントでもあるミスコン。

 ここでは、ポーズ審査や観客投票から、ミス可愛美が決定するシステムになっており、審査員の中には、大手芸能事務所などの大御所ディレクターなども参加して、女優やグラビアアイドル、アイドルとしてデビューできる可能性を秘めている、いわばトップオブ可愛美を決める伝統行事である。


「そっか、寺山さん、推薦されてたんだね」

「うん……部活動の子から皆に『和泉先輩なら絶対にミスコン捕れます!』って後押しされちゃって」


 基本、ミスコンに出場するには、生徒三十名以上の署名が必要になるのだが、寺山さんはその推薦を見事クリアしたということになる。


「でも、嫌なら辞退すればいいだけじゃないの?」


 そう、推薦三十名以上という敷居があるものの、本人が出場する意思がなければ辞退することも可能である。

 しかし、寺山さんは首を横に振った。


「出来ないよ。後輩からの期待を裏切るわけにはいかないもん。それに、もし辞退したことが他の女子生徒に知られたら、裏で陰口叩かれることになるし……」

「あぁ……なるほどね」


 俺は、大体のことを察した。

 三十名以上の推薦を集めるのは至難の業。

 言ってしまえば、校内でも可愛さと美しさを認められたトップの美少女という称号を得たも同然。

 辞退の制度があるにせよ、周りからすれば、『自分は出る価値がないとか、調子に乗っちゃってさ』と僻まれたり、『自信ないんだ』と煽られたりしてしまうというわけだ。

 なんというかまあ、このコンテストの闇の部分が反映されていると思う。

 マジで、女子社会怖すぎ……。


「でも、私自身、新たな可能性に挑戦してみたいって気持ちもあるの。せっかくもらった機会なんだから、周りの期待に応えたい。それから……」


 と、そこで、寺山さんの言葉が詰まってしまう。


「それから?」


 俺が尋ねると、寺山さんは手をぶんぶんと横に振った。


「ううん、なんでもない! とにかく、女子生徒観察に定評がある新治君なら、私の恥じらいの克服もしてくれるんじゃないかなと思ったんだけど、どうかな?」

「そうだなぁ……」


 俺は、顎に手を当てて考える。

 確かに、俺はおっぱいに関しての観察眼は群を抜いていると思う。

 ただ、全体のプロポーションを舐めまわすように見ているかと言えば、ちょっと違うような気もする。


「あと……新治君が良ければだけど、多少私の身体に触れても構わないから」

「ぜひこちらからお願いさせていただきます」


 直後、俺は綺麗に直角に頭を下げて懇願していた。


「即答だね……あははっ」


 若干寺山さんは引き笑いをしているように見えたけど、俺はもう後がないのだ。

 寺山さんに好きな人がいる以上、俺はアピールする必要がある。

 こんな二人だけでの特別レッスン、お近づきになれるチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「それじゃあ早速なんだけど、今から付き合って欲しいんだけど、いいかな?」

「えっ⁉ 今から⁉ ここで!?」

「ここでは流石に恥ずかしいから……その……私の家で……」

「て、寺山さんの家で!?」


 まさかの、好きな女の子の家に合法的に入れるチャンスを手に入れた。

 これを逃すわけにはいかない。


「うん、わかった! 行こう、今すぐに!」

「新治君って、ほんと分かりやすいよね」

「えっ⁉ そ、そうかな……?」

「うん、でもまあ、私はそういう正直なところ、嫌いじゃないよ」

「きょ、恐縮です」


 これは、褒められてるって事でいいんだよね?

 呆れられてるわけじゃないよね?


「それじゃあ行こうか」

「うん」



 俺は寺山さんの家に行けるという事実だけで、胸がドクンバクンと高鳴り、ワクワクが止まらないのに、こんな千載一遇のチャンス、逃すわけにはいかない!

 変なことをせず、寺山さんの信頼を勝ち取ってみせる!

 こうして、俺と寺山さんは、空き教室を後にして、昇降口へと歩いて行くのであった。

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