第37話 バレンタイン②

 トレーニングを一通り終えて、少し浮ついた気持ちで昇降口へと戻ると、下駄箱の前で怪しい動きをしている女子生徒を発見する。

 その女子生徒に、俺は声を掛けた。


「小塚さん?」

「ひゃい!?」


 後輩である小塚雛こずかひなは、まるでイタズラしているのがバレてしまった子供のように、プルプルと怯えていた。


「ごめん、急に声掛けちゃって。えっと……そんなところで何してるの?」

「いっ、いえっ……そのぉ……なんでもないわけではないんですけど……これには色々と事情がありまして、なんといいますかそのぉ……」


 しどろもどろになり、目を回して混乱してしまう小塚さん。

「おっけい小塚さん、一回深呼吸して落ち着こうか。はい、大きく息を吸ってー」


 俺が深呼吸を促すと、小塚さんは律儀に指示に従って大きく息を吸い込んだ。


「吐いてーっ。はい吸ってー。はい、もう一度吸ってー。さらにもう一声吸ってー!」

「ぶはっ……! こ、これ以上吸い込んだら風船のように肺が破裂して死んじゃいます!」


 俺のバカげた呼吸法を律儀に試して、慌てた様子で咎めてくる小塚さん。


「でも、少しは落ち着いたでしょ?」


 俺に指摘されてはっとなったらしい。

 小塚さんは自身の胸に手を当てて確認する。


「た、確かに言われてみれば……」

「とりあえず、落ち着いてくれてよかった」


 だが、一安心するのも束の間、小塚さんはすぐさま何かを思い出した様子で、ぱっと頬を赤らめてしまう。


「あっ、あのっ、先輩!」

「ん、どうしたの?」


 普段の小塚さんは、もっとスパルタコーチ的な感じなのに、今日は大人しいというかしおらしい感じがする。

 なんと言うか、庇護欲をそそられるというか、ちょっと可愛いと思えてしまう。

 小塚さんは、何やらモゾモゾと身体を揺らしていて目線を泳がせている。

 しばらく首を傾げながら様子を窺っていると、小塚さんが意を決した様子でスっと後ろにしていた手から、何かをこちらへ差し出してきた。


「あ、あの……! これ、受け取ってください!」


 小塚さんから差し出されたのは、綺麗に小包装された袋。

 その中に入っていたのは、なんとチョコレートである。


「えっ……い、いいの⁉」

「はい、先輩に受け取って欲しいんです」

「ありがとう! 凄い嬉しいよ」


 俺は小塚さんから、そのチョコレートを受け取った。

 よく見てみると、中には四角形の形をしたブラウニーチョコレートが入っている。

 これで異性の女の子から貰った人生で二つ目のチョコレート。


 義理とはいえ、もしかして俺の時代来てる⁉

 と浮かれてしまうほどには、俺の心の中のリトル慶悟は、ハイテンションバンザーイ状態になっていた。


「あの……先輩」

「ん、何?」


 俺が感動に打ちひしがれていると、小塚さんが俺の手元に渡ったチョコレートを指差した。


「後ろに貼ってあるプラカード。読んでくださいね……では私はこれで!」

「あぁちょっと、小塚さん⁉」


 小塚さんは逃げるようにして、昇降口を後にしてしまう。

 あっという間に去って行ってしまった小塚さんの姿を見送り、一人昇降口に取り残された俺は、手元にあるチョコレートの裏側を覗き見る

 すると、袋の名刺サイズのプラカードが貼ってあった。

 首を横にして覗き込んでみると、そこには可愛らしい文字で――

『目指せ、完全制覇! これからも一緒に、トレーニング頑張りましょう! 毎日食事制限は辛いので、たまにはご褒美に私からチョコレートのプレゼントです♪』


 と可愛らしい丸文字が書かれていた。

 さらにその下には、PSと続いており――


『今度の試験休み、赤坂で開催されるサスケフェスタに一緒に行きませんか? 連絡待ってます』


 と書かれていた。

 そこで俺は、サスケフェスタの存在を思い出す。

 サスケフェスタとは、毎年赤坂で行われている、一般人がサスケ本番のアスレチックを体感出来たり、有名選手のトークショーなどが行われるイベントである。

 初出場でサードステージ進出したとはいえ、俺はまだ学生であり、歴代の有力選手たちに肩を並べたわけではないので、ゲストとして呼ばれなかったわけだけど、都合があえば顔を出そうと思っていたのだ。


「完全に忘れてた」


 俺は手で顔を覆ってしまう。

 先ほど、凜花と遊ぶ約束を取り付けてしまったばかり。

 なんでこんな大切なことを忘れていたんだと、自分の記憶力の無さを悔やむ。


「しまったな……試験休みどうしよう……」


 チョコレートを二つ貰った代償として、また新たに別の問題に悩まされる羽目になってしまうのであった。

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